世界第2位の経済規模を誇る中国には、多くの海外機関投資家(注後記)らが投資をして収益増大を狙ってきていた。中国政府による香港や新疆ウィグル自治区の人権問題では余り動じなかった彼らも、直近のウクライナ軍事侵攻を行ったロシアに対する煮え切らない対応に加えて、将来対中国制裁が厳格化した場合にロシアと同様海外資本の収奪も十分考え得るとして、いよいよ中国市場からの撤退が始まりつつあると米メディアが報じている。
4月18日付
『ブルームバーグ』オンラインニュースは、「海外機関投資家、利益よりリスクが優ると懸念して中国市場から撤退開始」と題して、対ロシア政策を鑑みての中国不信や、ロシアと同様に国際社会が一斉に対中国制裁に動いた場合のリスクを憂慮して、多くの海外機関投資家らが中国市場から撤退し始めていると報じた。
海外機関投資家にとって、様々なリスク要因の増加で中国市場が泥沼化しそうである。
最も大きな懸念は、中国首脳の政策が究極的にはどうなるのかという点である。
まず、習近平国家主席(シー・チンピン、68歳)がウラジーミル・プーチン大統領(69歳)と長い間親密な関係にあることから中国への不信感が高まっていること、経済活動を無視した“ゼロコロナ政策”に執拗にこだわっていること、更に産業界に対して予想不可能な取り締まりを実施していることが挙げられる。
この結果、いくつかの機関投資家グループにとって、これ以上中国向け投資を増やすことは受け入れがたい状況となっていて、特にロシアによるウクライナ軍事侵攻以降、中国の証券・公債・投資信託を手放し始めている。
例えば、運用資産1兆3千億ドル(約162兆5千億円)を擁するノルウェー政府年金基金(1990年設立)は、中国の人権蹂躙に懸念して(ウィグル人の低賃金強制労働を容認している)中国スポーツ用品大手ANTA(1990年設立)の投資を引き揚げた。
また、世界最大規模を誇る米国民間機関投資家グループ(プライベート・エクイティ・ファンド)の2022年1~3月期の中国向け総投資額は僅か14億ドル(約1,750億円)と、2018年以来一四半期の最低額まで落ち込んでいる。
英国投資運用会社アルテミス投資管理基金(1997年設立)経済アナリストのサイモン・エデルステン氏は、西側諸国による対ロシア制裁の規模及び決定の早さに鑑みて、中国向け投資の見直しを余儀なくされたと分析している。
同氏の会社では、中国政府による、DIGIグローバル(1985年設立のインターネット通販大手)やアントグループ(アリババグループ傘下の金融関連会社、2014年設立)の唐突な上場停止命令を受けて、昨年370億ドル(約4兆6,250億円)に上る中国向け投資全額を引き揚げている。
エデルステン氏によれば、中国政府の民間企業に対する掛かる介入は海外株主にとって脅威となるとし、更に、香港の反民主化政策や南シナ海での一方的な領有権主張によって、海外投資ファンド陣営にとって、益々投資が進めにくくなるとコメントした。
例えば、欧州諸国による対ロシア制裁の厳しさに鑑みて、欧州と中国間が強い貿易関係で結ばれていても、中国に対する外交上の問題が発生したら、中国向け民間投資など風前の灯火でしかない、と言及している。
更に同氏は、“ウクライナ軍事侵攻問題を契機に、今後数年は中国向け投資に消極的にならざるを得ない”とも付言している。
米国のクレイン投資アドバイザーズ(2011年設立)のブレンダン・アハーン最高投資責任者は、中国政府による投資規制策は“中国市場に最も投資してきた海外投資家への攻撃だ”と捉えられているし、更に、実際に講じられた対ロシア制裁を以て、多くの海外投資家は対中国制裁も将来十分起こり得ると深い懸念を抱いたはずだとコメントしている。
実際問題、今年の3月から海外機関投資家グループの中国市場撤退が加速していて、上海・深セン・香港の3証券取引所併せて1ヵ月だけで70億ドル(約8,750億円)の株式が売却され、また、直近2ヵ月で140億ドル(約1兆7,500億円)の中国政府公債が処分されてしまっている。
更に、ドイツの空港運営会社フラポート(1924年設立)が3月、14年間保有してきた中国中部の西安国際空港(シーアン)の24.5%株式を売却した。
同社は、ロシアのサンクトペテルブルク空港の株式も保有しているが、こちらはロシア政府の一方的な政策変更で売却できない状態となっている。
このように、投資リスクが増大し期待収益を凌ぐ程になりつつあることから、中国市場は海外機関投資家らにとって問題のない投資先ではなくなったとみられる。
米国のジャネット・イエレン財務長官(75歳、2021年就任)は先週、かつてないほどロシアと親密となっている中国に報いが来ると表明している。
同長官は、“中国は、ロシアに対する制裁でロシアを孤立させるとの我々からの提案を袖にしたことから、国際社会の中国に対する思いや、中国経済ともっと融合していこうとの期待は大きく毀損されている”とも強調した。
(注)機関投資家:個人投資家らの拠出した巨額の資金を有価証券(株式・債券)等で運用・管理する社団や法人。保険会社、投資信託、信託銀行、投資顧問会社、年金基金など。
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欧米の制裁、多くの欧米企業の撤退、ロシア軍の困難な状況にもかかわらず、ロシア通貨ルーブルが、侵攻前の水準まで戻っている。1ドルは3月初めには140ルーブル近くまで上昇していたのが、今では80ルーブルの価値に下がっている。またロシア経済はインフレと景気後退が予想されているものの、ガスや石油の輸出により経常黒字になることが予測されている。
米
『ブルームバーグ』は、ロシア政府とそのオリガルヒに対する非常に広範な制裁措置や、外国企業の撤退にもかかわらず、外国人がロシアの石油や天然ガスを買い続け、ロシアの金庫を潤すことでルーブルを支えていれば、制裁措置はほとんど意味をなさないことが明らかになった、と伝えている。ブルームバーグ・エコノミクスは、ロシアが世界経済からほとんど切り離されているにもかかわらず、今年はエネルギー輸出から3210億ドル(約40兆円)近くを稼ぎ出し、2021年から3分の1以上増加すると予想している。ルーブルの急速な回復は、プーチンに大きな勝利をもたらしている。
ゼネラリ保険アセットマネジメントの新興国市場担当のギョーム・トレスカ氏は「政治家にとっては、制裁の影響がないことを示すことで、良いPRになる。そして、インフレの影響を抑えるのに役立つだろう」と述べている。
ロシア政府は、制裁措置を受けて、非居住者投資家が保有する資産の凍結や、保有する外貨の80%をルーブルに転換するようロシア企業に指示することを含む一連の資本規制を制定した。そして、今も様々な国がロシア産の石油やガスを購入していることで、ロシアに対して命綱を投げている。エネルギー輸出で経常黒字を得ていることで、ロシア通貨が回復した。
『ブルームバーグ』は、ロシアが国内市場を安定させ、厄介な債務不履行も回避することができているため、反ロシア政府連合が再びルーブルに打撃を与えようとするならば、やり方を変えなければならないだろう、と指摘している。今週、米国財務省は米国の銀行にあるロシアの口座からのドル債務の支払いを禁止した。これは、ロシアに国内のドル準備を放出させるか、デフォルトさせようとする試みである。
国際金融市場関連のニュースサイト『Investing.com』は、ウクライナ戦争と国際的な制裁措置により、今年のロシア経済が急激に落ち込むことはどの専門家も認めているものの、今回の危機の影響がどの程度になるかはまだ不透明な状況だと伝えている。
1日に発表されたロシアのS&Pグローバル購買担当者景気指数(PMI)は、2月の48.6から3月は44.1に低下した。50以下の数値は縮小を反映しており、ロシアの経済活動の落ち込みは、新型コロナウイルスのパンデミックの初期段階であった2020年5月以降で最悪となっている。ウクライナ戦争が長引けば、ロシア経済にとってその影響は飛躍的に悪化する可能性がある。特に、欧州連合(EU)は新たに報告された残虐行為を受けてロシアに対する新たな制裁措置を導入する予定である。
ゴールドマン・サックスは、「生産、新規受注、特に新規輸出受注が急激に減少し、下落が広範囲に及んでいる」と指摘している。そして、今年のロシアのGDPは10%縮小すると予想している。欧州復興開発銀行も2022年のロシア経済の縮小率を10%と予測しており、国際金融研究所は2022年に15%、2023年にさらに3%と、より大きな急落を予測している。
米『ビジネス・インサイダー』は、ルーブルの回復により、プーチン大統領に対する国内の圧力はいくらか緩和されたものの、国の経済の形を反映したものではない、と伝えている。
三菱UFJフィナンシャル・グループの通貨アナリスト、リー・ハードマン氏は、「ロシアはもう自由な市場ではない。基本的な状況はかなり悪化している」と指摘している。「この国の経済が比較的深刻な事態に陥るだろうと予想している。そして、今後さらにインフレが進行することになるだろう。」と述べている。ロシアのインフレ率はすでに15%程度に跳ね上がっており、専門家たちは2022年末には20%を超えると予想している。
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