既報どおり、中国政府は米国政府の台湾接近に対して非常に神経を尖らせている。5月には、外交部門トップが、台湾の世界保健機関(WHO、1948年発足)総会出席を後押しするバイデン政権を恫喝すれば、6月には、国防部門トップが、アジア安全保障会議(シャングリラ対話、注1後記)において、台湾独立阻止のためには米国とも徹底抗戦すると改めて宣言している。そして今度は、一時延期となっていた米下院議長の台湾訪問の日程が明らかになったことから、中国外交部が改めて相応の報復を行うと表明して牽制した。
7月19日付米
『AP通信』は、「中国政府、もしペロシ米下院議長が訪台すれば“強烈な報復措置”を講ずると脅し」と題して、一時延期となっていたナンシー・ペロシ下院議長(82歳、2019年就任、カリフォルニア州選出民主党議員、1987年初当選)の訪台の日程が明らかになったことから、中国外交部が改めて相応の報復を行うと表明して牽制したと報じている。
中国外交部(省に相当)は7月19日、もしナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問すれば、“断固として強烈な報復措置”を講ずると表明した。
同議長はバイデン政権で2番目の重鎮であるが、英経済紙『フィナンシャル・タイムズ』(1888年創刊、2015年日本経済新聞社傘下)によれば、当初4月に予定していた訪台が自身の新型コロナウィルス(COVID-19)感染で延期となっていたが、8月に訪問することになったという。
もしペロシ議長が訪台するとなれば、25年前に訪台した当時のニュート・ギングリッチ議長(現79歳、1995~1999年在任、1979~1999年ジョージア州選出の共和党議員)以来のことで、米議員で最高位の人物の台湾訪問となる。
中国はこれまで、武力を用いての台湾統一も辞さないと宣言しており、台湾領空に戦闘機を派遣して脅したり、武力侵攻を想定しての軍事演習を展開してきている。
中国政府としては、70年以上前に内戦の勃発で分断された台湾を統一するのは悲願であり、独立派を支援する米国には強硬に対抗していくとしている。
そこで、外交部の趙立堅報道官(チャオ・リーチアン、49歳、2020年就任)は7月19日の定例会見で、ペロシ議長の訪台は“中国の主権を脅かし、かつ、米中関係を大きく損なわせるばかりか、台湾独立派に間違ったメッセージを送ることになる”とした上で、“もし米国が誤った道をそのまま進もうとするなら、主権擁護のために断固として強烈な報復措置を講ずる”と糾弾した。
一方、ホワイトハウスのカリーヌ・ジャン=ピエール報道官(44歳、2022年就任)はペロシ議長の訪台の件には触れず、“一つの中国”原則を理解しているものの、台湾を支援するのは“強固な意志”であって、非公式な活動や台湾との防衛協力は今後も続ける、とのみコメントしている。
なお、中国政府は、米国が最近決定した1億800万ドル(約149億円)相当の武器輸出をキャンセルするよう強硬に要求している。
また、国防部も7月19日、“中国人民解放軍(1947年設立)は、台湾独立派を支援する如何なる外敵にも断固たる対抗行動を取る”と同部ウェブサイト上で表明している。
7月20日付中国『チャイナ・デイリィ』(1981年設立、中国共産党中央宣伝部保有の英字紙)は、「中国政府、もしペロシ議長が訪台すれば強硬な対抗措置を講ずると宣言」として、中国政府の公式発表について詳報している。
外交部の趙報道官は7月19日、『フィナンシャル・タイムズ』紙がペロシ議長の来月の訪台について報道したことを受けて、“もし訪台するとなれば、米国政府は、それによって発生する様々な問題について深刻に捉える必要がある”と釘を刺した。
同議長は当初、4月の訪台を予定していたが、結果として自身のCOVID-19感染で延期となったものの、王毅外交部長(ワン・イー、68歳、2013年就任)は当時、(議長の訪台は)中国主権に対する悪意のある挑発行為だと非難していた。
同報道官はまた、米国務省が7月18日、台湾関係法(TRA、注2後記)に基づいて台湾向けにバイデン政権下で通算5度目となる1億800万ドル相当の武器輸出を承認したことについても糾弾している。
同報道官は、度重なる武器輸出によって“台湾独立派”が悪戯に勇気付けられ、反って中台間の緊張関係を増大させるだけだ、とした上で、“台湾統一という中国の核心的利益を棄損しようとする、米国による内政干渉に対して断固として反対する”とも非難している。
(注1)シャングリラ対話:安全保障問題などを研究するシンクタンク、国際戦略研究所(IISS、1958年設立、本部ロンドン)が主催。2002年から年1回のペースで開かれていて、アジア・太平洋地域を中心に、各国の国防・安全保障の担当閣僚らが顔をそろえる。シャングリラホテル・シンガポールが会場なので、そう呼ばれている。政府間の公式な会議では自由な議論が難しいケースもあるため、外交・安保の専門家やビジネス界のリーダーなども交えて率直な意見をぶつけ合う場を民間が設け、地域の信頼関係を築くことに役立ててもらおうという狙いがある。
(注2)TRA:台湾の安全保障のため、軍事同盟的なニュアンスを含む米国内法。同法は、カーター政権による台湾との米華相互防衛条約の終了に伴って1979年に制定されたものであり、台湾を防衛するための軍事行動の選択肢を大統領に認める。米軍の介入は義務ではなくオプションであるため、同法は米国による台湾の防衛を保障するものではない。
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台湾は、2009~2016年の間に世界保健機関(WHO、1948年発足、本部スイス・ジュネーブ)総会にオブザーバーとして参加してきた。しかし、2016年に「一つの中国」原則を認めない蔡英文総統(ツァイ・インウェン、65歳)が政権を奪取して以降は、中国の妨害に遭って同総会への参加が認められていない。そして、今年5月下旬に新型コロナウィルス(COVID-19)感染問題発生後、初の対面式総会が開かれるのに際し、バイデン政権が台湾のオブザーバー参加を強く求めることに反発して、中国外交部門トップが半ば恫喝する言葉を同政権側に浴びせている。
5月19日付米
『ブライトバート』オンラインニュース(2005年設立の保守系メディア)は、「中国、カリフォルニア州での中国系米国人による台湾系住民殺傷事件発生後にも拘らず、台湾問題で米国側を恫喝」と題して、中国外交部門トップが、WHO総会への台湾出席を後押しする米国を苦々しく思って、バイデン政権高官を恫喝したと報じている。
カリフォルニア州では5月15日、中国系米国人のデビッド・チョウ容疑者(趙文偉、68歳)が、台湾系住民が集まる教会に押し入って銃を乱射し、6人を死傷させた。
当局発表では、同容疑者が「中国と台湾間の政治的緊張関係に立腹」して犯行に及んだ、台湾系に対するヘイトクライムだという。
しかし、かかる憂うべき事件が発生して日が経っていないのにも拘らず、中国外交部門トップがバイデン政権高官に対して、「一つの中国」原則を顧みず、台湾支持を続けるなら“相応の報復”をすると恫喝してきた。
中国は当初、テロ事件を想起させる恐れがあるとして事件そのものを無視していた。
ところが、バイデン政権が、5月22日からジュネーブで開催されるWHO総会に台湾を出席させるよう喧しい声を上げていることに業を煮やしてか、中国外交部門トップが脅しと取られかねない暴言を浴びせてきた。
『環球時報』(1993年発刊の中国共産党中央委員会機関紙)報道によると、習近平国家主席(シー・チンピン、68歳)の外交部門の片腕をされる楊潔篪氏(ヤン・チエチー、72歳、党中央外事活動委員会弁公室主任)が5月18日、ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当、45歳)との電話会議において、中国の意向に反して、あくまで台湾をWHO総会に送り込もうとするならば、“事態を益々深刻な状況にしてしまう”と強く申し入れたという。
また、『中国中央テレビ』(1958年開局の国営公共放送局)によると、楊氏は、“米国は誤った議論を展開していて、中国権益に反する内政干渉を繰り返している”とし、“もし引き続き「台湾カード」で賭けを続けるというなら、それこそ危険な状態に陥ることは必至だ”と言及したとする。
これに関し、中国外交部(省に相当)の趙立堅報道官(チャオ・リーチアン、49歳)は5月19日の定例記者会見の席上、楊氏の発言は恫喝でも何でもないと擁護した。
同報道官は、“そもそも米国は、「一つの中国」原則を確認しているにも拘らず、時に応じて「台湾カード」を持ち出して中国側を牽制し、かつ、「台湾独立派」に誤ったメッセージを送っている”と非難した。
その上で同報道官は、“かかる米国側の対応こそ、米中関係を棄損するだけでなく、台湾海峡の平和と安定を脅かすものだ”とも強調した。
一方、もう一人の対米強硬政策急先鋒の王毅外交部長(ワン・イー、外相に相当、68歳)は日本に対しても同様に恫喝した。
すなわち、『環球時報』報道によると、同部長が5月18日に林芳正外相(61歳)とテレビ会議をした際、同外相に対して、火中の栗を拾うことは止めるべきであるし、“近隣窮乏化政策(注後記)”を取るような誤った道に進むべきではないと警告したという。
同部長は、“日米両国が、5月22日に開催されるWHO総会に台湾を送り込もうと「不快な雰囲気づくり」をしようとしている”とした上で、“日本は、地域の平和と安定を第一に考え、それを脅かすような台湾支援という誤った主張は控えるべきだ”とも言及したという。
これら外交部門トップの恫喝発言が続いているが、実は、習国家主席からは2019年、台湾支持者を震え上がらす獰猛な発言が飛び出していた。
同国家主席は当時、香港や東トルキスタン(現在の新疆ウィグル自治区)と同様、台湾独立を支援するような輩は陰惨な死を迎えることになろう、と脅迫していた。
同国家主席は、“中国主権から領土を奪い取ろうとする何人も、肉体は引き裂かれ、骨は粉々に砕かれて死ぬことになる”と発言したと言われている。
5月20日付中国『チャイナ・デイリィ』(1981年発刊の中国共産党宣伝部保有の英字紙)は、「中国、米国に対して“一つの中国”原則に難癖をつけないよう警告」として、中国外交部門トップが米国の理不尽な対応を諫めたと報じている。
楊氏は5月18日、米国のサリバン大統領補佐官との電話会議において、台湾問題は米中関係で最も重要かつ神経を使うべき核心事項だと釘を刺した。
すなわち、楊氏は米国側に対して、“台湾独立派”を支援するような態度は慎み、一つの中国原則を尊重するよう強く求める、と警告した。
この電話会談の直前、アントニー・ブリンケン国務長官(59歳)が、一つの中国原則に反して、WHO総会に台湾を招待するようはたらきかける文書を発信していた。
これに関して趙報道官は5月19日、“時に応じて「台湾カード」を使って中国を牽制するような行動は、国際社会の圧倒的多数の国々から断固拒否されているため、このような企みは失敗する”と強調した。
更に同報道官は、ウズラ・ゼヤ国務次官が5月19日、ダライ・ラマ14世(86歳、チベット仏教の法王、1940年就任)と会い、またネパールのチベット人コミューニティを訪問する件を話題にした。
同報道官は、同次官が5月18日にはインド北部の“チベット亡命政府(1959年チベット動乱時にインド亡命)”等の高官らに会っていたことにも触れて、米国政府に対して、中国の内政に干渉することは即刻止め、ダライ・ラマ率いる反中国政府の分離独立派を支援しないよう警告するとも語った。
(注)近隣窮乏化政策:自国の経済問題を、貿易相手国に損失を押し付ける形で回復を図ろうとする経済政策。
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