台湾は、2009~2016年の間に世界保健機関(WHO、1948年発足、本部スイス・ジュネーブ)総会にオブザーバーとして参加してきた。しかし、2016年に「一つの中国」原則を認めない蔡英文総統(ツァイ・インウェン、65歳)が政権を奪取して以降は、中国の妨害に遭って同総会への参加が認められていない。そして、今年5月下旬に新型コロナウィルス(COVID-19)感染問題発生後、初の対面式総会が開かれるのに際し、バイデン政権が台湾のオブザーバー参加を強く求めることに反発して、中国外交部門トップが半ば恫喝する言葉を同政権側に浴びせている。
5月19日付米
『ブライトバート』オンラインニュース(2005年設立の保守系メディア)は、「中国、カリフォルニア州での中国系米国人による台湾系住民殺傷事件発生後にも拘らず、台湾問題で米国側を恫喝」と題して、中国外交部門トップが、WHO総会への台湾出席を後押しする米国を苦々しく思って、バイデン政権高官を恫喝したと報じている。
カリフォルニア州では5月15日、中国系米国人のデビッド・チョウ容疑者(趙文偉、68歳)が、台湾系住民が集まる教会に押し入って銃を乱射し、6人を死傷させた。
当局発表では、同容疑者が「中国と台湾間の政治的緊張関係に立腹」して犯行に及んだ、台湾系に対するヘイトクライムだという。
しかし、かかる憂うべき事件が発生して日が経っていないのにも拘らず、中国外交部門トップがバイデン政権高官に対して、「一つの中国」原則を顧みず、台湾支持を続けるなら“相応の報復”をすると恫喝してきた。
中国は当初、テロ事件を想起させる恐れがあるとして事件そのものを無視していた。
ところが、バイデン政権が、5月22日からジュネーブで開催されるWHO総会に台湾を出席させるよう喧しい声を上げていることに業を煮やしてか、中国外交部門トップが脅しと取られかねない暴言を浴びせてきた。
『環球時報』(1993年発刊の中国共産党中央委員会機関紙)報道によると、習近平国家主席(シー・チンピン、68歳)の外交部門の片腕をされる楊潔篪氏(ヤン・チエチー、72歳、党中央外事活動委員会弁公室主任)が5月18日、ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当、45歳)との電話会議において、中国の意向に反して、あくまで台湾をWHO総会に送り込もうとするならば、“事態を益々深刻な状況にしてしまう”と強く申し入れたという。
また、『中国中央テレビ』(1958年開局の国営公共放送局)によると、楊氏は、“米国は誤った議論を展開していて、中国権益に反する内政干渉を繰り返している”とし、“もし引き続き「台湾カード」で賭けを続けるというなら、それこそ危険な状態に陥ることは必至だ”と言及したとする。
これに関し、中国外交部(省に相当)の趙立堅報道官(チャオ・リーチアン、49歳)は5月19日の定例記者会見の席上、楊氏の発言は恫喝でも何でもないと擁護した。
同報道官は、“そもそも米国は、「一つの中国」原則を確認しているにも拘らず、時に応じて「台湾カード」を持ち出して中国側を牽制し、かつ、「台湾独立派」に誤ったメッセージを送っている”と非難した。
その上で同報道官は、“かかる米国側の対応こそ、米中関係を棄損するだけでなく、台湾海峡の平和と安定を脅かすものだ”とも強調した。
一方、もう一人の対米強硬政策急先鋒の王毅外交部長(ワン・イー、外相に相当、68歳)は日本に対しても同様に恫喝した。
すなわち、『環球時報』報道によると、同部長が5月18日に林芳正外相(61歳)とテレビ会議をした際、同外相に対して、火中の栗を拾うことは止めるべきであるし、“近隣窮乏化政策(注後記)”を取るような誤った道に進むべきではないと警告したという。
同部長は、“日米両国が、5月22日に開催されるWHO総会に台湾を送り込もうと「不快な雰囲気づくり」をしようとしている”とした上で、“日本は、地域の平和と安定を第一に考え、それを脅かすような台湾支援という誤った主張は控えるべきだ”とも言及したという。
これら外交部門トップの恫喝発言が続いているが、実は、習国家主席からは2019年、台湾支持者を震え上がらす獰猛な発言が飛び出していた。
同国家主席は当時、香港や東トルキスタン(現在の新疆ウィグル自治区)と同様、台湾独立を支援するような輩は陰惨な死を迎えることになろう、と脅迫していた。
同国家主席は、“中国主権から領土を奪い取ろうとする何人も、肉体は引き裂かれ、骨は粉々に砕かれて死ぬことになる”と発言したと言われている。
5月20日付中国『チャイナ・デイリィ』(1981年発刊の中国共産党宣伝部保有の英字紙)は、「中国、米国に対して“一つの中国”原則に難癖をつけないよう警告」として、中国外交部門トップが米国の理不尽な対応を諫めたと報じている。
楊氏は5月18日、米国のサリバン大統領補佐官との電話会議において、台湾問題は米中関係で最も重要かつ神経を使うべき核心事項だと釘を刺した。
すなわち、楊氏は米国側に対して、“台湾独立派”を支援するような態度は慎み、一つの中国原則を尊重するよう強く求める、と警告した。
この電話会談の直前、アントニー・ブリンケン国務長官(59歳)が、一つの中国原則に反して、WHO総会に台湾を招待するようはたらきかける文書を発信していた。
これに関して趙報道官は5月19日、“時に応じて「台湾カード」を使って中国を牽制するような行動は、国際社会の圧倒的多数の国々から断固拒否されているため、このような企みは失敗する”と強調した。
更に同報道官は、ウズラ・ゼヤ国務次官が5月19日、ダライ・ラマ14世(86歳、チベット仏教の法王、1940年就任)と会い、またネパールのチベット人コミューニティを訪問する件を話題にした。
同報道官は、同次官が5月18日にはインド北部の“チベット亡命政府(1959年チベット動乱時にインド亡命)”等の高官らに会っていたことにも触れて、米国政府に対して、中国の内政に干渉することは即刻止め、ダライ・ラマ率いる反中国政府の分離独立派を支援しないよう警告するとも語った。
(注)近隣窮乏化政策:自国の経済問題を、貿易相手国に損失を押し付ける形で回復を図ろうとする経済政策。
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既報どおり、習近平国家主席(シー・チンピン、68歳)が、何が何でも成功裏に終わらせようと目論んでいる北京冬季大会の開会式を迎え、西側諸国からの人権問題への非難を遠ざけようとあらゆる手段を駆使している。しかし、内実では、中国政府によるウィグル族等への締め付けが極端に厳しくなっており、この程米メディアのスクープ記事によると、かつて毛沢東国家主席(マオ・ツォートン、1893~1976年)が称賛していたウィグル族説話について、現習政権はウィグル族暴動を惹起した問題教科書と断罪し、関係したウィグル人に極刑を科していたことが判明した。
2月1日付
『AP通信』:「中国政府、ウィグル族説話教科書をかつては認可していたものの今は編集者に極刑」
中国共産党政府は近年、ウィグル族への取り締まりを強化してきているが、その一環で昨年、かつては同政府が認可していたウィグル族に関わる抵抗運動の説話を教科書に編集したウィグル人に対して、1人に死刑、他3人に終身刑を科した。
『AP通信』が、中国国営メディアのドキュメント報道を再調査し、同教科書編集に関わった人たちへのインタビューを試みた結果、1949年の中国建国を宣言した毛沢東国家主席が称賛した、1940年代のウィグル族抵抗運動を扱った2つの説話教科書について、中国共産党政府が解釈を翻し、壊滅的な結果をもたらす悪本と批評した上で、ウィグル人学生らにも同教科書を閲覧できないようにして、ウィグル族の歴史に触れる機会を奪っていたことが分かった。
すなわち、1940年代後半に、中国共産党が国民党政権と内戦を繰り返していた際、ウィグル族が国民党政権による弾圧や差別政策に抵抗して武装蜂起していた。
そこで、1949年に国民党政権打倒を成し遂げた毛氏が、ウィグル族のリーダーであるアクメトジャン・カスィミ(1914~1949年、東トルキスタン共和国指導者)を国家諮問会議初会合に招待するとし、“カスィミ同志の何年もの抵抗運動は、中国人民による民主革命運動の一部である”と賛辞を送っていた。
ただ、カスィミは同会合に赴く途中、搭乗した飛行機の墜落事故で絶命している。
従って、当時のウィグル族の活動の歴史を綴った本は中国共産党政府も評価していた訳である。
ところが、新疆ウィグル自治区元教育部長(2000~2008年)のウィグル人政治家サッター・サウット(現在73歳)が、2009年ウィグル騒乱(注後記)を引き起こしたイスラム過激主義者らを扱った教科書を編集し、その中で憎悪、暴力、宗教的過激主義を説いていたことから、2017年に当局によって逮捕された。
そして昨年4月に現地裁判所は、サウットが同教科書を編集する分断主義グループを主導したとして、死刑判決を下した。
中国国営国際ニュースチャンネル『CGTN(1997年設立、中国中央テレビ傘下)』が昨年、10分間のドキュメント番組「新疆ウィグル自治区の隠された脅威」の中で、当該説話教科書を危険読本と言及していた。
また同番組の中で、テレビカメラの前でサウットが謀議を告白する場面が放映されていた。
サウットと一緒に画面に登場した、教育部の高官であったアリムジャン・メムティミンには終身刑が科せられた。
かつて新疆ウィグル自治区で収容所に入れられ、その後米国に逃れているミフリグル・トゥルサン氏(32歳)は、“ウィグル族の武装蜂起をかつての中国政府は称賛していたのに、現在の政府は、その歴史的説話を掲載した教科書を禁書扱いにして、関わった人たちを処罰していることに愕然としている”とコメントしている。
なお、メリーランド大(1856年設立、州立大学)の中国の二言語同時教育制度研究専門家の周明朗教授(チョウ・ミンラン)は、2009年ウィグル騒乱以降、特に中国共産党政府の新疆ウィグル自治区における中国語教育指導がより厳しくなっていると述べた。
その上で同教授は、習国家主席が、“多様性は国家統一にとって脅威となると判断”しているため、前任者たちが促進した“多様性を許容した国家統一”という考えを捨て、漢族による国家統一を目指していると分析している。
(注)2009年ウィグル騒乱:2009年7月5日に、新疆ウィグル自治区ウルムチ市において発生した騒乱事件。同年6月に広東省で、デマを発端として玩具工場のウィグル人労働者が漢族労働者の襲撃により死亡したことについて、襲撃側の刑事処分が曖昧にされたことからウィグルでの不満が高まって大規模デモに発展したもの。死者192人、負傷者1,721人。
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