既報どおり、南シナ海をめぐる領有権問題では、米中が一歩も引かず、軍事演習を遣り合って相手方に圧力をかけている。トランプ政権としては、大統領選勝利のためには、引き続き対中強硬路線を突っ走る他なく、かつて中国が強行した同海域の人工島建設に関わった関係企業・高官らを制裁対象として締め付けを強めている。そして今度は、同海域領有権問題の直接の当事国である東南アジア諸国連合(ASEAN)にも、米国による制裁に賛同し加わるよう直接訴えた。
9月10日付米
『AP通信』:「米国、ASEANに対して米国が制裁対象とした中国企業との取引見直しを要請」
マイク・ポンペオ国務長官は9月10日、ASEAN加盟国に対して、中国が南シナ海における領有権問題の当事国を“いじめる”ために強行した、同海域の人工島建設に関わった中国企業を対象とした米国制裁に賛同し、加わるよう要請した。
これは、米国・ASEAN間年次外相会議において発せられたもので、新型コロナウィルス感染流行問題のためテレビ会議形式で行われた。
同長官は、中国はASEAN組織内で尊重されてきた民主主義の価値や、主権や領土に関わる相互信頼を全く無視する行動を取っていると非難した。
そして同長官は、中国による一方的な人工島建設強行について問題視して、米政府は、その建設工事に関わった中国企業数十社を制裁対象とすることを決めた、と付言した。
更に同長官は、“ASEAN各国に対しても、かかる横暴を許さないため、制裁対象とした中国国営企業との取引を再考して欲しい”とし、“中国共産党にこれ以上勝手な真似をさせてはならないし、米国は常にASEANメンバーの傍にいて支援していく”と強調した。
これに対して、今年のASEAN議長国ベトナムのファム・ビン・ミン外相は、“ASEAN・米国間の良好な関係によって相互利益が高まる”と、ポンペオ長官の発言を歓迎した。
同外相は、“米国が、南シナ海の平和、安定、安全保障の維持に貢献してくれることはとても心強い”とも付言した。
一方、マレーシアのヒシャムディン・フセイン外相は、“ASEANがこの問題をどう対応していくかによって、悲惨な結果にもなるし、また、新たに平和と安定を確保できる場合もある”とし、“あくまでもASEANが中心になって、全ての事態に対応していくことが肝要”だと、米・中どちらにも偏らない慎重な態度を求める発言をしている。
同日付フィリピン『フィリピン・タイムズ』紙、インドネシア『インドネシアニュース・ネット』(『ラジオ・フリー・アジア』配信):「米国、ASEANに対して制裁対象の中国企業との取引見直しを要求」
ポンペオ長官は9月10日、米国・ASEAN外相オンライン会議の席上、米国が人工島建設に関わった24社の中国企業を制裁対象にしていることから、ASEAN各国もこれに同調して、これらの企業との取引を再考するよう求めた。
同長官は、これらの企業は、中国が強行した南シナ海内岩礁上の人工島建設に加担し、中国による同海域への一方的進出を後押しすることになったとして非難した。
米政府は8月26日、これら24社の中国国営企業及び個人を、制裁対象とすることを決定している。
しかし、かかる動きに対して、親中派の政権であるフィリピン政府は、これら中国企業との関係は断てないと表明した。
ロドリゴ・ドゥテルテ大統領付きのハリー・ローク報道官は、これら企業と進めている大インフラ建設プロジェクトはフィリピンの“国益”に叶うものなので、継続すると宣言した。
同報道官は、“フィリピンは独立した国であり、また、中国投資を必要としていることから、米国の言いなりにはなれない、というのがドゥテルテ大統領の明確な見解”だと付言している。
閉じる
日本は、主要7ヵ国(G-7)で唯一、石炭火力発電所の輸出に公的支援を続けており、国際社会から非難を浴びている。しかし、それを大きく上回る勢いで世界エネルギー業界を席捲しているのが中国である。国内では、新型コロナウィルス(COVID-19)感染流行による経済大失速挽回のため、パリ協定(注1後記)の目標を横に置いて石炭火力発電所の稼働率を上げているだけでなく、海外においては、“一帯一路(BRI)”経済圏構想下の途上国に新規石炭火力発電所の輸出・建設に拍車をかけている。
7月3日付
『ユーラシア・レビュー』オンラインニュース(
『ラジオ・フリー・アジア』(米議会出資の短波放送局)配信):「中国の石炭火力発電所建設計画に法的制限を、との声」
中国の、海外における石炭火力発電所建設計画の勢いが止まらない。
非営利団体『中外対話』(チャイナダイアローグ、2006年設立の環境問題に特化したウェブサイト、拠点は北京・ロンドン)に掲載された環境活動家の主張によると、中国が2007年以来草稿しているエネルギー法案には、海外で展開されるBRIインフラ計画における環境規制に関わる条項が含まれていないという。
従って、いくら国内でエネルギー産業に環境規制を課しても、中国政府のBRI開発構想で支援される1兆ドル(7兆700億人民元、約107兆円)の資金に基づき途上国で建設される石炭火力発電所で、“炭素リーケージ(注2後記)”が発生することになってしまう、と環境活動家は非難している。
オランダ非営利団体再生エネルギーの王娃娃(ワン・ワワ)上級顧問及び張晶晶(チャン・ジンジン)環境派弁護士は『中外対話』掲載記事の中で、“中国が制定を検討しているエネルギー法案には輸出問題が欠落していて、化石燃料の発生や抑制技術に関わる審査条項が全く入っていない”と批評している。
更に中国国内においても、COVID-19感染問題で大失速した経済活動を活発化させるため、CO2排出量削減の話は横に置いて、新規石炭火力発電所建設計画を促進している。
そこで、国際エネルギー機関(IEA)は先月、中国が計画している新設石炭火力発電所発電能力が合計180ギガワット(1億8千万キロワット、約4,500万世帯分の電力相当)と、世界全体で計画されている石炭火力発電所の3分の1にも及ぶことから、“中国国内の環境問題のみならず、地球温暖化対策も念頭に置いて、慎重な対応が求められる”との声明を発表している。
グローバル・エネルギーモニター(2008年設立のカリフォルニア州NGO)及びエネルギー・クリーンエア研究センター(化石燃料特化の独立研究所)は先週リリースした調査報告の中で、中国は、世界の石炭火力発電所縮小傾向に逆行している、と批評した。
そして同報告の中で、“世界で依然多くの石炭火力発電所建設計画が進められているが、ほとんどが中国資金で賄われている”と非難している。
フランス『ル・モンド』紙報道によると、中国はBRI傘下の国のひとつである西アフリカのコートジボワールに700メガワット(70万キロワット、約18万世帯相当)の石炭火力発電所を新設しようとしている。
また、『ブルームバーグ』が4月に報道したところによると、中国国営葛洲場集団公司(ゲチューバ、2006年設立のゼネコン)がアフリカ南部のジンバブエに、30億ドル(212億人民元、約3,210億円)の資金を援助して2,800メガワット(280万キロワット、約70万世帯相当)の石炭火力発電所建設を推進しているという。
更に、環境活動家は、欧州においても、ボスニア・ヘルツェゴヴィナやセルビア等で、中国からの資金援助によって、合計4.1ギガワット(410万キロワット、約103万世帯相当)の新規石炭火力発電所の建設が進められようとしていると批判している。
『ニューヨーク・タイムズ』紙が1月報じたところによれば、国際金融協会(IIF、注3後記)の報告では、“中国のBRI政策に関わる資金の実に85%が、石炭火力発電所等温室効果ガス排出に直結するインフラ建設に投じられている”という。
そして、中国国営企業は、中国国内と違って規制が及ばない、海外での石炭火力発電所等の建設に注力しているとする。
そこで環境活動家は、“中国が海外プロジェクトに関しては、環境アセスメント等の報告を義務付けていないため、中国国営企業が環境問題に直結する石炭火力発電所建設も好き勝手に進めている”と非難している。
一方、中国商務部(省に相当)は5月、今年4ヵ月間のBRI傘下の国々(BRI公式サイトによると143ヵ国)との貿易高は2兆7,600億人民元(3,899億ドル、約41兆7,190億円)と+0.9%となり、COVID-19問題による中国の世界貿易▼4.9%減少を十分にカバーしていると発表した。
なお、中国国営『新華社通信』報道によると、今や中国のBRI傘下の国々との貿易高は中国全体の30.4%にも上っているという。
(注1)パリ協定:2015年末、パリで開催された国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で合意された、2020年以降の地球温暖化対策を定める気候変動に関する国際的枠組み。1997年に採択された京都議定書以来18年ぶりとなる国際的枠組みで、同条約に加盟する全196カ国全てが参加する枠組みとしては史上初。排出量削減目標の策定義務化や進捗の調査など一部は法的拘束力があるものの、罰則規定はない。2016年4月22日のアースデーに署名が始まり、同年9月3日に温室効果ガス2大排出国である中国と米国(オバマ政権下)が同時批准し、同年10月5日の欧州連合(EU)の批准によって11月4日に発効。但し、正式な離脱通告がかのうになった2019年11月4日に、トランプ大統領が離脱を宣言している。
(注2)炭素リーケージ:温室効果ガスの排出規制の程度が国により異なる場合、規制が厳しい国の産業と規制が緩やかな国の産業との間で国際競争力に差が生じ、その結果として、規制が厳しい国の生産・投資が縮小して排出量が減る一方、規制が緩やかな国での生産・投資が拡大して排出量が増加すること。
(注3)IIF:世界の大手民間金融機関が参加する国際的な組織。1983年設立。本部はワシントン。国際金融システムの安定を維持するため、金融リスク管理の支援、規制・基準の策定などを行う。78の国・地域から商業銀行・投資銀行・証券会社・保険会社・投資顧問会社など約430社が参加。
閉じる