既報どおり、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC、注1後記)第6次評価報告書/第1作業部会報告書(自然科学的根拠)が今年8月に公表された。総論として、地球温暖化の主因は人間活動によって排出された温室効果ガスであり、また、向こう数十年の間に温室効果ガス排出量が大幅に減少しない限り、21世紀中に地球温暖化は2℃を超える、というものであった。そしてこの程、本報告書によると、世界の大洋の中で、インド洋が最も地球温暖化の影響を受けることになると読み取れる、と専門家が警鐘を鳴らしている。
8月31日付
『ザ・ディプロマット』誌(2001年創刊):「気候変動問題はインド洋の安全保障上最大の脅威」
インド熱帯気象学院(IITM、1962年設立)気象学者のスワプナ・パニカル氏は、8月に公表されたIPCC作業部会報告書を踏まえて、“インド洋は他の大洋に比べて最も水温上昇が顕著だ”とし、それに伴う様々な気候変動問題が発生すると警鐘を鳴らした。
当該報告書は、地球温暖化の進行で、世界並びにインド洋は今後数十年間にわたって深刻な災害に見舞われることを明言している。
そこで、気候変動に伴う様々な危機に対応するため、今こそ多国間協力が必須であることから、これまで休眠状態であった環インド洋連合(IORA、注2後記)の再活性化が求められ、具体的に次のようなインド洋特有の問題に対処していくことが期待される。
<環境劣化>
地球温暖化の影響で、インド洋の水温上昇は太平洋に比べて3倍も高くなるとされている。
それによって、海面上昇が起こり、そのために海岸レベルが低い国や地域では洪水が頻繁に発生するようになる。
インド洋の海面は毎年3.7mm上昇していると言われており、結果として極端な海洋災害が毎年発生する可能性がある。
また、IPCC報告書によれば、インド亜大陸に発生する西南アジア・モンスーンは軌道が変り、また、どんどん激しくなるため、いろいろな地域に豪雨をもたらすとしている。
以上の結果、特に、IORA加盟国であるインド洋のモリディブ・モーリシャス・セイシェル等の島嶼国は気候変動に脆弱であるため、IORAとして最優先で支援していく必要がある。
更に、同じく加盟国である東南アジアのタイやインドネシアも、2004年発生の津波で大被害を被っているとおり、頻繁に洪水被害に遭う可能性が高い。
一方、インド洋周辺には数百万種類の固有の動植物が生息しているが、環境汚染や漁獲過多に伴って、熱帯雨林・サンゴ礁等の生態系に大きな脅威となっている。
この問題についても、アフリカ大陸の国々からアジアそして豪州までが加盟しているIORAが主体となって、包括的に対応していくことが望まれる。
<海洋安全保障>
IORAにとって、もうひとつの優先課題は同海域の安全保障問題である。
中国が2013年に一帯一路経済圏構想(OBOR)を立ち上げて以降、東南アジアの諸港からアフリカ東部のジブチに至るまで、中国によるインフラ投資が加速されたことに伴い、インド洋における中国の制海圧力が高まってきている。
更に、中国は、南シナ海での一方的海洋進出に味を占めて、新型コロナウィルス(COVID-19)感染問題で多くの国が困難に陥っている隙をついて、インド洋にも中国海上民兵が多数進出してきて周辺国にとっての脅威となっている。
この中国の脅威に対抗するためにも、IORAを母体とした戦略的対応が必要となる。
<貿易・経済発展>
インド洋地域は、世界人口の3分の1が居住し、また、原油取引でも世界の中心になっている。
更に、インド・バングラデシュ・タイのように成長著しい国々が存在する。
しかし、域内諸国間の貿易連携は脆弱で、特にCOVID-19問題から自国の経済発展が停止の状態に追い込まれている。
そこで、この問題においても、アフリカとアジア諸国が加盟しているIORAを主体とした経済連携が有効な手段となると思われる。
直近で南アフリカから、目まぐるしい経済成長を称賛されたバングラデシュは、IORA加盟国に対して経済協力の強化を呼び掛けている。
IORAの経済連携の具体的進捗には、2018年末に発効した環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPPあるいはTPP 11)における交渉や合意事項等が参考になろう。
インド洋地域における様々な問題を解決していくためには、IORAの能動的な活動が必須で、インド洋のみならずインド太平洋地域における「ブルーエコノミー(注3後記)」を創設していくことが肝要である。
(注1)IPCC:国際的な専門家でつくる、地球温暖化についての科学的な研究の収集、整理のための国連傘下の政府間機構で、1988年設立。学術的な機関であり、地球温暖化に関する最新の知見の評価を行い、対策技術や政策の実現性やその効果、それがない場合の被害想定結果等に関する科学的知見の評価を提供。数年おきに発行される「評価報告書」は地球温暖化に関する世界中の数千人の専門家の科学的知見を集約した報告書であり、国際政治及び各国の政策に強い影響を与えつつある。
(注2)IORA:1995年に設立された国際組織で、加盟国域内での貿易と投資の活性化を目的とする地域協力連合。加盟国は、インド洋周辺のインド・豪州・インドネシア・マレーシア・イラン・南アフリカ・アラブ首長国連邦(UAE)の他、島嶼国のセイシェル・モーリシャス・モルディブ等計22ヵ国。対話パートナーとして、日本・米国・英国・フランス・ドイツ・中国等がいる。
(注3)「ブルーエコノミー」:海を守りながら利用することで経済や社会全体を持続的に発展させていこうとする海洋産業のこと。2010年にゼロ・エミッション構想を考案した、グンター・パウリ氏(65歳、ベルギー出身起業家)の著書「The Blue Economy」に始まる。 ブルーエコノミーの考え方は以前からあったが、プラスチックごみの問題以降、注目を集めている。
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フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領(76歳)は、2016年に就任以来、長い間築き上げられた米比同盟関係を差し置いて、中国・ロシアとの関係強化政策をとってきた。同大統領としては、力で全く敵わない中国等と敵対するのではなく、むしろ経済支援をうまく引き出して自国の繁栄に繋げようと腐心してきている。それは南シナ海における中国の一方的海洋進出活動に対しても同様で、中国大漁船団がフィリピンの排他的経済水域(EEZ)に長期に留まっているにも拘らず、この程、中国批判を繰り返す閣僚らに対して、これ以上の批判的言動を禁止する措置を講じるとの命令を出した。
5月19日付米
『ザ・ディプロマット』オンラインニュース(2001年設立):「フィリピン大統領、閣僚に対して南シナ海問題での発言禁止措置」
ロドリゴ・ドゥテルテ大統領は5月17日、閣僚に対して南シナ海問題での発言を禁止する措置を講じた。
これは、中国の数百隻の大漁船団が、フィリピンのスプラトリー諸島(南沙諸島)のEEZ内にあるホイットサン礁に3月から長期間留まっていることに業を煮やした複数の閣僚が、中国批判を公に表明する事態が繰り返され、反って中国を刺激する結果になっていることを同大統領が考慮したためとみられる。
同大統領はテレビ会議を通じて、“今後、全ての閣僚に対して、フィリピン西方で起こっている問題に関して、如何なる相手にも媒体にも発言することを禁ずる”とした上で、“本件討議する必要がある場合は、まず政権内で話すことを求める”と釘を刺した。
3月の第1週に、フィリピンの哨戒機が同礁近海に係留されている中国大漁船団を発見して以来、多くの政治家らから、同大統領の対中融和政策に反して、中国側を非難する声が次々に上がった。
3月22日には、デルフィン・ロレンザーナ国防相(72歳)が中国に宛てた文書の中で、“フィリピン主権を脅かす行動は即刻止めて、大漁船団を可及的速やかに退去させるよう求める”と申し入れた。
更に5月3日には、言いたいことをツイッターですぐつぶやいてしまうことで知られるテオドロ・ロクシン外相(72歳)が、何と“早く出て失せろ”と極端な言い回しで中国を非難した。
これには早速中国外交部(省に相当)から、二国間外交上問題だと非難されるに至り、同相は陳謝に追い込まれている。
同大統領は、2016年に就任以来、親中政策を標榜し、同年に常設仲裁裁判所(PCA、1899年オランダ・ハーグに設立)が下した、中国側に南シナ海における主権を認めないとの裁定についても、中国側にその履行を求めない対応をしてきた。
同大統領としては、富も力も壮大な中国からの支援を得ることで、インフラ整備含めてフィリピン経済の発展に繋げたいと欲したものと考えられる。
ただ、これまでのパターンでは、数々の中国側の傍若無人な行動に対して、閣僚らに強硬意見を述べさせた後、同大統領が対中懐柔に乗り出すということが繰り返されてきている。
しかし、今回発令した中国批判封じ込め措置に関しては、同大統領としても、中国側の傍若無人さに思うところがあってか、翌日の5月18日には、当該発言禁止措置が弱腰とみられないよう、“主権擁護のため、EEZ内の監視活動は今後も継続する”とし、“自国の立場や権利を放棄するつもりはない”との声明を発表している。
同日付フィリピン『ザ・デイリィ・トリビューン』紙(2000年刊行):「ドゥテルテ大統領、フィリピンの海洋主権を再度強調」
ドゥテルテ大統領は5月18日、南シナ海の領有権問題に関わる批判を無視しようとしていると前日に表明したことに関して、誤解して取られないようにするためか、フィリピン西沖のスプラトリー諸島内の領有権について擁護する立場に何ら変わりない、とする声明を発表した。
ハリー・ローク大統領報道官(54歳)が読み上げたもので、同大統領は、“フィリピン西海域において保有する領有権は全く変更なく、今後もその主権を擁護していくために、行政機関による監視活動を継続していく”と表明している。
更に同大統領は、2016年にPCAにおいて勝ち取ったフィリピンの権利は、如何なる国によっても侵されることはないと強調した。
同大統領は以前、PCA裁定など“ただの紙切れ”と呼んで、それを活用しようとしなかったが、今回は改めて、“その権利を放棄する意向はない”とし、“フィリピンはその原則に従って強靭な対応をしていく”と言及している。
一方、ローク報道官は、同大統領が前日に全閣僚に対して、フィリピン西沖の領有権問題に関わる公の場での発言を禁止するとした措置に関して、自身はもとより、ロクシン外相もその立場上、発言することを抑制されてはいない旨付言した。
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