ロシアによるウクライナ軍事侵攻以降、日本国内の多くのロシア料理店等に謂れのない誹謗中傷がなされている。ある神戸市内の店では、オーナーがウクライナ人であるのにも拘らず、である。そして、「坊主難けりゃ袈裟まで憎し」という事態が欧米諸国でも発生していると報じられている。
3月7日付米
『ワシントン・ポスト』紙は、「欧州居住のロシア人シェフや生徒に謂れのない差別」と題して、ロシアによるウクライナ軍事侵攻以降、ロシア人であることだけの理由で、無差別の誹謗中傷が横行していると報じている。
まず、ロンドンに6年居住し、ロシア料理店を経営しているロシア人シェフ(50歳)は、謂れのない誹謗中傷の被害を受けていると語った。
同氏は、店の売り上げの多くを、ウクライナ人避難民の助けとなるよう赤十字に寄付しているだけでなく、インスタグラム上で“戦争を止めてウクライナから撤退せよ”と訴えているにも拘らず、店の留守番電話に、“ロシア人は人殺し”とか“お前はプーチン信奉のロシア人”だと一方的に非難するメッセージがいくつも残されるという。
ロシアにも2軒店を構え、ロシアにおける美食革命をリードしてきた同氏としては、ロシアに二度と帰れないリスクを顧みずにロシア非難の声を公にしているにも拘らず、かかる誹謗中傷に曝されることに落胆している。
同氏によれば、欧州の多くの国に暮らすロシア人に対して、無差別の誹謗中傷が浴びせられ始めているという。
確かに多くの欧州諸国政府が、ウラジーミル・プーチン大統領(69歳)や彼を支持する新興財閥に対して制裁を科しているが、社会の気運としては、著名なアイスホッケー選手からオペラ歌手に至るまで、プーチンを支持したことなどなく、かつ、ウクライナで起こっている事態に驚愕しているにも拘らず、欧州居住の多くのロシア人に対して敵意が向けられ始めている。
英国サセックス大(1961年設立の国立大学)の社会学者アレクサンドラ・ルビッチ氏は、“欧州中でウクライナ侵攻に全く関係ないロシア人居住者が標的にされ、地位等を奪われている”とし、“特に人種差別主義者によるヘイトクライムや軽蔑的なコメントに曝されている”と語った。
同氏は、ロシア人全てを一緒くたにすることは予想通りの“お決まりの行動”だと解説している。
同氏によれば、西欧人の意識の中には、東欧人は劣っているという思いがあるとし、“通常は表立つことはないが、今回のような危機的状況に接すると、瞬く間にこのような衝動的な対応に出てくる”とする。
特に、中・東欧では瞬く間に無差別非難が始まった。
例えばチェコでは、1968年にソ連軍による侵攻で全土が占領された苦い記憶が残っていることからか、ソーシャルメディアには、“ロシア人は、それと分かる標章を付けろ”との投稿が多くなされた。
また、プラハの大学で教鞭をとるある教授はロシア軍の侵攻当日の朝、ロシア人学生には授業をしないとフェイスブック上に投稿していた。
チェコのペトル・フィアラ首相(57歳、2021年就任)は、市内の小学校に通うロシア人生徒に対する中傷を非難する声明を出したが、一方で、ほとんどのロシア人に対するビザ発給停止や、既に国内に居住するロシア人の滞在条件に付いて見直すとの政策は堅持するとしている。
『ワシントン・ポスト』紙がインタビューを行った欧州在住の多くのロシア人は異口同音に、戦争の恐怖に曝されているウクライナの人たちへの同情の声で、自身への謂れのない口汚い中傷がかき消されてしまう、とした上で、第二次大戦中に米国在住の日系人が帝国日本軍と戦うために戦場へ送られたような事態が自身の身にも起こらないかと心配しているとも語っている。
6歳の時にドイツに移住してきたロシア人女性(28歳)も、“今、自分はロシア人だと言っても良いのか途方に暮れる”とコメントした。
今のところドイツ内で際立った差別は受けていないとするが、ドイツの外交政策に劇的な変更(対ロシア強硬路線)がなされていることから、間もなく彼女にも無用な非難の声が浴びせられないかと懸念しているという。
彼女は、“ロシア人は(ウクライナに進軍を指示した)ロシア政府ではないし、戦争を支持してもいない”とし、ウクライナ人救済のボランティア活動を行っている。
一方、イタリア在住のロシア人写真家(41歳)は、同国北西部レッジョ・エミリアで開催予定だった写真展が直前にキャンセルされてしまった。
彼は、ロシア人だからということではないものの、“サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館(1764年設立の国立美術館)との共催であったことがその理由だ”と言う。
同氏は、“テロリスト国家と共催した写真展は見たいと思わない、という考えに同感する”としながらも、“ロシア人皆がプーチンや戦争を支持している訳ではないので、欧州とロシアを繋ぐ文化的な架け橋まで崩壊しないことを切望している”と述べている。
同国北東岸のウルビーノ大(1506年設立の公立大学)ロシア政治学専門のイーゴリ・ペリチアリ教授は、“当地に住むロシア人にとって今の空気はとても有害で、ウクライナ侵攻についてどう思うかと常に詰問され、(ウクライナ侵攻に関する)自身の正当性を弁明させられている”とコメントした。
また、先週末夜のロンドン・トラファルガー広場で行われたデモ行進では、“自分はロシア人で、侵略行為を申し訳ないと思う”とか、“ロシア人は戦争に反対している”とのプラカードを掲げた参加者が多くみられた。
英国のボリス・ジョンソン首相(57歳、2019年就任)は、ロシア政府と国内居住のロシア人をはっきり区別しようとしている。
同国には7万人のロシア人が暮らしているが、同首相はロシア語で、“この侵略戦争に皆さんは全く関わっていないと信じている”とツイートしている。
ロンドンで市場開発の仕事に従事するロシア出身の女性(37歳)は、今のところ友人らから責められることはないが、ロシア国内にも戦争反対の人が多くいるものの、ただ、逮捕・拘留される恐れがあるために積極的にデモに参加できないだけだと説明しているという。
ロシアの人権監視団体OVD-Info.(2011年設立)によると、ロシアでは、戦争反対の抗議デモに参加した市民が、3月6日一日だけで4,500人余りも逮捕されているとする。
一方、同日付ロシア『スプートニク・インターナショナル』オンラインニュースは、「著名文化人のコンサート等中止で言論の自由抑圧やロシア嫌いを誘発」と題して西側諸国の異常行動を批判している。
ロシアがウクライナで特別軍事作戦を遂行し始めた途端、欧州や米国でロシア人芸術家が関わった数多くの文化イベントが、軒並み中止か無期限延期に追い込まれている。
かかる動きは単なる連帯以上の仕打ちではないだろうか。
反ロシアという病的興奮が漂う中、世界で名声を博するスターが、政治的に中立の立場の人たちからも“プーチン大統領を糾弾していない”という理由で酷評されている。
直近でも、著名なオペラ歌手アンナ・ネトレプコ(50歳)が3月3日、ニューヨークのメトロポリタン・オペラハウス(1966年開業)の公演-今春のプッチーニ「トゥーランドット」及び来シーズンのベルディ「ドン・カルロ」公演から突然降板させられている。
その理由として、彼女が“ウラジーミル・プーチン大統領と立場を異にしていることを公に認めることを拒んだから”とされている。
また、彼女はイタリア・ミラノのスカラ座(1778年開業)における3月公演についても、3月1日に突然降板すると発表された。
イタリアメディアによると、スカラ座が当人の病気を理由としているというが、ネトレプコ自身はインスタグラム上で、彼女は健康そのもので降板理由は事実ではないと投稿している。
一方、ドイツ・ミュンヘンのディエター・ライター市長(63歳、2014年就任)が、ロシア人指揮者バレリー・ゲルギエフ(68歳)に対して、ロシアによる特別軍事作戦とは“一切関係なく支持もしていないことを認める”よう迫ったが、沈黙したままだったことから、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者を解雇している。
また、パリのフィラルモニ・ド・パリ(1997年開業)も、ゲルギエフ総指揮のサンクトペテルブルグ・マリインスキー劇場管弦楽団の4月公演を突然中止している。
更に、ニューヨークのカーネギーホール(1891年開業)における、ゲルギエフ指揮、ロシア人ピアニストのデニス・マツーエフ(46歳)の2月25~27日公演もキャンセルされてしまっている。
他にも多くのロシア人芸術家たちが、欧米諸国での公演を中止に追い込まれている。
ロンドンのロイヤル・オペラハウス(1732年開業)では、世界最古と言われるボリショイ・バレー団(1776年設立)の公演が中止された。
また、ポーランドでは、当局が国内管弦楽団等に対して、ロシア音楽、例えばピョートル・チャイコフスキー(1840~1893年)やドミートリィ・ショスタコービチ(1906~1975年)の楽曲演奏を禁止すると発表している。
数日前も、イタリアのミラノ・ビコッカ大(1998年設立の州立大学)が、著名なイタリア人文筆家パオロ・ノリ(58歳)によるロシア人小説家・思想家のフョードル・ドストエフスキー(1821~1881年)に関わる講義をキャンセルすると発表した。
ノリ氏は、イタリア当局の検閲によるものだとしていて、同大からは理由も告げられず講義の中止だけを言い渡されたとインスタグラムに投稿した。
ただ、その後イタリア中で本件が問題視され、後日当該講義のキャンセルは反故にされ、ノリ氏は予定どおり学生宛に講義できることになっている。
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欧米諸国は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻を非難して、一斉に対ロシア制裁を強化している。これに対して、ロシア側も細やかな抵抗ながら、国際宇宙ステーション(ISS、注後記)への補給船の輸送等に提供されているソユーズ・ロケットの打ち上げ協力を停止すると発表した。
2月27日付米
『スペース・ポリシー・オンライン』ニュース(1973年設立の米宇宙政策等の専門ニュース)は、「ロシア、米国及び欧州との宇宙開発協力事業の一部を停止と発表」と題して、欧米諸国からの制裁に抵抗して、ロシア連邦宇宙局(ロスコスモス、1992年設立)が、欧米諸国と進めている宇宙開発事業の一部について協力を拒否すると発表したと報じた。
すなわち、米国及び欧州諸国は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻を非難して、対ロシア制裁を強化したが、これに対抗するかのように、ロシア側は、ISSへの補給船の輸送等に提供されているソユーズ・ロケットの打ち上げ協力を停止すると発表した。
ロスコスモスのドミトリー・ロゴ-ジン長官(58歳、2018年就任)が2月26日に発表したもので、ソユーズ・ロケットの打ち上げ事業に関わっているフランス領ギアナ(南米北東端)のクールー宇宙センター派遣のロシア人スタッフ87人全員を帰国させることとし、これによってソユーズ・ロケットの打ち上げを停止することとしたものである。
同長官は、“欧州によるロシア企業等への制裁に対抗するため、ロスコスモスはクールー宇宙センターにおける欧州側との協力事業を停止することとし、宇宙飛行士含めた関係技術者も全て引き揚げさせる”と表明した。
同宇宙センターからは、ロスコスモスと欧州ロケット打ち上げ企業アリアンスペース(1980年設立、フランス本拠)が直近10年余り、欧州製のアリアン・ロケット(大型)及びベガ・ロケット(小型)、そしてロシア製のソユーズ・ロケット(中型)打ち上げで協力してきた。
欧州連合(EU)は、米国製のグローバル・ポジショニング・システム(全地球衛星測位システム)と近似のガリレオ・ナビゲーション・サテライトシステム用衛星を打ち上げるためにソユーズ・ロケットを最も頻繁に使用してきており、実際、今年4月にも追加衛星の打ち上げが予定されていた。
しかし、欧州委員会(1967年設立のEU政策執行機関)の宇宙開発担当のティエリ―・ブルトン委員(67歳、元フランス財務相)は、ガリレオ用衛星はアリアン・ロケットでも打ち上げられるので、ロシア側の決定に遭っても影響は限定的だと述べた。
2月26日付ロシア『スプートニク・インターナショナル』オンラインニュースは、「ロスコスモス、米国の対ロシア追加制裁に抵抗してベネラ-D計画での協力事業を停止と発表」と題して、ロシアが主導で進めている金星探査機打ち上げ計画ベネラ-Dにおける協力事業を停止することとしたと報じている。
ロスコスモスのロゴージン長官は2月26日、米国による対ロシア制裁発動に抵抗して、金星探査計画のベネラ-Dにおける米国との共同事業を停止すると発表した。
ロシアは、2029年11月に金星探査機ベネラ-Dを打ち上げる予定である。
更に、2031年6月及び2034年6月にも追加探査機打ち上げを計画していて、米国航空宇宙局(NASA、1958年設立)も、同様に2028~2030年を目標に2度の金星探査機打ち上げを計画していて、開発計画実施に当たって協力していくこととなっていた。
(注)ISS:米国・ロシア・日本・カナダ及び欧州宇宙機関 (ESA、2012年設立) が協力して運用している宇宙ステーション。地球及び宇宙の観測、宇宙環境を利用した様々な研究や実験を行うための巨大な有人施設。1998年11月から軌道上での組立が開始され、2011年7月に完成。当初の運用期間は2024年までの予定であったが、2022年2月、米航空宇宙局NASAは2030年まで運用を継続すると発表。
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