米下院議会は昨年6月、2021年1月6日にトランプ支持者らによって引き起こされた議事堂乱入事件を調査する特別委員会(1/6 HSC)を設置した。そしてこの程、1/6 HSCが、これまでの調査結果の中間報告及び事件の重要参考人の証人喚問についてテレビ中継することを決定した。場合によって、トランプの政治活動を大きく毀損させるかも知れないが、今秋の中間選挙で劣勢となっている民主党にとっては、狂乱物価や生活困窮に喘ぐ有権者がどれ程関心を持って視聴してくれるか予断を許さない。
6月9日付
『AP通信』は、「1/6 HSC、調査結果及び証人喚問をテレビ中継」と題して、2021年1月6日発生の議事堂乱入事件の調査に当たってきた1/6 HSCが、有権者に直接訴えるためにこれまでの調査報告及び重要参考人の証人喚問をテレビ中継することになったと報じている。
1/6 HSCは6月9日晩、2021年1月6日にトランプ支持者らによって引き起こされた議事堂乱入事件に関し、これまで調査してきた結果報告及び重要参考人の証人喚問についてテレビ中継することになった。
民主党下院議員7人、共和党議員2人よって構成された1/6 HSCは、昨年の6月に組成されて以来行ってきた調査や、1,000人以上に及ぶ聴聞によって明らかになったことを公開し、当該議事堂乱入事件が、ジョー・バイデンの選挙勝利を無効化しようと仕組まれた、前例のない暴力事件であったことを公衆に訴える意向である。
かかる行動に出た背景には、トランプ派の喧伝によって、依然選挙は盗まれたと信じている人が多くいて、また、議事堂乱入事件そのものを矮小化しようとする人がいるからである。
同委員会はこれまで、事件を扇動した極右勢力の詳細調査から、事件発生当時のトランプ政権のセキュリティ対策の失敗までを含めて調査してきた。
同委員会は6月9日晩のテレビ中継で、これまでの調査結果を明らかにすることに加えて、極右勢力プラウド・ボーイズ(PB、注後記)所属メンバーが議事堂に乱入する際に記録映像を撮っていた英国人映画製作者のニック・クェスティッド氏(52歳)、及び乱入者によって最初に負傷させられた議事堂警察のキャロライン・エドワーズ氏を公開聴聞する予定である。
当該委員会は、当初民主党・共和党同数で組成される案であったが、下院共和党勢力から協力を拒否されたため、民主党議員主体で構成され、ナンシー・ペロシ下院議長(82歳、2019年就任、カリフォルニア州選出民主党議員、1987年初当選)が推薦したリズ・チェイニー共和党議員(55歳、ワイオミング州選出、2017年初当選)及びアダム・キンジンガー議員(44歳、イリノイ州選出、2011年初当選)を加えた。
両議員とも、共和党の多数派に反して、トランプ批判の急先鋒である。
ただ、民主党陣営にとっては、同委員会の調査報告及び証人喚問テレビ中継は政治的リスクを帯びる。
何故なら、トランプ派の活動によって、依然多くの米国人が選挙は盗まれたと信じていること、また、今秋の中間選挙で民主党の劣勢が噂されているが、多くの有権者は、議事堂乱入事件より現下のインフレーション、教育問題、生活困窮事態に関心を抱いているからである。
1/6 HSCメンバーであるジェイミー・ラスキン民主党議員(59歳、メリーランド州選出、2017年初当選)は6月7日、“(今回の1/6 HSC活動が)成功するかどうかは、米国の民主主義を守れるかにかかっている”とし、“長い戦いになる”とコメントしている。
同委員会は、先に述べた証人以外誰を証人喚問するのか明らかにしていないが、トランプの元顧問・側近で調査に協力的な人や、トランプが選挙結果を覆すべく州や連邦政府高官にはたらきかけた事態について証言してくれる人を召還するとみられる。
ただ、事件当時司法長官代行だったジェフリー・ローゼン氏(64歳、2020~2021年在任)は喚問に応じてくれた模様であるが、大統領首席補佐官のマーク・メドウズ氏(62歳、2020~2021年在任)及びケビン・マッカーシー下院共和党院内総務(57歳、2014年就任、カリフォルニア州選出、2007年初当選)他4人の共和党議員は証言を拒否している。
共和党勢は、民主党は優先順位を間違えている等として、1/6 HSCの調査自体に当初から非協力的である。
エリーゼ・ステファニック下院共和党議会議長(37歳、2021年就任、ニューヨーク州選出、2015年初当選)は6月8日、“民主党は米国民に対して、家計問題等から目をそらさせ、党利党略の魔女狩りに注目させようとしている”と非難した。
また、ジム・ジョーダン議員(58歳、オハイオ州選出、2007年初当選)は、“民主党の狙いは、選挙人制度(大統領選の直接投票者)を終わらせることと、トランプの2024年大統領選立候補を阻止することだ”と強調している。
なお、1/6 HSCにも議会にも被疑者を訴追する権限はないが、当該委員会の調査及び証言結果を司法省に提出することで、同省による訴追に繋げられる可能性が高いため、今後、メリック・ガーランド司法長官(69歳、2021年就任、元連邦控訴審判事)及び検察当局の動静が注目される。
同日付『ザ・デイリィ・ビースト』オンラインニュース(2008年設立のリベラル系メディア)は、「1/6 HSC、トランプを訴追できないが政治生命を断つことは可能」として、同委員会の調査結果によって、トランプの責任追及が徹底されて今後の政治活動を大いに棄損させることになろうと報じている。
1/6 HSCによる、6月9日晩の調査報告及び重要参考人の証人喚問のテレビ中継は、どれだけ多くの米国民に関心を持たれるか定かではない。
ただひとつ言えることは、議事堂乱入事件の被害者らがトランプ及び事件当事者の右翼団体等に対して提起した損害賠償請求裁判に、同委員会の調査結果や証人喚問が有利な証拠として役立つということである。
議事堂乱入者によって負傷させられた8人の議事堂警察官は昨年8月、トランプ、同支持者、“選挙は盗まれた”とする運動扇動者、プラウド・ボーイズ及びオウス・キーパーズ(2009年設立の極右反政府民兵組織)の乱入者グループを相手取って損害賠償請求を提訴している。
原告代理人のエドワード・キャスパー弁護士は、“1/6 HSCは事件の被疑者を訴追することはできないが、同委員会の調査結果等が今後の刑事訴追や民事損害賠償請求裁判に役立つことになる”と言明した。
同弁護士はまた、“同委員会の報告・証人喚問が全米にテレビ中継されることで、同事件に対して直接あるいは間接的に責任を負うべき人たちについて大衆が知ることとなり、かつ、事件概要詳細が白日の下に曝されることになる”として、今回の同委員会の行動に期待を寄せている。
(注)PB:2016年にカナダで創設された右翼団体。現在は米全土の都市部や、カナダ・英国・豪州において数々の演説活動や抗議行動を行っている。特に米国においては、トランプを支持するラテン系支持団体の幹部であるキューバ系米国人のエンリケ・タリオを中心に、トランプを擁護する活動や、ブラック・ライブズ・マターのようなリベラル系運動に敵対する活動を行っている。
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米社会に分断をもたらしたトランプ前大統領は、元側近の中でも各々発刊する「回想録」の中で賛否が分かれている。そしてこの程、2016年大統領選時に選挙対策本部長を務め、大統領顧問であった元側近の「回想録」が、最初のうちはそこそこ売り上げられていたものの、記載内容が気に入らないトランプからの攻撃を受けて俄かに売り上げを落としている。
6月5日付
『ザ・ラップ』オンラインニュース(2009年設立)は、「トランプ前大統領元側近のケリーアン・コンウェイ発刊の回想録、トランプから非難を浴びて売り上げ落ち込み」と題して、2016年大統領選時の選挙対策本部長を務めたコンウェイ氏が発刊した回想録「それで決まり」が、記載内容についてトランプから非難されたことから、売り上げを落としていると報じている。
ケリーアン・コンウェイ氏(55歳)は、2016年大統領選時のトランプの選挙対策本部長で、後に大統領顧問も務めた人物である。
彼女が5月24日に発刊した回想録「それで決まり」は、『ニューヨーク・タイムズ』紙が当初ベストセラー本一覧に掲載する程で、これまでに2万5千部売れている。
しかし、他のトランプ元側近等の暴露本に比べて、大した数字ではない。
『ジ・インテリジェンサー』紙(1804年創刊のペンシルベニア州地方紙)報道どおり、トランプ前大統領の姪に当たるメアリー・トランプ氏(57歳)が暴露本「過大で全く不十分(副題;世界で最も危険な男)」を2020年7月に発刊した際には、1日で95万部も売り上げた。
また、卓越したジャーナリストのボブ・ウッドワード氏(79歳、『ワシントン・ポスト』紙名誉編集委員、ウォーター事件報道でピューリッツァー賞受賞)が2020年に著した『憤怒』は、発売1週間で60万部を突破している。
しかし、コンウェイ氏の著書には、2016年大統領選時にトランプが投票数週間前に撤退を考えたとの逸話が掲載されていることから、トランプ自身から猛烈に非難された。
彼女は、発刊前の抜粋の中で、悪名高い「アクセス・ハリウッド・テープ」(注後記)報道がなされた際、選挙から撤退しようとしたトランプを説得したと言及していた。
これに対して、トランプの報道官リズ・ハリントン氏が『デイリィ・ビースト』オンラインニュース(2008年設立のリベラル系メディア)のインタビューに答えて、“コンウェイの回想録は「全くのでたらめ」”とコメントした。
また、トランプ自身も5月24日、彼が立ち上げたソーシャルメディア・プラットフォーム『トゥルース・ソーシャル』(2021年設立)に、“コンウェイは、自分が選挙に負けると思った等一切発言したことはなかった”とした上で、“もしそうだったとしたら、とっくに彼女を馘首していた”と投稿した。
更にトランプは、“彼女のクレイジーな夫と同様、ばかげている”として非難した。
コンウェイ氏の夫はジョージ・コンウェイ三世氏(58歳、弁護士・保守系政治活動家)で、トランプ再選阻止運動「リンカーン・プロジェクト」の共同創設者となっている。
なお、コンウェイ氏の回想録は、トランプの元側近クリス・クリスティ氏(59歳、元ニュージャージー州知事)の著作物(発刊1週間で3千部以下)や、メーガン・マケイン氏(37歳、作家・政治評論家、故ジョン・マケイン上院議員の長女)の著書「不快な共和党員」(発刊数日で僅か244部)より遥かに売れてはいる。
(注)アクセス・ハリウッド・テープ:米国大統領選挙の1ヵ月前の2016年10月、『ワシントン・ポスト』紙が報道した、当時の大統領候補ドナルド・トランプとテレビ司会者のビリー・ブッシュが2005年に「女性に関する非常にみだらな会話」をしたことについての証拠ビデオに関わる記事。
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