昨年秋ごろまでは、ドイツは難民受け入れに対し寛容な政策をとり続けてきた。好調な経済成長を続けるドイツは、国内の労働力不足を解消すべく周辺国から労働者を受け入れており、難民の受け入れは労働力の確保にも一役買うとの目論見もあったのかもしれない。しかしながら、難民の流入はドイツの思惑に反し、とどまるところを知らず、増加の一途をたどっていった。難民の流入により職を失う自国民が出て、挙句の果てには昨年大晦日にドイツ西部の都市ケルンでアラブ、北アフリカ人を中心とした集団による、大規模なドイツ人女性への強盗や性的暴行事件が発生し、治安の悪化を招いている事態も報告されている。そんな中、メルケル首相が難民受け入れを打ち出してから初めての議会議員選挙がドイツの3つの州で行われた。難民問題は国政の問題であり、地方議会の選挙とは無関係にも見えるが、選挙活動の中でも難民問題は大きなウェイトを占めて取り沙汰されており、事実上国の難民問題への是非を問うものとして注目を集めいていた。結果は右派ポピュリズム政党で、難民排斥を謳う「ドイツのための選択肢」(AfD)が獲得議席数を大幅に伸ばしている。今後のドイツの難民政策はどのように変化していくのか、各メディアは以下のように報じている。
3月13日付
『ザ・ガーディアン』(英)はバーデン・ヴェルテンベルク州、ザクセン・アンハルト州、ラインラント・プファルツ州の3州で議会議員選挙が行われ、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が獲得議席数を大幅に減らし、代わってAfDが第一党ではないものの大幅に議席数を伸ばし躍進したと報じている。特にバーデン・ヴュルテンベルク州は、第二次世界大戦以降CDUが多数派を占めてきたが、今回の選挙でその座を30.5%の票を獲得した「緑の党」に明け渡す結果となった。ドイツの週刊誌「デア・シュピーゲル」はこれを「保守派の黒い日曜日」と報じた。
AfDは2013年に結成された右派ポピュリズム政党であり、結成当初ユーロの廃止を謳っていた。その後設立者が党首を辞任後、党の方針を難民排斥にシフトし、国民の支持を少しずつ集めてきた。特にザクセン・アンハルト州では「ペギーダ」(西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者)活動と相まって勢いを伸ばし、出口調査で24.4%を獲得し第二党に躍り出るという快挙を成し遂げている。発足3年足らずの党が第二党になるのは驚きだと同記事は記している。AfDは残り2州でも12~15%の票を獲得し、まずまずの結果を出している。
他方「緑の党」はドイツ議会で4番目に大きい政党であり環境政党とも呼ばれている。「緑の党」はバーデン・ヴュルテンベルク州以外では議席数を減らしており、今回の選挙の焦点と言われた難民問題では「蚊帳の外」の存在になった。
このようなAfDの大躍進は、CDUの難民政策に失望した票がAfDに流れたためとみられている。AfDはTTIP(環大西洋貿易パートナシップ)での国民投票実施やロシアへのウクライナ問題に関する経済制裁の停止など様々な政策を謳っているが、これらに国民はほとんど注目しておらず、難民問題に関するメルケル首相への国民の意思表示がAfDの躍進につながったとみてよいだろう。
同日付
『ロサンゼルス・タイムズ』(米)はAfDの支持者層が、米大統領候補者ドナルド・トランプ氏のそれと類似すると指摘する。同記事によれば、AfDの支持者は難民に経済的地位を脅かされていると感じている、とりわけ低所得者層で教育レベルの低い男性が多いとされる。そして、その状況を改善するために国内に流入する難民を排除することが必要と感じている点が両者の共通点だというのである。そして現にAfDは「反難民」という政治的、道徳的に見て正しいとは言えない、いわば「タブー」とされるスローガンを掲げて多くの支持者を集めることに成功している。現時点ではAfDと組む政党は現れておらず、ドイツの難民政策が直ちに変更されることは考えづらいが、この先の動向は予測が難しいともいえる。
同日付
『ウォールストリート・ジャーナル』(米)もメルケル首相が難民政策に関してドイツ国境を閉鎖するのではなく、トルコと協力して難民の流入数を減らす方針を堅持する方針を変えるつもりはないと明言していると報じる。事実今回の選挙結果にもかかわらず、メルケル首相の支持率は54%と、昨年夏の67%からの落ち込みはみられるものの、他のヨーロッパの政治家と比べても高い数字を出している。AdFが急進的に勢いを伸ばしてはいるものの、ドイツ国民の大多数は静かにメルケル首相の難民問題に対する手腕を見定めているのかもしれない。
今回のAdFの躍進は難民政策をめぐる一時的なものと見る見解が多数を占めるものの、今後の政府の打ち出す方針如何によっては政権がAdFにとって代わるという事態も絶対に無いとは言い切れないだろう。この先のメルケル首相の手腕が問われるところである。
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アメリカのタイム誌により「今年の人」にも選ばれたメルケル首相だが、ここにきて
難民受け入れ政策の転換を迫られている。自身の所属する党大会を間近にひかえて、
同氏は今後ドイツは難民受け入れ数を削減していくと発表した。難民受け入れを削減
せざるを得ない背景、今後の難民政策について各メディアは以下のように報じてい
る。
12月14日付
『ザ・ガーディアン』は、ドイツのメルケル首相が自身の率いるキリスト
教民主同盟(CDU)の党大会をひかえ、党内からの高まる不満の声に応えてドイツの
難民受け入れ数を大きく減らす方針であることを報じている。今年ドイツが受け入れ
た難民の数は34万人にも達するという。同氏はドイツ公共放送連盟(ARD)の番組内
でこの方針転換を明らかにしたという。同氏の国内での支持率は難民問題のため下降
気味であるが、難民受け入れ数を減らしはするものの、受入数に上限を設けるつもり
はないという。
同氏に対しては、保守派から来年3月に控える3州での選挙を乗り切るためにも、また
2017年に同氏の任期が4期目に入り、それを務めるためにも難民政策の転換が迫られ
ていたという。
今回同氏が提案した難民受け入れ数の削減の政策の一環として、人身売買業者の取り
締まりでのトルコとの協力、トルコ、ヨルダン、レバノン内のシリア人キャンプの生
活環境の改善、EU諸国周辺での警備強化も併せて提案されている。また、同氏はEU全
体に対して、各国の難民受け入れ数を割り当てる方式での難民問題の取り組みも提案
しているが、この方策に関してはEU各国から強い反発があるという。
同記事はドイツは8月にEU内全ての国に入国した難民は、その最初の入国地にかかわ
らずドイツに受け入れる政策を打ち出しており、このことが難民の流入に拍車をかけ
たと指摘している。
12月14日付
『ヤフーニュース』によると、先述の「入国地にかかわらずドイツに難民
を受け入れる政策」のためドイツはこの先100万人の難民受け入れの審査をしなけれ
ばならないのだという。党大会では1000人の党員が集まり、戦火を逃れてきた難民に
対して門戸をひらきつつも、その受け入れ数を減らす政策の具体案を吟味するとい
う。メルケル首相は前出のテレビ番組で「難民問題について激しい論争があるのは承
知しているが、我々は人道的な責任を果たす必要があることも忘れてはならない」と
語ったという。
同記事は、幸運にもメルケル首相は15年という長期にわたりCDUを率いており、今回
の党大会で党首選挙は行われないことを指摘している。
ただ、同記事はベルリンの日刊紙「ターゲスシュピーゲル」の記事を引用し「メルケ
ル首相はあらゆる政治的、人脈的資源を難民問題につぎ込んでおり、同氏が党大会で
不信任案を出されることはありうる」と報じている。
そして同記事はヨーロッパの経済大国であるドイツが難民問題をめぐって現在真っ二
つに分断されていると報じている。首相は「我々には可能だ」と叫びつづけながら戦
火を逃れて来た難民を人道的立場から受け入れると公言してきた。しかしながら受け
入れても受け入れても、難民流入は途切れることなく続き、地中海の水温が下がる冬
になっても収まる気配がないという。この現実に対する明確な対策をドイツ国民は求
めているのだ。
国民の不満が高まったことにより、先述の通りCDUは来年3月に控えた3州での選挙を
憂慮する声が高まっている。さらにはCDUに対して不満を抱く国民の票が、近年勢い
を増している右派AFD党(ドイツのための選択肢)に流れていくのではと懸念する声
も上がっているという。AFDは最近の国勢調査で10ポイントも支持率を上げていると
いう。
12月15日付
『NYSEポスト』は月曜から開かれているCDUの党大会でのメルケル首相の
発言を取り上げている。同氏は「難民受け入れについて我々は自身の責務を果たさな
ければならないのは言うまでもないことだが、その責務はヨーロッパ諸国と歩調を合
わせたものでなければならない」と語ったという。同記事はドイツの過大な難民受け
入れが、地方自治体や地方社会に大きな負担を強いてきたと指摘する。
同記事は今回の方針転換には先週アメリカ国防長官であるカーター氏からドイツ国防
相に宛てて送られた書簡も少なからず影響を与えているとする。書簡の中でアメリカ
はイスラミック・ステイトへの攻撃に関して、ドイツにより積極的な参加を求めたという。
そして同記事もまた、メルケル首相がヨーロッパ全体が難民を受け入れるべきと強く
主張していることを取り上げている。同氏の下で難民危機管理を担当するアルトマイ
ヤー氏はイギリスの新聞「ザ・インディペンデント」の取材に対し、ヨーロッパ諸国
が難民を受け入れたがらない現状を踏まえつつも極めて楽観的なコメントを発表した
という。「今回のような板挟みの状況を解決するには、ヨーロッパでは時間がかかる
ものだ」。
ドイツが難民を次々と受け入れてきた状況を、世界は驚きと称賛をもって眺めてき
た。しかしやはりこれはドイツにとって過大な負担だったのだろう。理想的な受け入
れ策が頓挫することになっても、初めに受け入れを表明したドイツの英断は称賛に値
するだろう。
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