世界で猛威を振るう新型コロナウィルス問題を契機に、米国の世界における牽引力が失墜する恐れがあると、反トランプ派メディアがトランプ政権の失政につき酷評した。すなわち、直近のデータによると、世界168ヵ国、感染者総数38万2,644人に及ぶ中、中国においては、その感染者が8万1,558人と増加率が下がり、むしろ、中国側から被害が深刻化する欧州に医療従事者・医療用品等の提供を打ち出しているのに対して、米国は、感染者が4万6,450人とうなぎ上りで今やイタリアに次ぐ非常事態に陥ってしまっているからである(米ジョンズ・ホプキンス大学内研究機関最新集計データ引用)。
3月24日付
『ワシントン・ポスト』紙:「新型コロナウィルス世界流行問題を契機に米国の世界における牽引力失墜の恐れ」
世界で猛威を振るう新型コロナウィルスは、米国においても尊い人命、また経済に深刻な影響をもたらしている。
しかし、この問題を契機に、世界における米国の信用・牽引力が失われるとしたら大変遺憾な事態であろう。
何故なら、かかる事態となるとしたら、偏にドナルド・トランプ大統領のお粗末な対応によると言わざるを得ないからである。
これまで米国大統領は、過去発生した世界的危機に遭遇した場合、善処策を世界に提示し、他国救済に注力し、そして多方面での解決策推進に積極的なリーダーシップを発揮してきた。
直近でも、ジョージ・W.・ブッシュやバラク・オバマ両大統領は、2008年世界金融危機に際しても、また、後天性免疫不全症候群(AIDS)やエボラ出血熱問題深刻化に当たっても、国際社会を牽引して解決策に当たってきた。
ところが、トランプ大統領が今回の新型コロナウィルス問題に関して世界に示したことと言えば、1月時点で早くも中国からの旅行者を入国禁止措置としたことをほとんど毎日のように自慢していただけでなく、数週間後に欧州からの入国も禁止すると発表するに当たって、最も近しい米同盟国と一切事前協議しないで決定したことである。
また、今年6月に予定されている主要7ヵ国首脳会議(G-7サミット)の議長国は米国だが、新型コロナウィルス問題に鑑み、テレビ会議を提案して実施に向けて率先したのはフランスのエマニュエル・マクロン大統領であった。
マクロン大統領はホワイトハウスに二度電話して、トランプ大統領に具体的提案をしたが、聞く耳を持たれなかった模様である。
更に、別の見方をすれば、大統領の指示の下、国務長官は世界的危機の際に世界を飛び回り、景気後退を食い止めたり、供給体制確保のために生産を強化したりといった役割が期待されてきた。
しかし、直近のマイク・ポンペオ国務長官の活動は影が薄く、3月23日に公表した新型コロナウィルス問題に関わるコメントが、またしてもイランの最高指導者を非難するだけのものでしかないという体たらくであった。
以上の経緯から見えてくるのは、今回の新型コロナウィルス世界感染問題で最も大きな利益を得たのは、外ならぬ中国だということである。
何故なら、習近平(シー・チンピン)指導部は、ウィルス禍発生源であることはさて置いて、今や問題が深刻化しているイタリア、スペインはじめ欧州各国に、必要不可欠な医療用マスクや人工呼吸器などを提供し始めているからである。
更に、中国最大企業アリババのトップであるジャック馬氏が、アフリカ大陸の54ヵ国に加えて米国に対しても、新型コロナウィルス検査キットやマスクを提供するとしている。
にも拘らず、トランプ大統領がやっているのは、中国が新型コロナウィルス世界流行の原因を作ったことを責めるべく、ただ単に“中国ウィルス”と叫ぶのみで、何ら世界のリーダーとしての役割を演じようとせず、習主席に主役の座を奪われてしまっている。
2人の中国研究専門家、カート・M.・キャンベル氏(外交官、オバマ政権下の国務次官補)とラッシュ・ドッシ氏(中国外交戦略研究所幹部)が直近の外交政策論説の中で、今の米国は、1956年“スエズ危機”(注後記)を契機に、それまでの世界のリーダーの役割を失った英国のようになりかねないと警告している。
もし、実際に米国が世界のリーダー役を失うことになったら、今回の問題への対応が異常に遅く、かつ国内流行抑制に失敗したトランプ大統領がその責を負うことになろう。
3月23日付『ボイス・オブ・アメリカ』:「新型コロナウィルス問題に関わる中国による欧州救済措置は長年の問題を浮き彫りに」
新型コロナウィルス感染問題対応のため、中国から欧州各国に向けて、様々な医療用品に加えて、医療従事者・検疫専門家がほぼ毎日送り込まれている。
特に、問題が深刻化しているイタリアやスペイン首脳は、中国の救済措置を大いに称賛している。
ただ、専門家の中には、今回の問題を契機に、中国が益々欧州連合(EU)に対する経済的・政治的な影響力を増大させる結果につながると懸念する声がある。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相など、武漢(ウーハン)で新型コロナウィルス感染問題が発生した際に欧州から差し伸べた支援に対する返礼であり、“相互依存”の関係だと冷めた意見を述べる首脳もいる。
しかし、中国の初期段階での失策や隠蔽問題があったはずなのに、直近の中国による大掛かりな救済措置政策によって、かかる否定的意見は薄められつつあるとみられる。
何故なら、欧州各国の首脳らは、中国からの支援を断れる状況にないからである。
かつて中国は、2008年世界金融危機発生の際、イタリア、スペイン、また東欧の一部の国の多額の債務を肩代わりして救済に当たっている。
更に今回の新型コロナウィルス感染問題においても、上述した中国政府主導の救済政策に加えて、中国通信機器大手の華為技術有限公司(ファーウェイ)から多額の寄付が寄せられている。
同社は、欧州含めて世界における次世代移動通信5Gシステムのシェア拡大を目論んでいるが、米国からは情報漏洩問題を理由に、欧州に対して同社システムを採用しないよう圧力がかけられている。
しかし、今の情勢からは、欧州が中国への経済的依存を翻す状況にはないということは明らかである。
(注)スエズ危機:1956年7月の、エジプトのナセル大統領によるスエズ運河国有化宣言を機に、同年10月に勃発した英国・フランス・イスラエル3国とエジプトとの間の武力紛争。第2次中東戦争とも言う。同年11月に開かれた国連緊急特別総会は、米ソ両大国の支持も得て即時停戦・撤兵を決議し、国連緊急軍を派遣した。国際世論の高まる中、英国軍・フランス軍は12月までに,イスラエル軍は翌年3月に撤退を余儀なくされている。
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