何度か報じたとおり、国際人権団体等は人権問題が深刻な中国におけるオリンピック開催に非難の声を上げ、また、米国等一部の国も外交ボイコットを表明している。しかし、中国政府は、新型コロナウィルス(COVID-19)感染問題対策を隠れ蓑に、国際ジャーナリストの入国を制限するばかりか、一般市民への直接取材も控えさせ、人権問題に焦点が当たらないように画策している。2008年北京夏季大会では人権問題改善を訴えた国際オリンピック委員会(IOC、1894年設立)も、経済大国となった中国には何も言えない状況と評論家が分析している。
1月25日付米
『AP通信』:「2008年夏季大会と2022年冬季大会の比較:今回は人権問題という高尚な話題は蚊帳の外」
中国が2008年夏季大会の招致を勝ち取った際、IOCはオリンピック開催を通じて中国の人権問題が改善することに期待し、中国の政治家もそれを仄めかす発言をしていた。
しかし、2022年北京冬季大会開催を10日後に控えた現在、この問題には全く焦点が当てられていない。
多くの国際人権団体がウィグル族の強制労働、拘束や拷問問題を批判し、米国政府も少なくとも100万人のウィグル人の民族虐待として非難した。
また、直近でも、著名プロテニス選手彭帥(ポン・シュアイ、35歳)が中国共産党政府元幹部による性暴行被害を投稿した途端、暫く音信不通となったばかりか、公に姿を現して以降は国営メディアを通じての情報しか開陳されず、再び国際社会から批判的な注目を浴びた。
しかし、13年半前と違って政治的にも経済的にも、ましてや軍事力においても大国の仲間入りをしたと自負する中国にとって、国際社会の批判など歯牙にもかけていないとみられる。
更に、COVID-19対策の大義名分の下、国際ジャーナリストの入国を制限した上で、「バブル方式(注1後記)」を盾に一般市民から遠ざけようとしている。
ドイツのフライブルク大(1457年設立の公立大学)中国問題研究学院のアマンダ・シューマン講師は『AP通信』のメール・インタビューに答えて、“2008年次に比べて中国政府に対する圧力は非常に弱く、同政府自身、世界経済を牽引する立場となったことから、自国の思うとおりに対応することが許されると自負している”と評した。
実際問題、2022年冬季大会開催場所選定に当たって、当初候補に挙がっていた欧州の6都市は、ノルウェー・スウェーデンでは政治的問題や費用肥大を理由に、またドイツ・スイスにおいては住民投票の結果否決され、いずれも撤退に追い込まれている。
そこでIOCとしては、言わば独裁国家で政府決定のみで取り進められる中国とカザフスタン(アルマトイ)に頼らざるを得ず、その結果2015年、44対40という僅差ながら北京の招致を認める他なかった。
更にIOCは、国連が採択している「ビジネスと人権に関する指導原則(注2後記)」の適用を2024年パリ大会からとしたため、2022年北京大会は同原則を遵守する必要がない。
一方、2008年夏季大会の主会場となった北京国家体育場(通称鳥の巣)の制作に関わった反体制派の現代美術家・建築家の艾未未(アイ・ウェイウェイ、64歳)は『AP通信』のメール・インタビューに答えて、“中国が2008年時に戻ることは決してない”とし、鳥の巣制作に関わったことを後悔しているとコメントした。
同氏は2011年、罪状も告げられないまま逮捕・拘留されていて、現在は亡命してポルトガルに住んでいる。
同氏は、“中国はもはや民主主義、自由、人権を全く寄せ付けない国となっている、それが益々ひどくなっている”とも言及した。
特に、2008年夏季大会開催後の翌月に顕在化した世界金融危機のため、多くの国が疲弊したところ、中国がいち早く立ち直ったことから潮目が変わったと言える。
2008年に「オリンピックの夢:中国のスポーツ史1895~2008年」著者で、香港大学(1911年設立の公立大学)で歴史を教えている徐国琦(シュー・グォチー)は、“2008年夏季大会時に習氏は国家副主席として関与したが、2022年冬季大会は名実ともに「習氏の大会」とされている”として、中国肝入りの大会であると評している。
一方、ミシガン大(1817年設立の州立大学)中国問題研究センター長のマリー・ギャラハーはメール・インタビューに答えて、“米国における民主主義のほつれやCOVID-19対策の失敗等から、中国における国家主義がむしろ評価されたため、共産党政府による厳しい情報統制こそが重要とされてしまった”とし、“中国で起きていることは表に出さないようにし、一方、他の国々、特に米国における失敗例や否定的なニュースが報じられている”と分析している。
しかし、IOCは、スポンサーやメディア業界からの巨額の収入に目がくらんでいて、中国共産党政府の人権問題について公に非難することはしていない。
中国政府が、人権問題をあげつらうのは西側諸国の“世紀的嘘”だとし、スポーツに政治問題を持ち込むのはオリンピック憲章に反する行為だと主張していることに対して、IOCのトーマス・バッハ会長(68歳)も、当該原則を盾にして(人権問題の)批評に目をつぶってしまっている。
一方、1月26日付中国『新華社通信』:「プーチン大統領、ロシアと中国はスポーツの政治利用に反対と表明」
ウラジーミル・プーチン大統領(69歳)は1月26日、ロシア人選手とオンライン形式で話した際、ロシアと中国はスポーツの政治利用に断固反対すると表明した。
同大統領は、世界規模のスポーツ大会は、“社会におけるスポーツの人気度を高めるのに有効だ”とし、スポーツを通じて友好を強めることが目的であって、両国は“スポーツを政治問題化することには反対する”との立場である、と強調した。
北京冬季大会が2月4日に開幕するに当たっての同大統領発言で、中国は“出場選手及び観戦者の健康と安全”をしっかり守るだろうとも言及している。
(注1)「バブル方式」:選手や関係者の移動・滞在を一定の空間に限定し、外部との接触を極力避ける感染対策方法のこと。大きな泡(バブル)で包むように内部と外部を遮断することから、「バブル」と呼ばれる。
(注2)ビジネスと人権に関する指導原則:2011年に国連人権理事会が採択したもので、然るべき司法的裁定等を通じて、企業等による人権侵害を監視し、改善させ、かつ、人権侵害の被害者救済を国家に義務付けること。
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