既報どおり、習近平国家主席(シー・チンピン、68歳)は、宇宙開発先行の米国を追い抜いて「宇宙強国」になると宣言している。そうした中、宇宙開発事業トップの共産党高官が著名中国人科学者を殴打するという醜聞が起こっていたことが、事件発生から1ヵ月経って公になった。中国自前の宇宙ステーションへの宇宙飛行士送り込み成功という快挙を遂げていたこともさることながら、中国共産党創立100周年祝賀行事が控えていることもあって、またしても中国上層部が余計な醜聞は隠蔽しようとしていたことが窺える。
7月5日付米
『CNNニュース』:「中国人宇宙飛行士による初の船外活動という吉報の中、著名科学者が殴打されるという醜聞が発覚」
中国国営の宇宙開発事業会社、中国航天科技集団公司(CASC、1999年設立)は、中国独自の宇宙ステーションに送り込まれた宇宙飛行士が、初めて船外活動を行ったとの快挙が大々的に報道される中、CASC子会社トップが1ヵ月前、部下の著名科学者2人を殴打する醜聞を起こしていたことがこの程発覚し、窮地に追い込まれている。
当該殴打事件は6月初めに発生していたが、国営メディア『チャイナ・ニューズ・ウィークリィ』誌(1999年創刊)が7月3日に報じたことで白日の下にさらされた。
中国共産党上層部は、西側諸国に対抗していく上で、科学技術開発が“重要な戦場”となると何度も表明してきた。
更に、習近平国家主席自身も、トップ科学者らを“中国の宝であり、中国人民の誇りであり栄誉”だと称賛している。
しかし、裏では中国人科学者が無謀な共産党の高官によって虐げられている実態が浮き彫りになった。
同メディア報道によると、共産党書記(高官)でCASC子会社の中国航天投資有限公司(2006年設立)会長である張陶(チャン・タオ)が、自身を国際宇宙航行アカデミー(IAA、注後記)の会員に推薦するよう、IAA正会員の2人の科学者に要求したところ、いずれも拒否されたことに立腹して殴打したという。
被害に遭ったのは、呉美容氏(ウー・メイロン、85歳)及び王近年氏(ワン・チーニアン、55歳)で、前者は背骨の骨折、後者は数本の肋骨骨折並びに全身打撲のために1ヵ月余り入院を余儀なくされている。
ところが、事件発生後でも、張陶会長は“通常勤務”を続けていたという。
この報道を受けて、中国版ツイッター微博(ウェイボー、2009年運営開始)のユーザーがCASCの事態隠蔽を責めるコメントを投稿し、リツイートやフォロワー含めて1億3千万人が視聴した。
そこで止む無くCASCは7月4日午後、事態を簡単に伝える声明文を発表した。
ただ、その声明文では、張陶会長が“酩酊後”に行為に及んだこと、同会長を職務停止処分にしたこと、更に、調査チームを同子会社に派遣したことに言及するだけで、事件の詳細や、何故1ヵ月余りも内分にされてきたのかについて一切明らかにされていない。
隠蔽疑惑とされる背景には、殴打事件の1週間後に、中国人宇宙飛行士が初めて自前の宇宙ステーションに送られるという快挙を成し遂げていたこと、更に、7月1日には中国共産党創立100周年の記念祝賀式典が控えている、という事情があったためと窺える。
習指導体制の下、汚職撲滅運動を展開して数百万人の役人が罰せられたが、今回の張陶会長による科学者殴打事件を契機に、実際には中国人科学者等の知識人が、過去どれ程共産党員らに虐げられてきたかという事実を浮き彫りしている。
例えば、1957年、毛沢東初代国家主席(マオ・ツォートン、1893~1976年)が、反右派闘争の名の下、数十万人の知識人を迫害した。
また、1966~1976年まで続いた、文化大革命と呼ばれた毛沢東による奪権運動・政治闘争の中で、紅衛兵(学生や工場労働者の集合体)によって、多くの作家・学者・科学者らが標的にされた。
文化大革命の犠牲者としては、著名なミサイル技師だった姚桐斌(ヤオ・トンビン、1922~1968年)が、自宅近くで紅衛兵によって殴り殺されている。
更に、中国人工衛星の父と呼ばれた宇宙科学者の趙九章(チャオ・チンチャン、1907~1968年)は自殺に追い込まれている。
微博に投稿されたコメントの中で特に目を引くのは、“張陶事件で明らかになった事実は、法律を正しく施行することが、人工衛星を宇宙に飛ばすことより如何に困難であることかが判明したことである”という指摘である。
(注)IAA:1960年8月、スウェーデンのストックホルムで開かれた第11回国際宇宙航行会議において創立された、宇宙関連の学者らで構成される国際アカデミー。基礎科学、工学、生命科学、および社会科学という4つの部門に、世界72カ国から正会員・準会員が1195名(アクティブ)、名誉会員が5名所属。公式サイトに掲げられた目的は、平和目的の宇宙航行活動の発展、宇宙航行に関わる科学技術分野において顕著な貢献をした個人の顕彰、会員が貢献できる国際共同プログラムの提供、及び航空宇宙科学の進展における協力、である。
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