習近平国家主席(シー・チンピン、69歳)は今秋開催される中国共産党大会で、異例の3期目続投が確定される見込みである。そのためか、同党内での同氏の個人崇拝が促進しているとみられる。そうした中、台湾の少年が動画配信サービスTikTok(2016年運営開始)で同氏について“太っちょ”と言ったところ、アカウントが閉鎖されてしまったという。
8月26日付米
『ザ・ナショナル・デスク』TVニュース(2021年放送開始、全米最大級のローカルTV局運営企業のシンクレア・ブロードキャスト・グループ)は、「台湾の少年、習近平氏を“太っちょ”と言ったためかTikTokアカウント閉鎖の憂き目」と題して、中国の国家主席を誹謗したと解釈されただけでなく、台湾問題がクローズアップされている最中でもあるためか、中国当局が一少年の他愛無いコメントまで検閲対象としている模様だと報じている。
台湾の少年が、突然国際社会から注目を浴びている。
それは、彼が過日、台湾のYouTubeチャンネル『486街頭調査』のインタビューを受けた際、彼が習国家主席のことを“太っちょ”と揶揄することを動画配信サイトTikTokで述べたためか、彼のアカウントが閉鎖されてしまった、と答えたからである。
元々、『486街頭調査』のインタビューアーは、中国外交部(省に相当)の華春瑩報道官(ホア・チュンイン、52歳、2012年就任)が8月初めにツイートした“レストラン理論”についての感想を聴いて回っていた。
すなわち、同報道官は、“百度地図(中国版グーグルマップ)によると、台北には山東餃子館が38店、山西麺館が67店舗認められるので、台湾は既に中国の一部となっている”とツイートしたところ、多くの台湾人が反発したが、特に人目を引いたのが、“北京首都圏には200店以上のケンタッキー・フライド・チキン店がある以上、華氏理論で行けば、中国はケンタッキー州の一部になっているということになる”と嘲笑されたことである。
そこで、“レストラン理論”について尋ねられた同少年は、“ろくでもない話”だと答えた。
次に、この遣り取りについてTikTok等ネットで取り上げられているかと問われたところ、同少年が、習国家主席のことを揶揄するコメントをしてしまったためか、彼のTikTokアカウントが凍結されてしまった、と答えたのであった。
この背景には、習政権が武力を以てしても台湾統一を達成すると標榜していることに対して、米国が台湾擁護を強く打ち出していて、過日も米下院議長が25年振りに台湾訪問するという事態があり、台湾問題が特に国際社会の注目の的になっていることがあるとみられる。
更に、中国政府は習国家主席の尊厳を守ろうとすることに躍起になっていて、特に有名なのが、同氏に似ているとされる米ウォルト・ディズニーのキャラクター“クマのプーさん”について、人形等の販売禁止措置を講じていることが挙げられる。
なお、中国当局は、ネット検閲を徹底的に行うことでも良く知られている。
8月23日付台湾『台湾日報』(1949年創刊)は、「台湾の少年、習氏を“太っちょ”と揶揄してTikTokアカウント閉鎖」として、経緯を詳報している。
台湾系カナダ人のYouTuber顧仲文氏(ダニエル・クー)は8月22日、台湾で報じられたYouTubeチャンネル『486街頭調査』の動画をアップした。
同動画では、華報道官がツイートした“レストラン理論”について台湾住民にインタビューして回っていた。
そして、最後にインタビューされた少年が、当該理論を“バカげた遣り取り”とコメントしただけでなく、彼のTikTokアカウントが突然凍結されてしまったとも言及した。
インタビューアーから、中国を嘲笑するようなことを言ったのかと尋ねられた少年は、苦笑いしながら“ハイ”と答え、“習国家主席は太っちょだ”と言ってしまったと経緯を述べた。
最後に少年は、“(アカウントが凍結されてしまい)今は最悪な気分だ”と答えている。
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6月14日放送の
『ザ・ナショナル・デスク』(2021年放送開始のシンクレア放送グループ制作のニュース番組)は、「習氏、台湾問題で緊張が高まる中、“戦争以外の軍事作戦ガイドライン”を発令」と題して、習国家主席が人民解放軍(PLA)に対して、いつでも即応戦線が敷けるよう具体的指示を出したと報じている。
習近平国家主席は6月13日、前日に国防トップが行った、台湾独立を阻止するために“徹底抗戦する”との演説を後押しするかのように、戦争以外の軍事作戦(NWMO)に関わる具体的ガイドラインを発令した。
国営『新華社通信』が報じたもので、“習近平・党中央軍事委員会主席が、NWMOに関わるガイドラインの公布文書に署名した”とし、“6章・59条から成る同ガイドラインは6月15日に発効する”という。
米議会調査局(CRS、1914年前身設立の立法補佐機関)によると、“NWMOは、全面衝突の下に位置付けられる”とする。
そして、NWMOには、監視や武力外交等の“定期的な活動”から、中国の領有権擁護のための抗戦等の“危機対応活動”まで含まれており、NWMOはしばしば戦争にエスカレートする可能性が高い、と解説する。
習氏の具体的発令の前日、国防トップの魏鳳和部長(ウェイ・フォンホー、68歳、国防相に相当、2018年就任)がシャングリラ対話において、“台湾独立を支援するような如何なる国に対しても、徹底抗戦を辞さない”と宣言していた。
訪日中のジョー・バイデン大統領(79歳)が5月下旬、もし中国が台湾に武力侵攻したら米国も武力で対応すると表明していて、また、同対話に出席していたロイド・オースティン国防長官(68歳)も6月11日、中国を名指しで非難する演説を行っていた。
かかる事態もあって、台湾問題をめぐって中国側から攻撃的なメッセージが発信されたものである。
6月13日付『ラジオ・フリー・アジア』(1996年設立の、米議会出資の短波ラジオ放送局)は、「習国家主席、NWMOガイドラインの公布文書に署名」と題して、中国における台湾問題をめぐる緊張度が増していると報じている。
台湾はこれまで、中国共産党の支配下になったこともなければ、台湾国民も主権や民主主義を放棄する意思を示したことはない。
しかし、中国はしきりに、台湾は中国の一部だと主張してきている。
そしてこの程、習国家主席が、6月15日に発効するNWMOガイドラインの公布文書に署名したと中国国営メディアが報じた。
『新華社通信』によると、“同ガイドラインはNWMOを展開する法的根拠となるものだ”とする。
今回のガイドライン発令に至る前日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領(44歳、2019年就任)がシャングリラ対話にビデオ出演して、台湾海峡における軍事的脅威に対して外交による解決が必要だ、と訴えていた。
また、岸田文雄首相(64歳)も6月10日、同対話において、“今日のウクライナ問題は近い将来の東アジアの問題にもつながる”と懸念を表明していた。
中国反体制派の政治コメンテーターの呉強氏(ウー・チャン、50歳)は、“ゼレンスキー大統領は、ウクライナ支援を行っている米国への返礼として、米国が推進しているインド太平洋戦略への支持を打ち出したものと考えられる”と分析している。
一方、台湾の国立中山大学(1924年設立)政治学部の陳健治准教授(チェン・チエンチ)は、魏国防部長の攻撃的なメッセージについて、米国をしてこれ以上台湾問題に関わらせまいとするための発言だと解説した。
同准教授は、“米国が、これ以上台湾向けに武器を提供しないよう釘を刺したもので、中国は、特に最先端武器が供与されることを非常に懸念している”と付言している。
なお、呉氏によると、魏国防部長は中国中央政権で大きな権力を有している訳ではなく、“中国中央政治局(中国共産党最高指導機関)25人の中にも入っていないが、軍事面において習国家主席に代わって二次的な役割を十分果たしている”とする。
(注)シャングリラ対話:安全保障問題等を研究するシンクタンク、国際戦略研究所(IISS、1958年設立、本部ロンドン)が主催。2002年から年1回のペースで開かれていて、アジア・太平洋地域を中心に各国の国防、安全保障の担当閣僚らが顔をそろえる。シャングリラホテル・シンガポールが会場なので、そう呼ばれている。政府間の公式な会議では自由な議論が難しいケースもあるため、外交・安保の専門家やビジネス界のリーダー等も交えて率直な意見をぶつけあう場を民間が設け、地域の信頼関係を築くことに役立ててもらおうという狙いがある。
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