東京オリンピック、フランスでは時差にもかかわらず過去最高の視聴者数を記録(2021/08/10)
フランスの公共放送グループであるフランス・テレビジョンが9日に発表したデータによると、フランス人の87%に当たる5000万人以上が東京オリンピックの試合を1分以上視聴し、過去最高の視聴者数を記録した。
仏
『レゼコー』紙とニュースサイト
『スポーツ.fr』によると、フランスのオリンピック公式放送局であるフランス・テレビジョンは9日、7時間の時差にもかかわらず、東京オリンピックは、2016年のリオ大会と比較して600万人ほど視聴者数が多かったと発表した。7月23日から8月8日までの間にオリンピック競技がフランスの3つのテレビチャンネルで放送された時間は計650時間。1日あたり40時間だった。
フランス・テレビジョンのスポーツ担当ディレクター、ローラン=エリック・ルレイ氏は、「とても良い結果が得られた。...
全部読む
仏
『レゼコー』紙とニュースサイト
『スポーツ.fr』によると、フランスのオリンピック公式放送局であるフランス・テレビジョンは9日、7時間の時差にもかかわらず、東京オリンピックは、2016年のリオ大会と比較して600万人ほど視聴者数が多かったと発表した。7月23日から8月8日までの間にオリンピック競技がフランスの3つのテレビチャンネルで放送された時間は計650時間。1日あたり40時間だった。
フランス・テレビジョンのスポーツ担当ディレクター、ローラン=エリック・ルレイ氏は、「とても良い結果が得られた。私たちが記録した視聴率は、パンデミックにもかかわらず、オリンピックが、若者を含むすべての人の興味を引く普遍的なスポーツイベントであることを示した」と語っている。特にフランスでは外出禁止令が解除されたことを受けて、多くの国民が外出を満喫したい気持ちが強い中、テレビ観戦が健闘した。
東京オリンピックの個人平均視聴時間は、2週間の期間中7.53時間だった。15歳から24歳までの年齢層では、この数字は3.49時間に減少するが、それでも10人中9人の若者が1分以上ゲームを見た。
視聴者数では、「フランス2」と「フランス 3」のチャンネルで、大会期間中の2週間で1日あたり平均184万人の視聴者を獲得した。時差が1時間しかなかった2012年のロンドンの317万人のレベルには遠く及ばないが、2016年のリオでの182万人よりはわずかに良く、東京とほぼ同程度の時差がある2008年の北京での174万人よりは多い。
特にフランスのチームスポーツでの好成績が視聴者を動員した。フランス男子バレーボールの決勝戦での勝利には670万人、ハンドボールには610万人の視聴者がテレビ観戦した。フランス柔道団体の金メダルには500万人、フェンシングのロマン・カノン選手の優勝には480万人、ハンドボールのフランスチームの勝利には420万人の視聴者が集まった。
また今大会は、若い視聴者の存在感が大きかった。600万人の15歳から24歳の若者が東京大会のテレビ観戦を行った。この年齢層の90%を占める。ローラン=エリック・ルレイ氏は、「このようなイベントは、テレビから遠ざかっていると言われている若者を含め、集客力が高いものである。視聴者が興味を持ちそうなコンテンツを提供すれば、テレビ観戦が急増する。」と語っている。
仏『ウエストフランス』紙によると、新しいスポーツも人気があったという。午前6時から午後5時半までの日中に放送された際、クライミングは平均視聴者数が250万人、スケートボードは150万人、サーフィンも120万人を記録した。
閉じる
フランス、サハラからの砂嵐で60年前の核実験の残留セシウム137が国内に降り落ちる(2021/03/01)
2月上旬、フランスの一部地域がサハラ砂漠からの砂嵐に見舞われた。その後、フランス東部にあるジュラ県の土壌を調べたところ、セシウム137の痕跡が発見された。この放射性同位体は、1960年代にフランスで行われた核実験の時に放出したものの残りだと見られている。
仏メディア
『フランス 3』によると、2月6日、アルジェリア南部のサハラ砂漠の砂が風で持ち上げられ、フランス南部や東部まで飛ばされた。フランス南部のピレネー山脈だけでなく、東部のジュラ山脈も雪と空が黄土色に染まった。この珍しい現象はSNS上で多く共有されフランス国内で話題を集めた。
しかし、その後ジュラ県の土壌を調べたところ、60年以上前にフランスがサハラ砂漠で行った核実験の残留粒子、セシウム137が混ざっていることが確認された。...
全部読む
仏メディア
『フランス 3』によると、2月6日、アルジェリア南部のサハラ砂漠の砂が風で持ち上げられ、フランス南部や東部まで飛ばされた。フランス南部のピレネー山脈だけでなく、東部のジュラ山脈も雪と空が黄土色に染まった。この珍しい現象はSNS上で多く共有されフランス国内で話題を集めた。
しかし、その後ジュラ県の土壌を調べたところ、60年以上前にフランスがサハラ砂漠で行った核実験の残留粒子、セシウム137が混ざっていることが確認された。フランス放射能測定NGO「ACRO」は、サハラの砂には「自然界には存在しない、核爆発に伴う核分裂に由来する人工放射性元素」が、サハラから遠く離れたフランスまで降ってきたと説明している。
しかし、砂嵐が吹いた地域では、1km2あたり8万ベクレルのセシウム137が降ったことが確認されており、ACROは人間の健康に対して危険な数値ではないとしている。
仏ラジオ放送局『フランス アンフォ』によると、アルジェリア南部のレガネの町の近くで行われたフランスの核実験と、サハラからの砂嵐に含まれるセシウム137の存在は、明確な相関関係が確認されているという。
フランスは1960年2月13日に、サハラ砂漠で「ジェルボアーズ・ブルー」と呼ばれる最初の核実験を行っており、その威力は70キロトンと推定されている。広島原爆の3~4倍の威力である。
フランスは1960年から1966年にかけて、当時まだフランス領であったアルジェリアで、計57回の地上及び地下核実験を行った。1962年にエビアン協定が調印されると、フランスは1967年7月にサハラでの実験を最後に、アルジェリアでの実験を終了させることを約束した。しかしフランスは、南太平洋のフランス領ポリネシアで核実験を継続し、それは1995年まで続いた。
フランスのケアン大学の放射線防護の専門家であり、ACRO科学顧問も務めているピエール・バルベ氏は、アルジェリア南部のサハラ砂漠では、「住民は日常的にセシウム137の痕跡とともに生活しており、一部の土地は今もひどく汚染されている。当時どれほど放射能汚染がひどかったのか想像できるはずである。」と語っている。
仏地方紙『ウエストフランス』によると、アルジェリア軍の高官も2月に、フランスは「歴史的責任を負い」、核実験場を「除染」しなければならないと訴え、フランス政府が「核の遺構の位置を明らかにした地図の交付を拒否し続けている」と批判した。
閉じる
その他の最新記事