中国では、21世紀に入ってからの高度経済成長の追い風を受けて、大学進学率が大きく伸びて約8割にも達している(米国約9割、日本約6割)。しかし、ゼロ・コロナ政策等による景気減退に遭って、都市部における失業率が5%台で推移しているのに対して、若年層(16~24歳)の失業率が20%超となっており、直近の大学卒業生にとって史上最悪の就職難となっている。そこで卒業生の中には、死体のポーズ等の卒業記念写真をSNSに投稿して憂さ晴らしをしようとしている。
6月30日付米
『ワシントン・ポスト』紙や7月1日付インド
『アジアン・ニュース・インターナショナル』は、史上最悪の就職難に直面している中国の大学卒業生らが、死体のポーズ等の卒業記念写真をSNSに投稿して憂さ晴らしをしていると報じている。
中国の大学生は7月に卒業となるが、直近の卒業生は、“ゾンビ・スタイル(死体のポーズ)”や“寝そべり主義(躺平;タンピン、注後記)”を表現する卒業写真をSNSに多く投稿している。
この背景には、史上最悪の就職難に直面して、社会に出ることの不安や現実逃避の思いが切実になっていることが挙げられる。
すなわち、中国経済は、過去3年に及ぶゼロ・コロナ政策等のために景気減退が深刻で、以前の高い経済成長が望めない現状となっており、都市部の失業率が5%台であるのに対して、若年層の失業率は20%超となっている。
更に、かつての高度経済成長を追い風にして大学進学率が大きく向上したことから、昨年の卒業生数1,076万人に対して、今年は更に1,158万人にまで増えていることが挙げられる。
『ワシントン・ポスト』が6人の卒業生にインタビューして、彼らの思いにつき報じている。
●南京大学(1902年前身設立、江蘇省)メディア・コミュニケーション学部卒業の魯(ルー)ブレンダ氏(21歳)
・“躺平姿”の写真を投稿。理由は、現実を無視しての回りからの期待や中国の硬直的な教育システムへの抵抗を表現しようとしたもの。
・コロナ禍の3年間で、自身を含めた多くの学生が寮に缶詰となり、また、授業はオンライン形式に終始し、まるで刑務所に入れられていた感覚であり、学生生活を全く堪能できず、自暴自棄の精神状態。
●蘭州大学(1909年設立、甘粛省)英文科卒業の胡(フー)ジェシー氏(22歳)
・大学キャンパス内の芝生の上で“躺平姿”の写真を投稿。
・今年初めに5社に求職用レジメを提出するも、全て失敗。
・これまで良い大学に入るために一生懸命勉強し、かつ大学でも優秀な成績を収めるべく頑張ったが、現実は厳しい。
・今後、公務員登用試験や大学院入学試験に臨むこと、あるいは留学してから就職活動を行うこと等、選択肢はいろいろあるが、どうしたら良いか決心がつかない状態。
●西安郵便・電信大学(1950年設立、陝西省)卒業の劉(リュー)ウォルナット氏(21歳)
・新入生の頃から卒業後の就職について心配していて、高度自動化技術の資格取得に挑戦してきたが失敗。
・約300社の電子取引事業会社にレジメを提出したが、内定をもらったのは僅かに2社のみで、また初任給が月830ドル(約12万円)だったために断念。
・“躺平姿”の写真を投稿したのは、一つは面白いと思ったことと、もう一つはコロナ禍の学生生活の不満を表現したもの。
・今後は大学院に進学した上で、将来は求人率が高い物流業界での就職を検討。
●珠海科技学院大学(2004年前身設立、広東省)財務管理部卒業の李(リー)チングィン氏(21歳)
・“躺平姿”の投稿写真に触発されて、面白さを表現したいとして同様の写真を投稿。
・ある放送局でのインターン(実習訓練)を終了したばかりで、就職難の状況ではあるが前向きに進んで行きたいと表明。
●浙江理工大学(1897年設立、浙江省)デジタルメディア学部卒業の徐(シュー)レイン氏(22歳)
・自身も友人も“躺平姿”の投稿写真の流れに乗ることとし、講堂の床に寝そべったり、椅子の上を転がる写真を投稿。
・4年間のうちの3年間の大学生活は悲惨で、全く登校もできなかったことから、その鬱積を表現したもの。
・内定をもらった友人の初任給は僅か月350ドル(約5万1千円)で、これではとても生活できない状況。
・自身としては、留学するか大学院への進学を志したいが、両親からは公務員試験を受けるよう言われており、自身も教員資格は取得しているので、求人率が高い美術教師になることも検討。
●華南理工大学(1952年設立、広東省)理論物理学部卒業の楊(ヤン)デクスター氏(22歳)
・“大変な就職難”とのメッセージを付けて卒業写真を投稿。
・大企業の解雇のニュースが多く報じられていて、今年の卒業生にとって受難。
・そこで自身は大学院に進学し、博士号を取得して将来は理論物理学教授を目指す意向。
・ただ、好条件の企業の内定を得ている友人をみていると、果たして今選ぼうとしている道は正しいのか不安を覚えているのも事実。
(注)寝そべり主義、あるいは躺平主義:中国において若者の一部が競争社会を忌避し、住宅購入などの高額消費、結婚・出産を諦めるライフスタイルであり、2021年4月にSNSで発表された「寝そべりは正義だ」という文章が転載されて呼称が拡散。具体的には、「家を買わない、車を買わない、恋愛しない、結婚しない、子供を作らない、消費は低水準」の意思の下、「最低限の生活を維持することで、資本家の金儲けマシーンとなって資本家に搾取される奴隷となることを拒否する」といったポリシー。
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習近平国家主席(シー・チンピン、68歳)は昨年12月、重要課題として取り組んできた貧困撲滅運動の目標が達成できたと高らかに宣言した。中国統計結果より、確かに平均年収の底上げが進んだが、一方で、都市部と農村部の収入格差が大きく拡大している。
6月14日付インド
『アジアン・ニュース・インターナショナル(ANI)』(1971年設立):「中国農村部の住民、都市部との収入格差拡大に喘ぐ」
中国政府はこれまで、重要課題の一つとして、生活水準を改善し貧困層の撲滅に注力してきた。
その結果、農村部における平均年収が底上げされてきたが、一方で、都市部住民との収入格差拡大に苦しんでいる。
『日経アジア』紙(2011年刊行の英字紙、2020年9月『日経アジアン・レビュー』から改称)報道によると、習近平国家主席は昨年12月、長い間の貧困対策が奏功して、ついに貧困問題が解決したと高らかに宣言した。
しかし、農村部と都市部の年収格差はむしろ拡大しており、田舎の居住者の生活は依然苦しい。
養豚場を営む54歳の男性によると、“直近数年で生活様式は若干改善してきているが、依然困窮していることに変わりはない”と証言している。
同氏の年収は、依然3万人民元(約51万円)に届いていない。
中国の約9億人が都市部で暮らし、残り約5億人が農村部で居住する。
政府統計資料によると、2020年における前者の平均年収は4万3,834人民元(約74万5,200円)で、後者は1万7,131人民元(約29万1千円)である。
『日経アジア』紙によると、7年前と比較して、前者と後者の年収格差は57%も広がってきているという。
これは、農村部においては、農業以外の選択肢がほとんどないことに加えて、農業分野での事業拡大の可能性がないからである。
東京大学の田原史起教授(54歳、社会学者・歴史学者、中国社会論専門)は、“都市部の企業は、農村部からの移住者を低賃金で雇用することで利益を上げ、「世界の工場」と呼ばれる程成長を続けてきた”とし、“言わば農村部を植民地として活用してきているので、今後も収入格差が縮まることはあるまい”と解説している。
実際問題、多くの農村部住民が都市部に移住して就職しており、彼らの獲得する平均年収は2020年実績で4万8千人民元(約81万6千円)にも達している。
しかし、それでも都市部の正規社員に比べると、依然遥かに低い収入レベルである。
(参考)中国の貧困問題:習主席は昨年12月、貧困対策で目標を達成したと表明した上で、中国共産党は今年7月、創設100年の節目を迎えるが、貧困脱却が誕生日プレゼントになると力説。しかし、海外の一部の政策専門家は、中国が貧困の定義を緩めに設定しており、貧困地域の開発継続には持続的な投資が必要だと指摘。何故なら、中国は、農村部の極度の貧困を1人当たりの年収4千人民元(620ドル、約6万8千円)未満と定義していて、これは1日当たり約1.69ドル(約186円)に相当するが、世界銀行の設定する国際貧困ライン1日当たり1.90ドル(約209円)より1割余りも低いからである。
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