シャングリラ会議開幕から見る安全保障の現状(6月11日)
毎年、激しい議論の応酬が展開されるシャングリラ会議(アジア安全保障会議)であるが、今年は例年とはかなり様相が異なったものとなっている。中国と同じ専制国家グループであるロシアが隣国・ウクライナに侵攻し、事実上の戦争状態となり世界の安全保障環境を一挙に悪化させているからである。
さらに北朝鮮の度重なるミサイル実験に対しても、国連安保理は中ロの拒否権発動により、非難決議1つ出せない機能不全状態に陥っていることも会議の行方に暗雲が立ち込めている要因の1つである。...
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毎年、激しい議論の応酬が展開されるシャングリラ会議(アジア安全保障会議)であるが、今年は例年とはかなり様相が異なったものとなっている。中国と同じ専制国家グループであるロシアが隣国・ウクライナに侵攻し、事実上の戦争状態となり世界の安全保障環境を一挙に悪化させているからである。
さらに北朝鮮の度重なるミサイル実験に対しても、国連安保理は中ロの拒否権発動により、非難決議1つ出せない機能不全状態に陥っていることも会議の行方に暗雲が立ち込めている要因の1つである。
岸田首相は会議で基調講演を行い、ロシアのウクライナ侵攻について「対岸の火事ではない」と中国を念頭に「普遍的なルールへの信頼が揺らいでいる」と訴えたが、会議に参加したアジア諸国の3分の1が親中国で3分の1が態度を明らかにしていないことが気がかりな点である。
9日に行われたインタビューでロシア・プーチン大統領はピョートル大帝と自らを重ね合わせ、350年前の帝国主義的価値観と現在のロシアの考え方が全く同じであることを明らかにした。もはや力の強い国が弱い国を征服しても問題がないという考えを隠そうともしていない。専制国家・中国、北朝鮮もほぼ同じ考えを持っているとみて間違いはない。
中国は南シナ海で力による一方的な現状変更の試みを続けており、「祖国統一を断固として擁護する」として台湾への武力侵攻を行う構えまで見せている。
こうした中、米中の国防当局トップがバイデン政権発足後初めての対面での対話を行った。台湾問題をめぐり米国側が「台湾海峡での一方的な現状変更の試みに反対する」としたのに対し、中国側は「1つの中国政策は中米間での共通認識のはずである」と強調した上で、「台湾への武器売却を進める米国に対して断固たる反対を表明する」などと激しい応酬となった。
唯一の救いは米中国防会談が最終的に軍事衝突を回避すべきという点では一致を見たことと、日中間で防衛当局間ホットラインを開設する動きが進んでいることである。
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危機にある「核兵器廃絶」(6月5日)
意外にも、世界の核兵器の数は、冷戦時以来、相当数削減されている。ピーク時に約7万300発だったのが2021年には1万3100発となっている。少なくとも俯瞰して見れば核兵器が減っていることは明らかである。
削減のほとんどは、ソ連が崩壊し、EUができ、世界が緊張緩和に向かうと誰もが信じていた1990年代に起きていたというところがポイントである。ここから読み取れるのは時代の空気、世界の雰囲気というものが意外にも重要な役割を担っているということである。...
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意外にも、世界の核兵器の数は、冷戦時以来、相当数削減されている。ピーク時に約7万300発だったのが2021年には1万3100発となっている。少なくとも俯瞰して見れば核兵器が減っていることは明らかである。
削減のほとんどは、ソ連が崩壊し、EUができ、世界が緊張緩和に向かうと誰もが信じていた1990年代に起きていたというところがポイントである。ここから読み取れるのは時代の空気、世界の雰囲気というものが意外にも重要な役割を担っているということである。
現在の状況を見てみると、使用期限が切れて廃棄される核兵器がある一方、世界的には核兵器数はむしろ増加傾向にある。世界最大の核兵器保有国でありながら、それを脅迫のために使うロシアのような国が存在する限り、「核兵器を持っていなければ、やられてしまう」と考える国が増え、核兵器の保有はむしろドミノ式に増加していく傾向にある。
1度核を持った国は、その後もずっと保有し続け、それを放棄することは至難の業である。ウクライナやリビアの例があるからである。彼らから核を取り上げることは銃社会である米国市民から銃を取り上げることと同じぐらい難しいことである。
核兵器は現時点では使うためではなく、脅すための兵器であり、ある意味、使えない兵器でもあるが、それを使用する誘惑にかられるリーダーがでてきてもおかしくはない。一旦使われれば、報復の応酬も考えられ、世界は大危機に陥るかもしれない。
では今後、核兵器廃絶は可能なのかと問われれば、90年代のような時代の空気、世界の雰囲気が出てくればそれは思考可能かもしれないが、現在の世界は逆のベクトルを向いており、世界が亡びないよう慎重に核を取り扱う世界的なルールの取り決めをまず考えるべき段階にある。
昔であれば国連がこうした取り決めを主導できたのだが、現在の国連は国連常任安保理事国のロシアが核兵器で恫喝して他国を侵略し、北朝鮮がミサイル実験を行っても非難決議ひとつ出せない状況にあり、機能不全を起こしている状態では、いかんともし難い。
国連を何とか引っ張っていける昔の米国のような国も存在せず、唯一の被爆国・日本も他国をけん引できるリーダーシップは持っていない。残念ながら世界の平和構造は危機にあるという認識が現実的なのかも知れない。
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米国・ASEANとの関係強化の難しさ(5月16日)
米国とASEAN(東南アジア諸国連合)の特別首脳会談がワシントンで行われ、連携強化の姿勢を打ち出した。米政府は各国の海上警備能力に合わせ日本円にして約190億円の支援策をASEANに対して行うことも発表した。
米国の狙いは地域で影響力を拡大させる中国を念頭にASEANへの関与を深めていくことである。首脳会議後に発表された共同声明では、双方の関係について今年11月に開かれる首脳会議で「包括的戦略パートナーシップ」に格上げする方針が示された。...
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米国とASEAN(東南アジア諸国連合)の特別首脳会談がワシントンで行われ、連携強化の姿勢を打ち出した。米政府は各国の海上警備能力に合わせ日本円にして約190億円の支援策をASEANに対して行うことも発表した。
米国の狙いは地域で影響力を拡大させる中国を念頭にASEANへの関与を深めていくことである。首脳会議後に発表された共同声明では、双方の関係について今年11月に開かれる首脳会議で「包括的戦略パートナーシップ」に格上げする方針が示された。米国の狙いはもうひとつあり、それは今月下旬に発足させる新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」にASEANの国々を引き込むことである。
バランス外交が持ち味のASEANは各国ごとに立ち位置が異なり、ばらつきがあることが難点である。例えばASEAN10か国の中で中国およびロシア寄りかを見ていくと、ほとんどの国が中国やロシアに対して少なくとも敵対的ではない。米国がプーチンを参加させないよう強く迫ったにも関わらず、インドネシア、タイはそろってプーチンのG20参加とAPEC参加を許可した。ただし両国はウクライナ侵攻に関してはロシアを名指しせずに懸念を示すとの立場である。
南シナ海で中国と領有権を争うフィリピンであるが、マルコス新政権は親中姿勢である。カンボジア、ミャンマー、マレーシア、ブルネイは元々親中で知られた国々であり、ウクライナ侵攻についてミャンマーはロシア支持の姿勢を示している。ベトナム、ラオスは国連総会で対ロ非難決議を棄権した国である。ASEANの中ではシンガポールは最もバランスがとれている。シンガポールはロシアに経済制裁を行っている唯一の国である。中国については南シナ海問題については懸念を示しているものの、中国とは良好な関係を保っている。
ASEAN諸国は陸続きである大国・中国と昔から時には反目しつつ駆け引きしながらうまく付き合ってきた。米国主導の中国包囲網に中国とうまく付き合うノウハウを持っている彼らが簡単に米国の戦略に乗るようにも思えない。ASEANは経済で動くことはあっても政治では動かない傾向がある。
日本にとってASEANを味方につけることは望ましいが、ASEANに影響力を与えることはなかなか難しい。
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ウクライナ侵攻の裏で米国離れが進んでいる(5月2日)
米国・ミリー統合参謀本部議長は2日、「ウクライナ侵攻でロシアが何の罰も受けずに済んでしまえば、国際秩序は破綻するだろう」「そうなれば、我々は深刻な、不安定さの増した時代に突入することになる」と世界に向けて訴えた。
国際秩序を書き換えようとしているロシアに対して世界が一枚岩になって制裁していくというのが米国の青写真であり、日本国民も「当然世界はそのように動いていくだろう」と思っていたが、現実はそう簡単な話ではないようだ。...
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米国・ミリー統合参謀本部議長は2日、「ウクライナ侵攻でロシアが何の罰も受けずに済んでしまえば、国際秩序は破綻するだろう」「そうなれば、我々は深刻な、不安定さの増した時代に突入することになる」と世界に向けて訴えた。
国際秩序を書き換えようとしているロシアに対して世界が一枚岩になって制裁していくというのが米国の青写真であり、日本国民も「当然世界はそのように動いていくだろう」と思っていたが、現実はそう簡単な話ではないようだ。
特に東南アジア、中東の米国離れはここ数年顕著なものになってきている。そもそも彼らは欧米と同じ価値観の国々ではなく、仕方がない側面もあるが、少なくともこれまでは米国の言うことに耳を傾けていた。それが今は耳を傾けようともしなくなっているのである。
まずは中東について、言えば、米国はアフガニスタン・リビア・シリア・イラン・イラクなど、中東の紛争に世界の警察官としてかなりの期間にわたって軍事介入してきた。ところが結果的に、これらの国を民主化できずに撤退した。「結局、米国は自らの理想のためでなく利権を守るために介入していたのだ」ということが後になって明らかになりはじめた。米国が自国でシェールガス・オイルが産出するようになってから中東とすぐに距離を取りはじめたことはそのことをよく表しているとも言える。
かつては米国企業と組んで石油利権を築きあげた中東湾岸諸国にとって米国は大事な顧客だったが、その親密な関係は今では失われている。米国は欧州勢と結託して脱化石燃料を推し進める一方、自らのシェールガスやオイルを売りさばく現実的な競争相手となっている。この流れの中で今、中東諸国の中では、ロシア擁護の動きさえ出ている。
東南アジアでも米国は遠い存在になっている。距離の近い中国からは経済的な恩恵を数多く受ける一方、TPPやRCEPなどの経済連携でも米国と顔を合わせることも少なくなった。その結果、米国の東南アジアにおける存在感は確実に低下している。ミャンマーや香港でも民主主義に立ち上がった学生たちを米国は助けずに見殺しにした。これらのことが米国に対する悪印象につながっている。
信用をなくしている米国がいまさら「民主主義を守るために団結せよ」と叫んでみても彼らには白々しく聞こるだけとなっている。日本に対しても厳しい目線が向けられており、日本は自らの置かれている立ち位置をよく把握し、これまで以上にバランスを考えながら外交を行わなければ、中国が台頭するアジアの中で苦しい立場が待っている。
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価値観外交に関心が薄いインドアジア太平洋(4月23日)
日米豪印4か国による首脳会談「クアッド」が5月24日前後に東京で開催される見通しである。
ロシアに対する圧力を強めることがメインテーマとなるとみられるが、「クアッド」におけるインドの立ち位置は微妙なものである。ロシアがウクライナに侵攻した2月24日以降に、インドがロシア産原油購入を拡大したことが特に問題視されている。各国が足並みをそろえてロシアに対する制裁を実行に移す中でのインドの行為は同じ価値観を持った国家とはとても思えないものであるが、インドは、西側諸国によるロシアの締め付けに抗う姿勢さえ見せている。...
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日米豪印4か国による首脳会談「クアッド」が5月24日前後に東京で開催される見通しである。
ロシアに対する圧力を強めることがメインテーマとなるとみられるが、「クアッド」におけるインドの立ち位置は微妙なものである。ロシアがウクライナに侵攻した2月24日以降に、インドがロシア産原油購入を拡大したことが特に問題視されている。各国が足並みをそろえてロシアに対する制裁を実行に移す中でのインドの行為は同じ価値観を持った国家とはとても思えないものであるが、インドは、西側諸国によるロシアの締め付けに抗う姿勢さえ見せている。
こうしたインドに対し、バイデン政権は弱腰と批判されている。しびれを切らした英国・ジョンソン首相はモディ首相と会談し、インド国産戦闘機の開発を技術供与も含め支援することを表明した。インド軍が保有する武器の60%がロシア製であることから、ジョンソン首相はこうした申し出を行ない、欧米側に引き寄せようと考えた。これに対しモディ首相は「あらゆる面で自立したインドの実現に向けた英国の協力を歓迎する」と返答した。
一見、英国の支援を喜んでいるようにも聞こえる発言だが、「あらゆる面で自立したインド」という言葉が鍵である。最終的にはインド自身の国益を考えてインド自身で判断するというニュアンスが含まれているとも見える。
アジアインド太平洋においてロシアに手を差し伸べたのはインドに限らない。ブチャでのロシアの蛮行が明らかにされる中でG20議長国・インドネシアはロシアの参加を率先して擁護した。ソロモン諸島はロシアと同様な専制国家・中国の経済的な支援になびき、中国に軍事拠点を提供した。
この他、マレーシア、ベトナム、タイ、シンガポールなど太平洋エリアの国々は概して現実的かつ実利主義であり、欧米型の価値観外交には関心を持っていない。彼らが重視するのは価値観でなく、実利である。インドアジア太平洋においては、価値観が国と国を結びつける接着剤の役割を果たさない。
今後インドが「クアッド」から外れる可能性、或いは形骸化があっても不思議ではない。
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