<放送法と表現の自由>
先週初め、高市早苗総務相が衆院予算委員会で、放送局が政治的な公平を欠く放送を繰り返したと、政府・総務省が判断した場合、放送法第4条違反を理由に、電波停止を命じる可能性に言及した。
そもそも放送法とは、戦前のラジオ局が、政府・軍部の言いなりとなり、権力の宣伝機関とされたことから、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が、占領終了後を見据えた放送法制作りを示唆したことに基づいて、1950年に制定されている。...
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<放送法と表現の自由>
先週初め、高市早苗総務相が衆院予算委員会で、放送局が政治的な公平を欠く放送を繰り返したと、政府・総務省が判断した場合、放送法第4条違反を理由に、電波停止を命じる可能性に言及した。
そもそも放送法とは、戦前のラジオ局が、政府・軍部の言いなりとなり、権力の宣伝機関とされたことから、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が、占領終了後を見据えた放送法制作りを示唆したことに基づいて、1950年に制定されている。
基本理念として、第1条で「放送の自律、表現の自由」と謳い、第3条の「何人からも干渉・規律されない」が、第4条で「公安、善良な風俗を害しない」かつ「政治的に公平」などと定めている。
しかし、テレビの普及もあって、1980年代頃から、政府による放送番組への監督姿勢が徐々に強くなってきて、1985年にテレビ朝日の番組で“やらせ”が発覚したこともあり、郵政相(当時)から文書による行政指導が入っている。
その後、21世紀に入ると、番組への行政指導は急増し、その数は2003年からこれまでで25件にも上る。
一方欧米先進国では現在、政府から独立した放送規制機関が標準になっている。
特に、日本と同様、ナチスの暴走を許してしまったドイツでは、放送局の政治利用がなされないよう、放送法制を分権化している。
民放は、州レベルで独立した規制機関があり、公共放送は、公共放送内部に設けられている放送委員会と経営委員会が監督する体裁となっている。
当該委員会の委員は、政党や労働組合など各分野から選ばれ、選出の割合も法律で決められている。
このように、放送に関わる規制機関の独立が世界標準としたら、現在の日本において、政府による干渉・監督する対応が色濃くなっている事態は、下手をすると国際社会から、現在でも全くの政府傘下に置かれ、表現の自由が許されない中国やロシアなどと大差がないと評価されてしまう恐れがあるのではないだろうか。
特に、与党・自民党には“反安倍”がいない現在(昨年の自民党総裁選の際、立候補しようとした野田聖子議員も、主流派からの脅し、突き崩し等があって結局断念)、自民党自身が自由で開かれた政党でなくなりつつある以上、その与党が制圧する政府・総務省によって放送局が干渉・監督されるのは、非常に危ういと言わざるを得ない。
まずは、放送局の自浄作用を司る、「放送倫理・番組向上機構(BPO、注後記)」による自律・公平性の確認行為に委ねるべきではないだろうか。
そうして、そのBPOが十分機能していないという段階になって初めて、監督官庁が何らかの“行政指導”を行うべきかどうか、慎重に判断することが肝要と考える。
(注)BPO:言論と表現の自由を確保しつつ視聴者の基本的人権を擁護するため、加盟放送局から独立した第三者の立場で放送への苦情や放送倫理上の問題に対応し、正確な放送と放送倫理の高揚を図る。放送倫理上の問題や内容の虚偽が指摘された番組について調査する「放送倫理検証委員会」、放送によって人権侵害を受けたという申し立てを受けて審理する「放送と人権に関する委員会」、青少年が視聴するには問題があると指摘された番組などについて審議する「放送と青少年に関する委員会」の3委員会を設けている。
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