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笑顔と涙の別れ「卓球が全てを教えてくれた」(4月15日)
「毎日、昨日の自分を超えるという気持ちでやってきた自分に対しては、良く頑張ったと思っています」ロンドン五輪卓球女子の平野早矢香(31)が引退会見を行い、26年間の競技生活に幕を下した。
平野は全日本選手権女子シングルスで3連覇を果たすなど、シングルス・ダブルス合計8度の日本一に輝いた。世界選手権では31年ぶりの団体銀メダルを含む5個のメダルを獲得。そして、2012年、ロンドン五輪では日本初の団体銀メダルに輝いた。...
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「毎日、昨日の自分を超えるという気持ちでやってきた自分に対しては、良く頑張ったと思っています」ロンドン五輪卓球女子の平野早矢香(31)が引退会見を行い、26年間の競技生活に幕を下した。
平野は全日本選手権女子シングルスで3連覇を果たすなど、シングルス・ダブルス合計8度の日本一に輝いた。世界選手権では31年ぶりの団体銀メダルを含む5個のメダルを獲得。そして、2012年、ロンドン五輪では日本初の団体銀メダルに輝いた。押しも押されもせぬ、日本女子のキャプテンとして、卓球界をリードしてきた存在だ。福原愛、石川佳純にとっては頼れる“お姉さん”。時に厳しく、時に優しく日本女子卓球陣をまとめあげてきた平野。その勝負に賭ける気迫はチーム随一で、試合中に見せる鋭い睨みは“卓球の鬼”との異名をとった。「卓球をしていない自分の人生は考えることができない」という彼女の最後の試合は日本卓球リーグ・ビッグトーナメント。佐賀で開催された大会には別れを惜しむ大勢のファンが駆けつけた。2回戦で敗れると、会場の万雷の拍手に笑顔で手を挙げて応え、“卓球の鬼”はコートを後にした。引退会見では「オリンピックに代わるような違う大会で、それぐらい自分が燃えてできるかというと厳しいなと感じた」と胸の内を明かした。今後は、所属卓球部のコーチとして指導を行う予定だという。
平野の引退の4日後から、卓球日本代表は香港でリオ五輪アジア大陸予選会に挑んでいる。平野に代わり代表入りを果たした15歳の伊藤美誠は14日、世界王者・丁寧(中国)を破る金星を挙げた。平野の「昨日の自分を超える」という思いを受け継いだ次世代の日本卓球女子は、やがて世界の頂点へと到達するに違いない。
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日本女子フィギュア初・3度目の五輪への挑戦(4月14日)
「強い覚悟で選手生活に戻ってきたので、今は何があっても最後までやりきるという気持ちが強いです」フィギュアスケート・浅田真央が2年後のピョンチャン五輪を目指す考えを示した。今月の世界選手権後も、現役続行を口にしていたが、公の場所で次の五輪を目標にすると明言したのはこれが初めてだ。
金メダルを期待された2014年のソチ五輪。自身の集大成と位置づけ、引退も表明していたが、結果はまさかの6位。帰国後、現役続行について「今はハーフ・ハーフ(五分五分)」と揺れる思いを口にした。...
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「強い覚悟で選手生活に戻ってきたので、今は何があっても最後までやりきるという気持ちが強いです」フィギュアスケート・浅田真央が2年後のピョンチャン五輪を目指す考えを示した。今月の世界選手権後も、現役続行を口にしていたが、公の場所で次の五輪を目標にすると明言したのはこれが初めてだ。
金メダルを期待された2014年のソチ五輪。自身の集大成と位置づけ、引退も表明していたが、結果はまさかの6位。帰国後、現役続行について「今はハーフ・ハーフ(五分五分)」と揺れる思いを口にした。その直後の世界選手権(さいたま)では、ソチの悪夢を消し去る完璧なスケーティングで自己ベストを大幅に更新。4年ぶり3度目の優勝を飾ってみせた。女王復活に日本中が沸いたが、その後2014―2015シーズンの欠場を表明し、休養期間に入った。
2季ぶりの参戦となった昨シーズンは、苦しみながら代表メンバー入りを勝ち取り、臨んだボストンの世界選手権。シーズン自己ベストを更新したものの、過去ワーストの7位に終わった。大会後「一歩一歩、経験を次に生かしていきたい」と語っていた彼女が、最終目標として選んだもの。それはやはりオリンピックの舞台だった。ソチ五輪フリーの演技。SPで16位の失意の底から、最高のパフォーマンスを披露した浅田。たとえ失敗しようとも、メダルが獲れなくとも、自分自身の全てを出し切ることが、これ程までに人の心を震わせることが出来るのだと彼女は証明して見せた。12日の会見で「やっぱり五輪という最高の舞台にもう一度行きたいという思いが強い。笑顔で終われる選手生活にしたい」そう語る彼女の顔にもう迷いはなかった。メダル以上に大切なもの。それを示し、完全燃焼するため、浅田真央は滑り続ける。
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愛する人に届け!熱きハートからのメッセージ(4月13日)
10日行われたサッカーJ1・1stステージ第6節。川崎フロンターレはサガン鳥栖と対戦。0-0のまま迎えた後半アディショナルタイム、フロンターレ小林悠からのクロスに、大久保嘉人が頭で合わせ決勝ゴール。リーグ戦で未だ無敗のフロンターレが単独首位に立った。
大久保はこれがJ1通算159得点目。自身が持つ歴代最多得点記録をさらに更新し、同数で並んでいたサンフレッチェの佐藤寿人を抜いて、こちらも単独1位となった。...
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10日行われたサッカーJ1・1stステージ第6節。川崎フロンターレはサガン鳥栖と対戦。0-0のまま迎えた後半アディショナルタイム、フロンターレ小林悠からのクロスに、大久保嘉人が頭で合わせ決勝ゴール。リーグ戦で未だ無敗のフロンターレが単独首位に立った。
大久保はこれがJ1通算159得点目。自身が持つ歴代最多得点記録をさらに更新し、同数で並んでいたサンフレッチェの佐藤寿人を抜いて、こちらも単独1位となった。ゴールを決めた直後、大久保はメッセージTシャツを掲げピッチを駆け抜けた。そこに書かれていたのは小学校時代からの友人の名前。現在、原発性側索硬化症という難病と闘っている友人への「負けるな!」という熱いエールだった。
大久保といえば、昨年10月に自身のインスタグラムで発表した我が子との写真が話題になった。3人の息子と丸刈り頭で撮った微笑ましい家族写真。実はこの時、胞状奇胎で入院した愛妻が抗がん剤治療を開始。抗がん剤の副作用で髪が抜けるかもしれない妻の不安を和らげるため、子供達と一緒に頭を刈って収めた一枚だった。熱いハートを持つ男ならではの体を張った応援スタイル。それも大久保の魅力の一つだ。
かつては激しいプレーや言動で時にトラブルを引き起こすこともあった。しかし、近年は激情をコントロールし、カードを提示される回数も減っている。それはあたかもJリーグで通算得点を重ねていくのと反比例するかのように…。「まだ通過点ですし、これからもっと積み重ねていけるように練習からやっていきたい」と試合後に抱負を語った大久保。昨年史上初の三年連続得点王に輝いたストライカーは、今季も熱く激しいメッセージを愛する人達へ届け続ける。
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「ルーキーの躍動」と「ベテランの意地」(4月12日)
プロ野球は開幕から3週間を経過し、各球団の対戦が一巡し終えた。スタートダッシュで明暗が分かれ、昨年のリーグ王者・ホークスとスワローズ共にBクラスという予想外の展開だ。
セ・リーグで飛び出したのは、このオフに激震に揺れたジャイアンツ。オープン戦での打撃不振や、内海の先発ローテーション脱落などの不安要素があったなか、ここまで首位を快走。その後をタイガースとカープが猛追する。パ・リーグは名将・梨田新監督率いるイーグルスと、先季CSでホークスの前に涙をのんだマリーンズがまず抜け出した。...
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プロ野球は開幕から3週間を経過し、各球団の対戦が一巡し終えた。スタートダッシュで明暗が分かれ、昨年のリーグ王者・ホークスとスワローズ共にBクラスという予想外の展開だ。
セ・リーグで飛び出したのは、このオフに激震に揺れたジャイアンツ。オープン戦での打撃不振や、内海の先発ローテーション脱落などの不安要素があったなか、ここまで首位を快走。その後をタイガースとカープが猛追する。パ・リーグは名将・梨田新監督率いるイーグルスと、先季CSでホークスの前に涙をのんだマリーンズがまず抜け出した。ライオンズも打線が好調で、日替わりで首位が入れ替わっている。
今シーズン、序盤戦で存在感を見せているのが大物ルーキー達。特にタイガースの高山俊(明治大学)は、ジャイアンツとの初戦で4安打と大爆発。8日にはリーグップに並ぶ安打数をマークしてのけた。六大学野球で半世紀近く破られなかった通算安打記録を更新した「安打製造機」は、プロでも超一級品の品質保証。そのポテンシャルを早くも開花させている。1番・レフトを確定させた虎軍団の若き切り込み隊長。その躍動からは益々目が離せなくなるだろう。
その一方、ベテラン選手らも負けじと大仕事をやってみせている。球界最年長野手・マリーンズの井口資仁(41)は、10日のライオンズ戦で今季初スタメン。1点を追う二死1・2塁の場面、体勢を崩しながら振り抜いた打球は値千金の逆転3ラン。いつも沈着冷静な20年目の大ベテランは、珍しく喜びを爆発させ、ガッツポーズも飛び出した。未だに破られていない東都大学リーグの通算本塁打記録を持つ男の意地の一発が勝利を呼んだ。若手とベテラン、それぞれが眩い輝きを放つペナントレース。長く激しい戦いは、まだ始まったばかりだ。
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名言に彩られた栄光の日々・最後の言葉は…(4月11日)
「ただただ、最後に平井先生とオリンピックに行きたかった。そこが本音です」リオへの出場を逃した北島康介(33)が10日、都内で記者会見を開き、正式に現役引退を表明した。
5日に行われた男子100m平泳ぎ決勝。北島は前日の準決勝で派遣標準記録(59秒63)を突破する59秒62を叩き出し、全体の1位で決勝に進出。5大会連続の五輪代表に期待が高まっていた。だが、決勝ではペースが上がらず失速し59秒93の2位。...
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「ただただ、最後に平井先生とオリンピックに行きたかった。そこが本音です」リオへの出場を逃した北島康介(33)が10日、都内で記者会見を開き、正式に現役引退を表明した。
5日に行われた男子100m平泳ぎ決勝。北島は前日の準決勝で派遣標準記録(59秒63)を突破する59秒62を叩き出し、全体の1位で決勝に進出。5大会連続の五輪代表に期待が高まっていた。だが、決勝ではペースが上がらず失速し59秒93の2位。優勝した小関也朱篤と共に派遣標準記録に届かず、この種目での代表を逃した。レース後「…言葉にならないですね」と言葉に詰まった北島。残る200mでの代表獲得にかけたが、8日の決勝は5位に終わり、五輪への夢は完全に断たれてしまった。
北島康介は2004年アテネ五輪で100mと200m平泳ぎで2冠を達成。2008年北京五輪でも新記録で同種目での金メダル獲得を果たし、史上初の連覇を達成した。アテネでの「超気持ちいい」の歓喜の叫びや、北京で涙の「何も言えねえ」など、数々の印象に残る語録を残してきた北島。取り繕わず心情をストレートに吐露した言葉が共感を呼んできた。流行語大賞にも名を連ねたその数々の発言と名場面は、日本中の人々の脳裏に焼き付いているはずだ。
今回200mのレース後、「真剣勝負は終わり」と引退表明をした北島が、最後に語った言葉は「もう一回、自信と強さを取り戻そうとしてくれた平井コーチには本当に感謝の気持ちで一杯です」だった。昨年日本代表から外れた後、再びトップ争いをするレベルまで元王者を蘇らせた名伯楽・平井伯昌コーチ。その中学自体からの恩師への感謝の言葉とともに、競泳界を牽引し続けた男が最後の別れを告げた。その栄光の日々と魂の叫びを、私達は決して忘れはすまい。
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