7/28 「日本の未来を脅かす精子力クライシス」
今、日本の未来を脅かす異常事態が男性の体に起きているのだという。それは精子力クライシス。精子の数が少なかったり、中身が傷ついていたりし、受精して妊娠を成功させる精子の力が衰えているのだという。何が起こっているのかNHKが総力をあげて取材した。
昨年、欧米で驚きの調査結果が出た。欧米人男性の精子の数を調べた所、この40年で半減していたというのだ。ところが、その欧米よりもさらに深刻なのが日本だった。...
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今、日本の未来を脅かす異常事態が男性の体に起きているのだという。それは精子力クライシス。精子の数が少なかったり、中身が傷ついていたりし、受精して妊娠を成功させる精子の力が衰えているのだという。何が起こっているのかNHKが総力をあげて取材した。
昨年、欧米で驚きの調査結果が出た。欧米人男性の精子の数を調べた所、この40年で半減していたというのだ。ところが、その欧米よりもさらに深刻なのが日本だった。精子の数を欧州4カ国と比べたところ、日本は最低レベルだった。デンマークの生殖学者は「日本の状況は生殖の危機と言える。今後40年間この状況が続けば、少子化問題はより深刻になるだろう」と話した。なぜ日本人の精子が危機的なのか。「化学物質の影響のほか、生まれつきの異常が増えている」と指摘されている。さらに日本人の生活習慣も精子に大きな影響を与えていることがわかってきた。精子力の衰えは様々な病気と深い関係があるといい、米国の不妊専門医は「精子の質が悪い男性はがんや心臓病、糖尿病など全てにおいてリスクが高いことがわかっている」と話した。
妊娠を成功させて新しい命を育む力「精子力」。日本人の精子力の危機をもたらしている3大要素は「精子数が減少していること」、「運動率が低下していること」、「DNAが損傷していること」だ。WHOによれば、自然妊娠のためには精液1ミリリットル中に精子が1500万個以上、活発に動く精子が40%以上あることが望ましいとされている。精子力の検査を受けたITエンジニアの男性は「精子力に問題あり」と指摘された。この男性の精子をマウスの卵子にいれ、変化を観察した。正常な精子であれば細胞分裂が始まるが、変化が起きたのは12個のうち1つだけだった。男性の精液を検査すると、DNAの損傷率はなんと26%だった。今回番組では28人の男性で調査を行ったが、精子の数と運動率、DNAの損傷率の3項目のうちいずれかで基準を下回った人は9人のみだった。結婚前の男性722人の精液を検査した泌尿器科医・辻村晃医師は、「5人に1人が精子の数や運動率で自然妊娠の基準を下回り、不妊リスクがあると判定された」と語った。さらに、30代以降活発な精子は大きく減っていくことがわかったという。
精子の細胞膜は痛みやすく、活性酸素のダメージを受けやすいようだ。岡田医師は「生活習慣、住んでいる環境、仕事をしている環境を広く考えないといけない」とアドバイスした。どんな生活習慣が精子に良くないのか、精子力が弱いと判断された男性の自宅に固定カメラを置き、普段の生活を記録した。男性は夜8時過ぎに会社から帰宅。ネットとテレビを流し見しているうちに1時間経過。その間は座りっぱなしだった。長時間精巣の血管が圧迫されて血流が悪くなると活性酸素が溜まり、精子を傷つけるという。さらに精巣の温度も上がり、熱によるダメージを受けるおそれがある。海外の研究では1日5時間以上座ってテレビを見る人は、その習慣がない人と比べ、精子の数が30%少ないことがわかっている。
男性の食事にも問題があった。男性は肉を多く食べるが、最新の研究では肉などに多く含まれる飽和脂肪酸が1日のカロリーの10%を超えると精子の数が大きく減ることがわかっている。ハーバードメディカルスクール教授・アタマンが「飽和脂肪酸を減らし、魚介類に含まれるオメガ3脂肪酸やビタミンCなど酸化をおさえる物質を多くとるべき。魚をより多くとった男性はそうでない男性より精子の数が多いことがわかっている」とコメントした。
次に精子の数がWHOの基準ギリギリで形が悪いと分析されたサービス業の男性を取材。3年前に離婚した男性は、再婚して子どもが欲しいと、食事には気をつけてきたが、検査の結果、男性ホルモンの一種、「テストステロン」が不足していることがわかった。精子の数が減ったり質が悪くなっているのだという。原因は睡眠不足。精子がうまく作られず、精子力が衰えていた。最新の研究では睡眠時間が6時間半未満の人では7時間以上の人より精子の数が2割少ないことがわかっている。生活習慣が活性酸素の増加、テストステロンの減少を招き精子力を弱めてしまうのだ。
結婚後夫に精子がないことがわかり、第三者の精子で出産した女性。女性は精子バンクを利用している。日本の精子バンクはドナーが不足し、一年待ちの状態のため、インターネットで見つけたヨーロッパの精子バンクにアクセスし、精子力の高いものを選んで提供を受けたという。欧米の精子バンクを利用する日本人は増え続けているといい、デンマークにある世界最大の精子バンクは日本を含む100カ国以上に精子を輸出しているという。特に重視されるのは精子力の高さ。今や精子力が高い精子は国境を越えて取引される商品になっているのだ。
精子力の衰えは様々な病気とも深い関係があり、南デンマーク大学医学部・ジェンセン教授は精子が少ない男性5000人の健康状態を追跡調査したところ、精子の数が少ない人は多い人と比べ糖尿病のリスクが50%、心臓疾患などのリスクが40%高いことがわかった。死亡率の調査でも精子の数が少ないとリスクが上昇。ジェンセン教授が「精子の数は健康のバロメーターのようなもので、病気にも関係している」と語った。
低い精子力を改善するには立ち上がる機会を増やして精巣の血流を良くし、活性酸素が溜まらないようにすることが重要。食生活も改善し、大豆や青魚など活性酸素を減らす効果がある栄養素を積極的にとるようにすることが基本となる。睡眠不足を改善するために遮光カーテンをつけ、寝る前のスマホも制限する必要がある。改善生活を行った男性達の精子力は回復した。
番組が提案する精子力アップの7か条(活性酸素除去、テストステロンアップその他)は軽めの運動、禁欲しない、亜鉛の摂取、体重管理、質の高い睡眠、長風呂やサウナを避ける、ぴっちりした下着をはかないということ。番組のアドバイスに従い生活習慣を変えて精子力がアップした男性は苦手だった野菜も進んで食べるようになったといい「精子力改善のモチベーションが自分の中に生まれてきたように思う」とコメントした。ちょっとした努力で精子力を高めることは可能なようだ。MC徳井義実は「MCに怒られようがお構いなしに番組中に立った方がいいということやね」と感想を述べ、スタジオの笑いを誘った。
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7/22 「中国・消えた弁護士たち」
経済成長とともに、人々の権利意識が高まる中国。その一方で、共産党支配に悪影響を与えるとみなされた人々への締め付けはかつてなく強まっているとも指摘されている。今、中国で何が起こっているのかNHKが現地で取材した。
今、中国では一部の弁護士やその家族が厳しい締め付けにあっている。市民の権利を守る人権派弁護士を次々と拘束し、資格の取り消しなどで弁護士を追い詰めている。ある女性は、弁護士である夫が3年以上前に国家政権転覆の容疑をかけられ、当局に拘束され、面会すらできていないのだという。...
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経済成長とともに、人々の権利意識が高まる中国。その一方で、共産党支配に悪影響を与えるとみなされた人々への締め付けはかつてなく強まっているとも指摘されている。今、中国で何が起こっているのかNHKが現地で取材した。
今、中国では一部の弁護士やその家族が厳しい締め付けにあっている。市民の権利を守る人権派弁護士を次々と拘束し、資格の取り消しなどで弁護士を追い詰めている。ある女性は、弁護士である夫が3年以上前に国家政権転覆の容疑をかけられ、当局に拘束され、面会すらできていないのだという。いまだ裁判も開かれていない異例の状況となっている。女性は今日にいたるまでインターネットで状況を発信し続けているが、女性の暮らしは当局から厳しく監視されていて、去年、ふるさとの実家に戻っていたが、そこに地元の警察が突然踏み込んできた。女性は警察に囲まれたが、激しく抵抗したが、やがて帰って行った。去年、トランプ大統領が初めて中国を訪れた際には、拘束された弁護士の妻の自宅に国内安全保衛部門が訪れ、トランプ大統領訪中の間、居座り続けたという。女性は「彼らは私たちの意志をくじくため、どんな極端な手を使ってでも私たちを攻撃し、苦しめます。みんなから危ないから抵抗しない方がいいと言われています」と語った。
人権派弁護士たちが扱っていた問題の一つが政府による土地の強制収容だった。2015年7月9日、黒竜江省の駅で市民と警官がもみ合い警官が発砲、市民が死亡した事件だ。この際の警察の対応は正当な措置だったとする当局に対し、多くの人権派弁護士は「男性は陳情に行こうとしただけだ」とさらなる真相の究明を求めたが、その直後、中国全土で人権派弁護士や活動家が一斉に摘発され、その人数は300人を超えた。これはその日付けにちなみ709事件と呼ばれている。
こうした当局による締め付けの背景にあるのは何なのだろうか。習近平指導部が発足した2012年頃、各地で環境汚染や役人の汚職に関するデモが多発し、中国共産党への信頼が大きく揺らいでいた。江蘇省では政府庁舎を占拠するという決定的なデモが起きた。こうしたことに対する対策として習近平指導部が掲げたのは法治の徹底だった。法律相談所を開設し、労働問題や財産をめぐるトラブルに国が選んだ弁護士が対応している。法治を推進するということから、中国の弁護士の数は増え続けて今や36万人に上る勢いだ。その一方で、弁護士の活動は共産党に厳しく管理されており、法治を推し進めるための指針に、「弁護士は中国共産党の指導を受け入れなければならない」と書いてある。当局を訴えることも辞さない人権派弁護士は少数派であり、1000人にも満たない。
2年間拘束の末、罪を認め裁判で有罪となった弁護士・謝陽は当局との取引の結果、刑を免除され釈放された経験を持つが、その謝陽が拘束された弁護士の説得に乗り出した。謝は拘束された弁護士を譲歩させることを目指していて、「大事なのは共産党のメンツを潰さないことだ」と語った。これに対し拘束された弁護士の妻は「どんな結果になるにしても選択をするのは夫であり、私はそれを支持し、できることをやるだけです」と応じた。今も、中国共産党政府は709事件は法に乗っ取った正当な措置だったと主張し続けている。中国の司法相は記者会見で「断言しておくが中国は法治社会であり、すべての人民の自由と権利は法律にのっとって適切に扱われている。その人物についてもそうだ」と吐き捨てるように語った。
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5/27 「緊迫の米朝・首脳会談の行方は」
世界から注目を集めている「史上初の米朝首脳会談」は予定通り6月12日に開催されるのか。NHKスペシャル取材班が総力を挙げて今後の展開について徹底検証した。
北朝鮮は豊渓里の核実験場の閉鎖作業を一部の国際メディアに公開した。しかし、核の専門家は招かなかった。IAEA(国際原子力機)元査察官・デービッドオルブライトは、「北朝鮮による今回の核施設の閉鎖作業が逆に米国の疑念を招いた」と指摘している。...
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世界から注目を集めている「史上初の米朝首脳会談」は予定通り6月12日に開催されるのか。NHKスペシャル取材班が総力を挙げて今後の展開について徹底検証した。
北朝鮮は豊渓里の核実験場の閉鎖作業を一部の国際メディアに公開した。しかし、核の専門家は招かなかった。IAEA(国際原子力機)元査察官・デービッドオルブライトは、「北朝鮮による今回の核施設の閉鎖作業が逆に米国の疑念を招いた」と指摘している。北朝鮮側は爆薬を坑道の入り口だけではなく、奥まで複数設置したと説明しているが、映像からは入口の爆破しか確認することはできない。完全な閉鎖だったかを検証することは困難だった。
〇IAEA(国際原子力機)元査察官・デービッドオルブライト
(公開された)この映像からでは、坑道の内部が破壊されたのかもわからない。これはショーにすぎない。これでは数週間で実験場を再開できてしまう。同行したジャーナリストは坑道の内部までは入れなかった。一連の爆破を検証する装置やサンプルの採取もできなかった。専門家があの場にいなかったことでトランプ大統領はとても失望したことだろう。
核施設閉鎖作業完了発表の2時間後、トランプ大統領は会談の中止を発表した。しかし翌日、トランプ大統領はツイッターで“予定通りシンガポールで会談を開催する可能性がある”とつぶやいた。米朝の間で水面下の協議が行われている。
40年以上もの間、米国政府の一員として北朝鮮との交渉に携わってきた韓国系米国人で朝鮮語、英語、日本語も堪能な米国政府の対北朝鮮アドバイザー・ヤンCキムは、北朝鮮最高指導部のキムヨンナムと太いパイプを持ち、北朝鮮の中枢を熟知する人物だ。
〇対北朝鮮アドバイザー・ヤンCキム
北朝鮮は(米国側からの米朝首脳会談中止の申し出に)びっくりしたのではないか。だからすぐに新しい発言を始めて、いつでも米国側と対話する用意があるということを言った。トランプ大統領しか今まで交渉に応じてくれた人はいない。ああいう大統領がいる間に会談をやって国交正常化までやって、そういう目的まで達成したいという思惑もある。
長年、交渉に携わってきたヤンはキムヨンナムからいつも米国と北朝鮮の国交正常化をもちかけられていたという。
〇対北朝鮮アドバイザー・ヤンCキム
彼は自分の代表団がいない時に僕1人にだけ中国・ロシアなどからどんなに北朝鮮が圧迫を受け、内政干渉を受けたり、様々な面で非常に苦しんできたかということを話した。
3つの大国(米中ロ)への不信感や国際社会からの孤立から抜け出すために、北朝鮮がとった戦略は米国との国交正常化だった。
〇対北朝鮮アドバイザー・ヤンCキム
われわれは米国との関係を改善し、米国と連携して周辺大国をけん制したい。米国も戦略的構想をしてほしいという話を僕は何度も聞いている。
北朝鮮は対話に持ち込もうと瀬戸際外交を長年続けてきた。去年、ICBMの完成が間近に迫り、緊張を極限まで高めることにつながった。
〇対北朝鮮アドバイザー・ヤンCキム
北朝鮮も米国も本当は対話をしたい。北朝鮮は米国の制裁や国際的圧力に屈して米国に対話をしますというポジションは絶対に見せたくない。
米朝の対話のきっかけを作ったのは韓国・文在寅政権だった。南北の対話が実現したことで史上初の米朝首脳会談への道筋がついた。
〇対北朝鮮アドバイザー・ヤンCキム
北朝鮮としてもトランプ大統領に本当に会って「どこまで我々の前提条件を聞く用意があるのか」ということを確認したい。今はお互い探り合いの側面がある。
米国と北朝鮮は首脳会談でそれぞれの目標を達成しようとしている。米国は1年から2年以内の短期間で、核兵器の解体や国外への搬出、核関連施設の廃棄など完全な非核化を要求している。こうした非核化を完了した後に北朝鮮への制裁を解除し、体制保証、平和協定の締結を行うとしている。
北朝鮮は朝鮮半島の非核化ということで韓国への米軍の核兵器を持ち込まないことも要求している。北朝鮮側は体制保証を前提とし、非核化は時間をかけて段階的に進め、見返りとして制裁緩和・経済援助などを行うことが必要だとしている。また年内の朝鮮戦争の終結を要求している。
〇明海大学准教授・小谷哲男
ハードルは非常に高い。目に見える前進がないとだめだろう。
〇南山大学教授・平岩俊司
北朝鮮からすると米国は信用できないというのが前提にあるので、非核化を段階的に進めたい。
北朝鮮の非核化が本当に履行されるのかについては、米朝の根本的な立場の違いが埋まらないまま首脳会談に突入していく可能性は排除できない。ホワイトハウスでも北朝鮮が非核化を本当に履行するのかについては懐疑的な見方が根強い。このまま開催されても真の成果がないままに、記念写真を撮影するためだけの壮大な外交のリアリティショーになってしまう可能性もある。トランプ大統領がこうした懸念の声に耳を傾け、再び延期や中止を表明する可能性も依然として残っており、直前まで目を離すことはできない状況が続く。
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5/21 「日本の諜報・スクープ・最高機密ファイル」
今回、NHKスペシャルは米国の諜報機関、NSA(国家安全保障局)の最高機密ファイルを入手した。そこからは、これまで秘密のベールに包まれてきた日本の諜報活動の一端が見えてきた。日本の諜報活動、その知られざる実態に迫る。
NHKのカメラの前で米国諜報機関の元幹部がインターネットを経由して大量の情報を収集するネット諜報の手法の一端を明かしてくれた。NSAは特定のスマートフォンに遠隔操作アプリを秘密で仕込んでいるという。...
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今回、NHKスペシャルは米国の諜報機関、NSA(国家安全保障局)の最高機密ファイルを入手した。そこからは、これまで秘密のベールに包まれてきた日本の諜報活動の一端が見えてきた。日本の諜報活動、その知られざる実態に迫る。
NHKのカメラの前で米国諜報機関の元幹部がインターネットを経由して大量の情報を収集するネット諜報の手法の一端を明かしてくれた。NSAは特定のスマートフォンに遠隔操作アプリを秘密で仕込んでいるという。あるスマートフォンのスイッチがオフになっているように見えても、実はパソコンからそのスマホの遠隔操作ができるようになっている。そのスマホのカメラでその場所の映像を見たり、音声も聞くことができる。スマホだけではなくインターネットにつながったパソコンから個人情報が簡単に抜き取ることもできる。米国・CIAや英国・MI6、イスラエル・モサド、中国国家安全部、英国・GCHQなどに代表される諜報機関は国の安全保障などを目的に大量に情報を収集しているという。今、そうした諜報機関はインターネット空間へと活動の場を拡大し人々の行動すべてを把握しているという。
今回、NHKはNSA(国家安全保障局)の最高機関ファイルを入手した。その中には活動の実態がほとんど知られていないDFSという組織の名前が繰り返し登場してくる。これは日本の諜報機関で防衛省現役職員でさえこの組織が何をやっている組織なのか知らないという。ファイルからは日本が参加した世界規模の諜報作戦・クロスヘア作戦や秘密裏に開発したネット諜報システムに関する記述が見つかった。
米国では存在しない組織とも呼ばれるNSA・国家安全保障局。電波や通信の傍受を担う諜報機関で取材や施設内での撮影は厳しく制限されている。今回、NHKはNSAの最高機密ファイルを入手することができた。調査報道専門のネットメディア・ジインターセプトのライアンギャラガー記者は「この機密ファイルはこれまで全く知られていなかった日本の諜報活動の実態を歴史上初めて明かす貴重なものだ」とコメントした。2013年NSAの分析官だったエドワードスノーデンが大量の最高機密ファイルを外部に持ち出したが、今回入手したのはその中で日本の諜報活動について記した未公開のファイルで、ほとんどがトップシークレットだ。
これまで歴史の表舞台に出ることがほとんどなかった日本の諜報機関は、戦後の大韓航空機007便撃墜事件(1983年)で日本の諜報機関が傍受した音声が発表され、その存在が知られるところとなった。当時米国から韓国に向かっていた大韓航空機が予定のルートを外れソビエトの領空に侵入、飛行機はサハリン沖で撃墜され日本人28人を含む269人が犠牲になった事件だ。当初、ソビエト軍による関与が疑われたが、ソビエト連邦・グロムイコ外相(当時)は「米国が韓国の航空機事件を故意に利用し、国際情勢を悪化させようとしている」と演説し、米国の陰謀だと強く否定した。しかしジャパンファイルによれば、この事態を打開したのが日本の通信傍受機関で、事件当時北海道稚内にあった防衛庁の通信傍受施設でソビエトの戦闘機と地上との交信を傍受していたという。通常、軍事上の交信は傍受されないよう頻繁に周波数が変えられるが、稚内の傍受部隊はソビエト軍の秘密の交信チャンネルを探し当てていた。当時のレーガン大統領は「日本がソ連機の交信を傍受しテープに取っていた、その録音を聞かせよう。これを明日安保理に提出する」と爆弾発言を行った。1983年日本の諜報機関が密かに傍受していた音声は国連の安全保障理事会で公表され、ソビエトは「目標撃墜」という音声の動かぬ証拠を突きつけられた。
NSAのジャパンファイルからは全く異なる事件の構図が見えてくる。実はテープは2種類存在していたが、米国は1つだけを国連安保理に提出したのだという。米国も独自にソビエト軍の交信を傍受し記録していたのだ。元NSAの分析官・カークウィービーは当時大韓航空機撃墜事件の諜報活動に携わっていた。日本側からテープを受け取ったウィービーは「レーガン大統領は私たちに対し大韓航空機を撃墜したソビエトのパイロットの音声テープを国連の安全保障理事会に提出するように命令したが、NSAは最高機密の通常傍受記録を公表することはない」と語った。通常、諜報の世界では誰がどうやって傍受したかを隠すため音声データをそのまま公表することはないが、米国はソビエトに撃墜の事実を認めさせるため、日本側の傍受音声だけを提出したのだという。
大韓航空機撃墜事件以降歴史の表舞台から再び姿を消した日本の諜報機関だが、ジャパンファイルの中にはDFSの名前で繰り返し登場していた。DFSはNSAの日本における重要なパートナーで、その関係は50年以上に渡ると記されている。防衛省の現役職員によるとDFSは電波部を指すという。組織図すら明らかにされておらず、所属している自衛隊の隊員や職員には厳しい守秘義務が課せられている。ジャパンファイルには電波部と深い関係を持つ組織として内閣情報調査室(CIRO)も頻繁に登場する。
様々な組織からの情報を集約する内閣情報調査室。国内外の治安や国際情勢に関わる情報を扱う公安調査庁や外務省、それに対して電波部が所属する防衛省は安全保障上必要な情報を収集している。1990年代半ばまで電波部の前身組織に所属していた元隊員・陸上幕僚監部第二部調査別室元職員・宮田敦司は主に北朝鮮の軍事情報などを分析し、「軍事訓練の傍受記録などから対象国の能力や異変を報告書にまとめていた」「無線をヘッドフォンで聞き、収集した電波情報を処理する仕事をしていた」と語った。電波部の傍受拠点は全国に6か所にあるが、大韓航空機撃墜事件で重要な役割を果たしたのは北海道稚内にある諜報施設だった。こうして日本が得た情報は米国・NSAにも渡っていたという。日本は持っている情報を全部出しているのに対し、米国は選んだものだけを日本に渡す形になっているという。NSAの機密ファイルによると米国が持つ機密情報はファイブアイズと呼ばれる英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど第二次世界大戦の戦勝国で英語圏の国々と共有されている。日本はその下のサードパーティに位置付けられており米国からの情報は限定されている。
日本が独立を回復した1952年に内閣情報調査室にあたる組織が設立された際の極秘資料には、米国政府関係者のものとみられる意見書が残されていた。ここには「現在の情勢下で鍵となるのは政府の統制下にある諜報機関の設置である」と記され、日本政府に対し新たな諜報機関の必要性を強く説いていた。日本側はCIAなど海外の諜報機関の組織を研究し、政府が表に出ることなくメディアなどを使って世論を誘導する方法などを探っていた。内閣官房内閣調査室元主幹・志垣民郎は「当時冷戦の最中にあった米国は内調に対し共産主義の防波堤としての役割を期待していた。内調の見本はCIAだった」と語った。日本の諜報の戦後史は米国の強い影響の下で始まっていったのだ。
1990年代から2000年代にかけてのアルカイダ攻撃、イラク戦争。不朽の自由作戦などでもDFSが米軍の諜報活動を支えていた実態が浮かび上がってきた。横田基地で通信傍受の機器を製造するための巨大な工場を新たに建設し、その費用を日本が負担したとも記されている。更にその施設で作られた通信傍受の機器がアフガニスタンにおけるアルカイダ攻撃などの米軍の戦闘で威力を発揮したという。さらにイラクなど他の戦闘地でも使う予定だとされていた。日本は毎年思いやり予算を米軍に提供していたが、その一部が米国の諜報能力を高めるために使われていた。さらにジャパンファイルからは米軍も一切明かしたことがないクロスヘア作戦に日本が参加していたという記述もあった。1990年~2000年代にかけて米国が展開していたとみられるこの作戦は、米国がファイブアイズの国々とともに世界中に通信傍受の拠点を設け、地球規模の諜報網を構築する計画だ。しかし、軍事費削減によってクロスヘア作戦の傍受拠点25施設を閉鎖しなければならない事態となったという。
米国が軍事行動に踏み切った際、憲法9条の枠内で日米同盟を維持してきた日本はあくまで後方支援に徹し、直接武力行使することはなかった。日本が、もし諜報活動を通じて戦争に関わっていた場合には問題はないのか。中央大学・宮下紘准教授は「情報と戦争の関係は法律としても整備されてきたわけではない、仮に日本が何らかの形で傍受した情報が直接戦争に結び付いたという事実があるのであれば、日本国憲法のもと武力の行使に当たるのかどうなのか、こういったところは議論を詰めていく必要がある」と語った。
諜報と戦争の関係の危うさを歴史に刻んだ事件がある。2003年に始まったイラク戦争の直前、英国・GCHQにNSAから一通のメールが届いた。このメールは賛否を決めかねていたカメルーンやパキスタンなどの国々の政府関係の個人情報を探るよう要請するものだった。GCHQ元職員・キャサリンガンによるとNSAはそうした国々の弱みを握ることで戦争へと国際世論を誘導しようとしていたのだという。NSAの諜報の実態を暴露したキャサリンガンは機密漏えいの疑いで逮捕され、無罪になったもののGCHQを解雇された。結局米国は同盟国を巻き込む戦争へと突き進んだ。死者は12万超となった。NSAは友好国でさえスパイするという。
ジャパンファイルから2012年以降日本の諜報が新たな段階に入っていたことを示す記述が見つかった。日本の防衛省電波部がNSAにプレゼンするために作ったとみられる資料のタイトルには「電波部通信傍受のサイバー化」とある。ネット諜報が広がったきっかけは2001年9月の米国同時多発テロ。市民に紛れ国境をまたいで活動するテロリストたちとの戦いは諜報活動の姿を一変させた。NSAはインターネットに目を付けた。大量情報収集システムとみられるコードネーム・マラードで日本は民間の通信衛星からアジア某国の情報を収集を担った。
世界各地で通信傍受の実態を調査しているノーチラス研究所・リチャードタンター博士がジャパンファイルの中で注目したのは福岡の太刀洗通信所で、ここに5つの小型アンテナを増設する計画があると記されていたことだった。2012年には6基だった大きなドームが、現在は南側の小型ドーム5基が新設され合計11基に増えている。リチャードタンター博士によれば5つのアンテナで通信衛星を傍受している可能性が高いという。
マラードが稼働を始めたとされるその頃、金正恩体制に移行した北朝鮮がミサイルを次々に発射し中国当局の船が領海侵入を繰り返し東アジアの情勢は厳しさを増していた。ジャパンファイルにはマラードはNSAと電波部の共同衛星傍受システムであると記載されていた。リチャードタンター博士は「これまで諜報の世界でサードパーティだった日本はファイブアイズに一歩近づいたように見える」と語った。NSA元技術高官・ウイリアムビニーは「集めようと思えば衛星を介する通信はなんでも収集できる。国家や組織、ハッカーなどあらゆる情報の中には一般市民のものも含まれている」とコメント。専門家の分析では太刀洗通信所にある11基のアンテナで傍受できる通信衛星の数は約200基。その中には日本の国内で使われている無線インターネットのやり取りも含まれている。
プライバシー侵害の実態を知ったのは2013年の元NSA分析官のエドワードスノーデンの告発がきっかけだった。全てを収集するという方針を掲げたNSAだったが、スノーデンはネット諜報が乱用されている実態を目の当たりにした。その中には日本を含む世界中の一般市民の情報も含まれていた。NSAはネット上のわずかな手がかりから個人情報を引き出すことができる仕組みも作っていた。
ジャパンファイルが表に出るきっかけを作ったエドワードスノーデンは亡命先のロシアでインタビューに応じた。米国政府から指名手配中のスノーデンは日本がネット諜報に乗り出したとされる直前まで横田基地で諜報活動に当たっていたという。スノーデンは「マラードは1時間で50万件もの通信を収集しているが、サイバーセキュリティ上の脅威となるメールは1件だけだった。残りの49万9999件についてはどう考えればいいのか。彼らが何を収集し何を収集しないかは私たちにはわからない」とコメントした。NHKは防衛省にネット諜報の事実関係について確認したが、防衛省や自衛隊による情報収集活動は一般市民の情報収集をしているものでは全くないとの回答が返ってきた。
今や私たちの生活に欠かせない存在となったインターネットやSNS、スマートフォンでの通話やメール、画像などのやり取り。私たちの個人情報はその空間を漂い続けている。そうした時代を背景に急拡大する国家によるネット諜報。米国大統領選挙ではロシアがネットを通じて選挙に介入した疑惑も浮かんでいる。今年2月には中国製のスマートフォンに仕込まれたアプリによって個人情報を抜き取られる可能性があると米国側が警告。これに中国側が否定するなど激しい応酬を繰り広げている。NSAの最高機密ファイルに記されていたマラード。ジャパンファイルには将来にわたり諜報能力の更なる強化を目指すと記されていた。国民の知らないところでネット諜報が肥大化し続けている。
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5/12 「仮想通貨ウォーズ・盗まれた“580億円”を追え!」
580億円にも相当する仮想通貨が交換会社コインチェックから流出した事件。カネは一体どこに消えたのか、犯人は誰なのかNHKが総力取材を行った。
FBI・ローンワイナー特別捜査官は「仮想通貨が犯罪組織の資金源になるケースが急増している」「今、世界のあらゆる犯罪組織が今仮想通貨を狙っていると言っても過言ではない」と警鐘を鳴らしている。犯人を追っているホワイトハッカーのリーダー・河崎純真は10代でITベンチャーを設立し、ネット上で仮想通貨のありかを特定するスペシャリストだ。...
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580億円にも相当する仮想通貨が交換会社コインチェックから流出した事件。カネは一体どこに消えたのか、犯人は誰なのかNHKが総力取材を行った。
FBI・ローンワイナー特別捜査官は「仮想通貨が犯罪組織の資金源になるケースが急増している」「今、世界のあらゆる犯罪組織が今仮想通貨を狙っていると言っても過言ではない」と警鐘を鳴らしている。犯人を追っているホワイトハッカーのリーダー・河崎純真は10代でITベンチャーを設立し、ネット上で仮想通貨のありかを特定するスペシャリストだ。
仮想通貨は2009年に誕生したビットコインをはじめとし、Litecoin、Ethereum、Monacoin、NEMなど今や世界に1500種類以上存在する。今年1月、偽装メールで交換会社・コインチェックのパソコンがウイルスに感染した。犯人はパスワードを盗み、客が預けていたNEM580億円相当の金を奪った。
被害者は26万人に上り、警察は捜査を開始した。NEM財団もネット上で監視を始めた。これとは別に、ホワイトハッカー・河崎達は無償で犯人を追い始めた。まず注目したのが仮想通貨のアドレスだ。追跡チームの一員である小副川健がNEMスネークというプログラムを作り、河崎がこのプログラムを公開し、世界中のホワイトハッカーに協力を呼びかけた。河崎によれば犯行は5分程度の間に行われたのだという。
犯人は盗んだNEMを無数のアドレスに拡散し始めた。実は河崎は発達障害がある人にプログラムの技術を教える会社を経営している。仮想通貨は従来の通貨と異なり、特定の管理者はいないのが特徴だ。去年、ビットコインの価格は最高13倍、NEMは最高300倍に高騰するバブルが起きた。ハッキングなどの犯罪も相次ぎ、香港で75億円、韓国で90億円、イタリアで200億円が奪われる事件も起きている。そして日本で今年、史上最大の580億円が奪われた。
インド系グローバル企業のITコンサルタント・清水勇介も追跡に参加してくれた。清水が開発したのはNEMの動きを可視化するプログラムだ。仮想通貨の取引所は日本だけでコインチェックなど30社、世界には200社以上存在する。仮想通貨を現金化する際は、本人確認が必要。取引所での換金の可能性も最初に浮上したが、換金額はわずか数千円だった。少額だと本人確認の必要がないのだ。河崎は「仮想通貨によって平等かつ公正な世界を実現できる。我々が犯人を追跡するモチベーションは仮想通貨を誤解されないようにするためだ」と語った。
追跡チームに、匿名で活動するホワイトハッカー・Cheenaも参加した。Cheenaは海賊版漫画サイト「漫画村」の運営者も特定した。CheenaはNEMのメッセージ機能に注目した。記載されているサイトはダークウェブにあることを示していた。ネット世界の闇の領域・ダークウェブは、米軍が開発に関わったとされ、複数のコンピューターを経由しているため、発信源の特定は不可能だ。近年は武器や麻薬、個人情報の売買といった闇取引の温床となっている。犯人はダークウェブで自ら交換所を立ち上げていた。
NEM財団は、盗まれたNEMの取り引きに応じないよう、世界の交換所に呼びかけた。コインチェックによる通信記録の解析で、犯人は半年余り前からSNSなどを通じてコインチェックの特定の技術者に狙いをつけ、偽名で交流を重ねていた。オーストラリア政府・元上級分析官・ロバートポッターは今回の犯行について組織化されたグループの仕業とみている。ブラジルや南アフリカを拠点とする臓器売買の闇ネットワークが犯行を行ったとの情報がダークウェブの掲示板に載った。ロバートポッターは「最初に580億円を奪った手口とその後、資金洗浄した手口は同一犯には見えない。この2つはまったく異なる技術であり、別々の組織が行ったか、同じ組織でも違う人物が行った可能性がある」と述べた。
追跡を初めてから2か月。突如、NEM財団が追跡をやめると発表した。世界の交換所は一斉に盗まれたNEMの受け入れを再開した。犯人による資金洗浄は完了してしまった。事件後、NEMの取引価格は3分の1に落ち込んだ。Cheenaが犯人が立ち上げた交換所のサイトを開くと、北朝鮮の金正恩委員長の写真とThank you!!という言葉が掲載されていた。河崎は4年前のマウントゴックスから500億円が失われた事件の犯人を特定したチームのメンバー・ウィズセック・キムニルソンに会った。キムニルソンが「どんな犯人でも必ず間違いを犯すはずだ」と述べた。
Cheenaは交換に応じた人から犯人のアドレスを入手すれば追跡を続けられるのではないかと考え、ツイッターで交換に応じた人を特定し、アドレスを手に入れた。交換に応じた人はホワイトハッカーの追跡に協力するために動いていたという。Cheenaはビットコインの解析を手がける米国の会社に、犯人のアドレスをたどってほしいと依頼し、20億円のビットコインが集まるアドレスが4つ見つかった。更に米国の大手交換会社で巨額の取引きが行われていることが分り、その情報はFBIに伝えられた。事件から3カ月。コインチェックは顧客の損失を補償した後、証券会社の傘下に入り、事業を再開した。国際社会は仮想通貨の規制強化に動き始めた。
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