【あの一言】
なぜ“異端児”のトルコがNATOに?
番組アナウンサー NATO(北大西洋条約機構)は、1947年に米国や英国など12か国で構成された。その3年後の1952年に、トルコとギリシャがNATOに追加加盟された。この背景には1939年にソ連がボスポラス海峡の共同管理をソ連にも譲れと要求し、そこから数年間トルコ海峡危機と呼ばれるほどソ連の攻勢が強まったことがある。その間1946年には、ユーゴスラビアが共産化し、1947年にはルーマニアが共産化。1948年には、チェコスロバキアが共産化した。1950年にはブルガリアが米国と外交断絶するなど、共産圏がどんどん拡大していた。
2022/06/13 BS-TBS[報道1930]
二松学舎大学准教授・合六強 ソ連が戦前、第二次大戦末期から戦後直後にかけて、ボスポラス海峡とダーダルネス海峡の管轄権について自分達にもかませろという要求をしてきたことに加えて、1920年代にソ連・スターリン政権がトルコに譲り渡したアルメニアとトルコの国境沿いの地域の領土返還の要求をしてきたことが大きい。これによりトルコは直接的な脅威を受けていたと、同時に周辺国の共産化が進み、対岸のギリシャでは内戦が起きていた中でトルコとしてはNATOとの同盟を必然的に求めた。トルコが1950年に朝鮮戦争で大きな貢献をしたということも米国などに評価された。トルコとしてはソ連側から地上部隊がやってくることを常に恐れていたからこそ、米国の核弾頭をトルコに配備してほしいということを常に米国に嘆願していた。
2022/06/13 BS-TBS[報道1930]
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