菅義偉首相(72歳)は昨年10月、2050年までにカーボンニュートラル(注1後記)を達成して脱炭素社会を目指すとぶち上げた。その一環で、エネルギー産業界がこれまで長らく推進してきた、海外の石炭生産プロジェクトへの投資や新規石炭火力発電所建設計画を取り止める方針を打ち出している。しかし、既にコミットしている国内、及び一部途上国での新規石炭火力発電所建設計画は予定どおり進める意向との姿勢について、米メディアが批判している。
5月3日付
『パワー・マガジン』(1896年創刊の電力関連専門月刊誌):「日本、石炭関連事業からの撤退を標榜するも、コミット済みの新規石炭火力発電所建設は推進」
日本の金融機関やエネルギー産業は、政府の“揺るぎない脱炭素達成計画”に沿って、長らく推進してきた海外の石炭関連事業から撤退するとの方針を示しつつある。
これまで日本は、途上国の脆弱な経済力を支援するとの弁明で、官民挙げて海外石炭火力発電所建設を推進してきた。
そして特に、政府系金融機関である国際協力銀行(JBIC、1999年設立、前身の日本輸出入銀行は1950年発足)が日本のエネルギー関連企業に対して、海外向けの新規石炭火力発電所建設プロジェクト推進のために融資してきたことについて、批判が集まっていた。
ところが、パリ協定(注2後記)を契機に、世界でカーボンニュートラル実現に向けた取り組みが活発となり、米非営利法人エネルギー・エコノミクス&フィナンシャル・アナリシス研究所によると、世界130社余りの銀行・保険会社が、石炭関連事業への投融資に厳しい制限を付けることを決定しているという。
かかる背景もあって、菅義偉首相が昨年10月、2050年までにカーボンニュートラル達成を目標とすると表明している。
更に、小泉進次郎環境相(40歳)も今年初め、“官民挙げて一致協力し、脱炭素社会実現に向けての日本の揺るぎない決意を国際社会に訴えていく”と強調している。
この流れに沿って、次のような主たるエネルギー関連企業が、大きな方針転換について明らかにしている。
●三菱商事(1918年設立):今年2月、ベトナムで推進中のビンタン3新規石炭火力発電所(総工費20億ドル、約2,160億円)建設プロジェクトからの撤退を決定。
●伊藤忠商事(1949年設立):今年初め、火力発電用燃料炭の海外生産事業の持ち株全てを2024年半ばまでに売却すると発表。また、2月下旬、世界最大の産業ガスメーカーのエア・リキード(1902年創業のフランス法人)と、水素バリューチェーン構築(製造・販売・物流・技術開発・企業インフラ等)で提携することで合意。
●三井物産(1947年設立):インドネシアの独立法人パイトン・エナジー(1994年設立、石炭火力発電所操業)の保有株式を売却する意向であると発表。
●双日(旧ニチメンと旧日商岩井が2003年に合併して設立):今年3月初め、“2050年までの長期持続化計画”の下、“脱炭素社会実現のための会社方針転換”決定と発表。これに基づき、海外で保有する燃料炭・原料炭・石油生産事業に関わる権益を2025年までに半減させ、2030年までに完全撤退すると表明。
●JBIC:今年3月、海外における石炭火力発電所建設プロジェクトへの融資を取り止めると発表。
しかしながら、政府資料によると、日本国内では、2023年までに21基の新設石炭火力発電所建設プロジェクトが推進中で、取り止めとなる予定はないという。
例えば、電源開発(Jパワー、1952年設立)は昨秋、1985年以前に建造された旧式石炭火力発電所(全石炭火力の40%相当)を取り壊すと発表したが、電源確保のためとして、既に2基の新規石炭火力発電所を立ち上げているばかりか、更に追加の石炭火力発電ユニット建設計画を進めている。
また、先に触れた三菱商事も、既にコミット済みのベトナム・ブンアン2新規石炭火力発電所(総工費17億ドル、約1,840億円)建設プロジェクトは、このまま推進するとしている。
そして、JBICの前田匡史総裁(63歳)も今年3月、上記プロジェクトへの融資(2020年12月決裁)は予定どおり実行するとしている。
(注1)カーボンニュートラル:排出される二酸化炭素などの温室効果ガスと、植林などで吸収される温室効果ガスの量が同じであること、またその状態。カーボンニュートラルを実現するには、排出分を植林などで直接吸収するほか、排出枠を購入したり、温室効果ガスの吸収・削減量の証明書(クレジット)を購入して排出分を相殺する手法がある。
(注2)パリ協定:第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)が開催されたパリにて2015年12月に採択された、気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定。
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