6月17日付
『タイム』誌(1923年創刊の世界初のニュース雑誌)は、「日韓首脳、NATO首脳会議出席で世界の緊張悪化懸念」と題して、日韓首脳が初めて出席することで、ウクライナ問題を契機に東アジアにおける中ロ対西側諸国の緊張度増大に繋がる恐れがあると報じている。
ウクライナ戦争において、同国東部・南部での戦闘が泥沼化している。
そうした中、日韓首脳が今月末にスペインで開催されるNATO首脳会議に初めて出席することとなった。
これは、武力を振りかざしているロシアと、これを支援する覇権主義の中国に対して、日韓の背後にいる西側諸国による結束がいよいよ東アジアにまで及ぶ可能性を示す。
岸田文雄首相は6月15日、6月28~30日にマドリードで開催されるNATO首脳会議に日本の首相として初めて出席すると表明した。
韓国の尹錫悦新大統領(ユン・ソギョル、61歳)もこの少し前、同様に初めてオブザーバーとして参加することを決定していた。
日本は、ロシアと長い間領土問題で対立してきており、韓国も、対立する北朝鮮をロシアが支援していることから朝鮮半島の安全保障問題でロシアと関わっている。
同首相は今回の決定に関して、欧州とアジアにおける共通の安全保障問題を中心に協議したいとし、“主要7ヵ国(G-7)の唯一のアジアメンバー国として、日本の外交力が試される”と表明した。
ウラジーミル・プーチン大統領(69歳)にとって、ウクライナ侵攻を契機に、中立国だったフィンランド・スウェーデン両国をNATO加盟に突き動かし、また、NATO創設期メンバー国ながら国防面で消極的であったデンマークも欧州内での共同防衛に委ねることを決定せしめたことは、地政学的な打撃となっている。
そうした中、日韓両首脳のNATO首脳会議出席は、ロシアのウクライナ侵攻を是認している中国にとっても、好ましい事態ではない。
早稲田大学(1920年設置)の中林美恵子教授(61歳、2009~2012年衆議院議員)は、岸田首相のNATO会議出席は、公式に依然平和憲法を有する日本にとって“転換点”となるとする。
何故なら、“多くの日本国民がウクライナ戦争を通じて、世界が大きく変わっているのに日本が余りに脆弱だと気付いた”とし、“米国の主導的地位が大きく後退していることを目の当たりにして、米国のみに頼っていては、安全保障は安泰ではないことが身に染みたからだ”という。
6月上旬にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ対話、注1後記)において、ロイド・オースティン国防長官(68歳)は6月11日、“我々は冷戦を行うつもりはないし、アジア版NATOの創設はもとより、地域における国家間の敵対構造を望んでいない”と強調した。
しかし、批評家の多くは、NATOは欧州外まで勢力を拡大しようとしてリスクを冒しているとコメントしている。
一方、岸田首相自身、直近では安全保障問題に関して精力的に対応してきている。
5月下旬には、日本で開催されたクワッド会議(注2後記)を通じて、米国・豪州・インドとの連携を強化しただけでなく、シャングリラ対話においては、“私自身、ウクライナ問題を深刻に捉え、近い将来の東アジアにおける安全保障問題となる覚悟を持っている”と発言する程である。
岸田首相は、タカ派と言われる安倍晋三元首相に比べてハト派とみられているが、国防に関してはより明確な方針を打ち出していて、NATO加盟国に倣って、国防費を国内総生産(GDP)の2%まで引き上げる決定をしている、
これに対して韓国は、韓国政府による「新北方政策」とロシアによる「東方転換政策」に基づく経済連携によって、これまで一貫してロシアとは堅牢な関係を築いてきていた。
韓国は、2014年発生のロシアによるクリミア半島併合に伴う対ロシア制裁についても、独自制裁を発令することはなかった。
しかし、今回のNATO会議への出席によって、韓ロ間の関係にひびが入る恐れがある。
なお、韓国の情報機関は既に、NATOの対サイバー攻撃防衛部隊に参加している。
ワシントン本拠のシンクタンク、国防優先財団アジア研究部門のライル・ゴールドスタイン主任は、“もし韓国がロシア関係を断ち切る思いで行動しているとしたら、ロシアによる対北朝鮮支援が更に強化されることとなり、朝鮮半島の安全保障問題に悪影響を及ぼしかねない”とコメントした。
同主任は更に、“(この結果によって)北朝鮮は間違いなく、ウクライナ戦争で大きな利益を受けることになるはずだ”とも言及している。
一方、中国人民解放軍の元上級大佐で、清華大学(1911年設立の国立大学)国際安全保障戦略研究センターの周波上級研究員(チョウ・ボー)は、日本と韓国代表がNATO会議に出席するのは、中国を目の敵にしているためだと中国政府は認識している、と述べた。
従って、“NATOを主導しているのは米国である以上、(日韓両国をNATO会議に参加させたことは)米国が、中国の脅威はロシアより深刻だと決断したからであって、NATOの力で以て中国を押さえつけようと考えたものとみられる”と付言している。
また、ゴールドスタイン主任も、日韓両国がNATO会議に出席することは、彼ら自身が安全保障問題をこれまで以上に深刻に捉えたからであろうが、注意すべきは、このことによって中国を追い詰める結果にならないかということである。
すなわち、同主任は、そもそもロシアがウクライナ侵攻を決断したのは、NATOの東方拡大を阻止するためだとされているが、“(これと同様に)最悪のシナリオが、これまでアジアの安全保障体制に関わろうとしてきた中国が、日韓及びNATOの動静に激怒して、アジア安全保障体制をぶち壊しにかかってしまいかねない、ということだ”と分析している。
(注1)シャングリラ対話:安全保障問題等を研究するシンクタンク、国際戦略研究所(IISS、1958年設立、本部ロンドン)が主催。2002年から年1回のペースで開かれていて、アジア・太平洋地域を中心に各国の国防、安全保障の担当閣僚らが顔をそろえる。シャングリラホテル・シンガポールが会場なので、そう呼ばれている。政府間の公式な会議では自由な議論が難しいケースもあるため、外交・安保の専門家やビジネス界のリーダー等も交えて率直な意見をぶつけあう場を民間が設け、地域の信頼関係を築くことに役立ててもらおうという狙いがある。
(注2)クワッド会議:2006年に当時の安倍晋三首相が、環太平洋における日本・米国・豪州・インドの四ヵ国の戦略対話を提言。第2次以降の安倍政権で2017年に局長級会合、2019年に外相会談を開き、2021年3月に初めてオンライン形式での首脳協議が実現。同年9月、バイデン政権の呼び掛けで初の対面による四ヵ国首脳対話を実現し、以降毎年の開催について合意。対中国牽制に重心を移すバイデン政権は、クワッドに中核的ない役割を求めている。
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