14歳で難民としてイタリアにやってきた青年ムサ・ジュワラは、わずか4年後にイタリアセリエAのサッカー選手の座を勝ち取り、今月5日にプロ初ゴールを決めた。欧州メディアは、イタリアサッカー界の新星の壮絶な生い立ちと、そのシンデレラストーリーを報じている。
『フランス アンテール』や
『BFMTV』によると、今シーズン、イタリアセリエAに属するボローニャFCでは、その新人ストライカーである18歳のムサ・ジュワラ選手が、7月5日にインテルミラノとの対戦試合でプロ選手となってからの初めてのゴールを決めた。試合終了後、ジュワラ選手はコーチ、家族、そしてこれまでの壮絶な人生で彼を助けたすべての人々に敬意を表したという。
ジュワラ選手は、2001年にガンビア共和国の貧しい家庭に生まれている。...
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『フランス アンテール』や
『BFMTV』によると、今シーズン、イタリアセリエAに属するボローニャFCでは、その新人ストライカーである18歳のムサ・ジュワラ選手が、7月5日にインテルミラノとの対戦試合でプロ選手となってからの初めてのゴールを決めた。試合終了後、ジュワラ選手はコーチ、家族、そしてこれまでの壮絶な人生で彼を助けたすべての人々に敬意を表したという。
ジュワラ選手は、2001年にガンビア共和国の貧しい家庭に生まれている。幼少期に両親を亡くし祖父によって育てられたが、ジュワラ選手は、サッカー選手になりたい一心で、旅行資金を提供してくれた兄を残して、単身で14歳の時にヨーロッパに向けて旅立った。
セネガル、マリ、ブルキナファソ、ニジェールなどとサハラ砂漠地域を一人で歩き渡り、泳ぐことは出来なかったが、500人の難民と共にリビアから船に乗ってシチリア島に上陸した。家を出てから7ヵ月後のことだった。
イタリアサッカー連盟は保護者のいない未成年者には選手としてのライセンスは与えていなかったが、ジュワラ選手の才能を見出したイタリア人の夫婦が後見人となってくれて、ライセンスを取得できるように支援してくれた。
ジュワラ選手は、ガンビアではプロのクラブでプレーしたことは一度もなかったが、1年後にはイタリアのキエーボ・ヴェローナとの契約を勝ち取ることができた。
その後ユース部門でめきめき頭角を現し、2019年にプロデビューし、昨年夏にボローニャFCに移籍した。月給3,000ユーロ(約36万円)の、キックボードに乗ってトレーニングセンターに通うジュワラ選手の生活は、セリエAのプロ選手達のものからはまだほど遠いが、その流れに乗り始めたことは間違いない。
『フランス アンフォ』によると、ガンビア代表チームのコーチであるトム・セイントフィートは、ジュワラ選手について「彼には素晴らしい将来がある。20歳未満の選手として彼は非常に才能があり、彼がガンビア人であり、私のチームでプレーできることはとても嬉しい。」 と既に代表チームメンバー候補として目を付けているという。
またジュワラ選手は夢を持つすべての若者にとって模範となる人だと、地元ボローニャの人々も感動を受けている。
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