ヒューマンエイジ・第3集・食の欲望・80億人の未来は~(6/16放送)
きょうも80億の人間が食べている。人間の食への欲求は時に切実で時に享楽的で時に暴力的だ。ある人間は安く手軽にエネルギーをとることを追い求め、油や糖に満ちた人工的な食品に依存する。膨張し続ける人間の食欲は僅か数百年で地球の陸地の4割を農地に変えてしまった。食べるための本能が無自覚に暴走している。
人間は80億人の人口を支えるために食の単一化によって食料を生み出す技術を発展させてきた。そのきっかけの一つが第二次世界大戦だった。...
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きょうも80億の人間が食べている。人間の食への欲求は時に切実で時に享楽的で時に暴力的だ。ある人間は安く手軽にエネルギーをとることを追い求め、油や糖に満ちた人工的な食品に依存する。膨張し続ける人間の食欲は僅か数百年で地球の陸地の4割を農地に変えてしまった。食べるための本能が無自覚に暴走している。
人間は80億人の人口を支えるために食の単一化によって食料を生み出す技術を発展させてきた。そのきっかけの一つが第二次世界大戦だった。
米国軍は遠くの戦地に赴くにあたり、兵士の保存食を求めていた。麦類やカカオなど、大量生産が可能な作物から効率的にエネルギーをとれる食品の開発を目指した。その象徴が「Dレーション」で、軍が食品会社と開発したチョコレートバーである。たった1本で1日に必要なエネルギーの3分の1を摂取することができる。「Dレーション」は延べ2億5000万本が生産された。
米国軍は1950年代以降、経済的にも効率のよい食品を追い求め続けた。大量生産した食品を輸送するためのレトルト加工の技術もそのひとつだ。缶詰よりも軽量で輸送の燃料費も減らせる。さらに食後のゴミ処理に手間がかからないのもメリットである。
1960年代に入ると、そうした軍の技術に民間企業がビジネスチャンスを見いだし始めた。当時、都市部を中心に世界的な人口爆発が起きていた。経済成長の中、一食完結型の食品のニーズが高まっていた。加工食品は衛生面でも安全なことから、飢餓を救う食糧支援にも利用されてきた。こうして食の単一化を前提にした加工食品が一般社会に浸透していった。
京都大学・藤原辰史は「食の単一化が食べることへの意識を大きく変えた」と主張している。それまでは比較的、中小規模の農業経営であり、身近に食が存在していた。肥料も近くで飼っている牛とか馬の糞を肥料として使っていた。
つまり、物質が自給圏の中で循環するような農業の在り方で、食べ物も比較的近くで手に入れることができた。ところが米国が機械化に成功し、化学肥料を使いどんどん生産力を上げていくだけでなく、それを世界に輸出できるようになったことがこうした食のあり方を大きく変えてしまった。
世界中で食の分業化が進んでいくと、食べ物自体がどこから来たものなのかわからなくなっていった。食の分業化が進み、生産地と消費地が離れ、食べ物への感覚が失われるということが近代という時代の特徴となった。
食の単一化によって生み出されるさまざまな加工食品の中でも特に専門家が「超加工食品」と定義しているものがある。作物を高度に精製して糖分や脂肪を添加することで保存性を高めた食品である。
スナック菓子や炭酸飲料をはじめ、カップ麺、菓子パン、シリアル、冷凍食品の一部など、現代社会にもはや欠かせないものとして浸透している食品である。東京大学・佐々木敏によれば、こうした食品が世界中の人たちの健康に大きな影響を及ぼしていることがたくさんの疫学研究で明らかになってきたという。
英国の研究では食品に占める割合がおよそ8%と42%のグループを比較したところ、糖尿病の発症リスクは1.84倍。フランスの調査では心筋梗塞の発症リスクが1.2倍となった。西ヨーロッパ10か国の調査では過体重や肥満になる確率が15%上がるという結果も出ている。
食物繊維不足、炭水化物、脂質過多が原因だ。もともと糖質や脂質は人間に欠けていたものだが、それらが手軽に得られるようになった今、逆にストッパーとなるものがなくなり、健康への被害を拡大させている。
こうした食べ物は安価で手軽に入手できるため、豊かでない人の食がこうした「超加工食品」に向かっている。例えばメキシコでは6歳から11歳の3人に1人が肥満。子どもたちが成人すると、2人に1人が糖尿病になると推計されている。
京都大学・藤原辰史は「社会の格差によって、貧しい人はこうした食品を手に取らざるをえなくなり、食の格差が起こっている」と指摘する。
食の単一化に頼って生きていく限界が地球環境だけではなく、人間自身にも見え始めている。
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追跡“紅麹サプリ”~健康ブームの死角に迫る~(6/9放送)
今年3月に発覚し社会に衝撃を与えた小林製薬の紅麹サプリの問題。5人の死亡が報告されることとなった。紅麹原料の製造設備から青かびが検出されるなど、原因究明は今も続いている。今回、NHK取材班が関係者への独自取材や専門家と行った検証から、サプリメント(サプリ)が食品であるがゆえに生まれる安全性の死角が浮かびあがってきた。
薬局などで手軽に入手できるサプリは病気を治す薬ではなく、分類上は食品である。...
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今年3月に発覚し社会に衝撃を与えた小林製薬の紅麹サプリの問題。5人の死亡が報告されることとなった。紅麹原料の製造設備から青かびが検出されるなど、原因究明は今も続いている。今回、NHK取材班が関係者への独自取材や専門家と行った検証から、サプリメント(サプリ)が食品であるがゆえに生まれる安全性の死角が浮かびあがってきた。
薬局などで手軽に入手できるサプリは病気を治す薬ではなく、分類上は食品である。今回問題となった小林製薬の紅麹サプリはサプリの中でも効果を商品に表示できる機能性表示食品と呼ばれるもので、その効果を期待して多くの人が購入したヒット商品だった。
先月、厚生労働省は紅麹原料から検出されたプベルル酸など3つの物質について最新の調査結果を発表。プベルル酸を作る青かびを紅麹原料の培養タンクの蓋などから検出。培養段階で青かびが混入したことが推定されるとした。動物実験ではプベルル酸には腎臓の細胞を壊死させる毒性があることも確認され、ほかの可能性も含めて今後も調査が続く見通し。
食品の中には一般的に多くの成分が含まれていて紅麹の培養過程でもさまざまな成分が作られる。その検査体制などについて機能性表示食品制度では厳格な基準を義務づけていない。小林製薬は検査は有効成分の量などに限られ、想定外の物質には気づくことができなかったと説明している。
今回、制度上の死角となっていたのが健康被害が疑われた場合の企業の対応で、小林製薬が最初の会見を開いたのは3月22日。健康被害について医師から初めて連絡を受けてから2か月以上がたっていて、被害拡大の要因になったと指摘されている。機能性表示食品に関するガイドラインでは健康被害については「入手した情報が不十分であったとしても速やかに報告するのが適当」としているが、義務はなく強制力もなかった。このため、小林製薬の報告が遅れた可能性がある。
今回の事態を受けて国は健康被害情報の報告義務化や違反した事業者に営業禁止や停止の措置をとることを可能にする方針を示し、制度の見直しを進めている。小林製薬が事態を公表しなかった2か月余りの間、何も知らずに紅麹サプリをのみ続けた人は少なくなく、日本大学医学部・阿部雅紀主任教授は「問題の公表に時間がかかったことで腎臓への影響がより深刻になったのではないか」と指摘している。
サプリの明確な定義というのはなく、消費者庁などの議論ではカプセルや錠剤粉末や顆粒形態の健康食品としていて、天然食品から成分を抽出したものなどとされている。成分を濃縮したものを全て指すという指摘もある。サプリを含む健康食品は国の制度で特定保健用食品「トクホ」、栄養機能食品、機能性表示食品、健康食品に分類されている。
サプリ全体で見た場合、別のリスクを指摘する声もある。国の研究班の調査ではサプリ・健康食品が原因とみられる重い肝炎の報告があることが分かっていて、急性肝不全を発症した43人のうち10人が死亡している。これは飲んだ人の体調であるとか、アレルギーなど、体質との兼ね合いも原因ではないかと考えられているが、通常の食品ではこうしたことはほとんど見られないという。調査をした医師はサプリ特有のリスクを指摘している。前提として健康被害の報告はサプリ全体では数としては多くはないが、一般的な食品よりは注意が必要。少なくとも体に異変を感じた場合は速やかに飲むのをやめるべきとしている。
2015年4月、安倍総理(当時)は「健康食品の機能性表示を解禁する。世界で一番企業が活躍しやすい国の実現、それが安倍内閣の基本方針だ」と語っていたが、アベノミクスの規制緩和をきっかけに機能性表示食品制度が始まってからの9年間で、企業からの届け出件数はおよそ25倍に拡大し、市場規模は今や6800億円を超えている。当時、既に始まっていたトクホでは国の審査が必要なため、市場に出回る商品は限られていたが、機能性表示食品では届け出さえすれば国の審査が必要なく、企業の責任で機能性の表示を行うことが可能となり食品産業の活性化が図られた。
当時、制度の設計に関わった大阪大学寄附講座・森下竜一教授は「当時は、いわゆる健康食品というのは、ある意味、会社が勝手に売っているだけなので、何が入っているかわからない。また入っている成分がどのような効果かわからない。これを消費者の方に分かりやすく伝えてもらうことによって消費者の方が自らが必要なものを買うことができるようにしようという狙いがあった」と話している。
一方で、さまざまな問題が顕在化してきていて、対策が求められているのは確かである。EUやフランスでは、サプリについてはリスクはゼロではないという前提で制度を作って安全性を担保しようとしている。サプリ大国である米国は、健康被害も多く、今サプリ教育に力を入れているという。今回の問題を契機に日本は改めてサプリのよい面だけではなく、リスクにも目を向けて安全性を守ることを、社会全体で考えていく必要がある。
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魂のピアニスト逝く~フジコヘミング・その壮絶な人生~(5/26放送)
90歳を過ぎても現役として活動し、亡くなるまでピアニストであり続けたフジコヘミングが亡くなった。
10代の頃、中耳炎をこじらせ、ピアニストにとって大切な右耳の聴力を失い、一時期無国籍者となるなど、過酷な人生を歩んできたフジコ。コンサートは世界各地で行われ、常に満員だった。
フジコの母・投網子は留学中のドイツでスウェーデン人のデザイナー・ジョスタヘミングと結婚し、1931年、フジコはベルリンで生まれた。...
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90歳を過ぎても現役として活動し、亡くなるまでピアニストであり続けたフジコヘミングが亡くなった。
10代の頃、中耳炎をこじらせ、ピアニストにとって大切な右耳の聴力を失い、一時期無国籍者となるなど、過酷な人生を歩んできたフジコ。コンサートは世界各地で行われ、常に満員だった。
フジコの母・投網子は留学中のドイツでスウェーデン人のデザイナー・ジョスタヘミングと結婚し、1931年、フジコはベルリンで生まれた。翌年、両親は乳飲み子のフジコを連れ、日本に帰国。フジコがピアノを始めたのは4歳の頃だった。1938年、フジコが6歳の時、日本での生活に行き詰まり、スウェーデンに帰国。それから投網子は一度も日本に来ることはなかった。生計を立てるため、ピアノ教師をしていたという。
フジコは1969年、大きなチャンスをつかむ。世界的な指揮者レナード・バーンスタインらの目に留まり、ウィーンでピアノリサイタルを開くことになったのである。ところがリサイタル直前に高熱を出し、それまで聞こえていた左耳にもダメージを受けてしまいコンサートは直前に中止となってしまう。
その後の40代50代フジコに大きなチャンスがめぐってくることはなかったが、
1999年、ピアニスト・フジコヘミングの人生を描いたドキュメンタリーがきっかけとなり、ブレイクすることになる。
母の奏でるショパンの演奏がピアノを始める原点となったというフジコは「天国に行ったらショパンに会ってみたい」と語るほどショパンに魅せられていた。
2022年9月、90歳になったフジコはスペインマヨルカ島への旅を決断し、ショパンと恋人のジョルジュ・サンドが過ごした修道院跡地でコンサートを開いた。その際、口にした言葉が「あとどのくらい弾けるか?」であった。
スペインマヨルカ島への旅を終えた翌年の2023年、フジコが残された時間の中で実現しておきたいと思う企画が次第に芽生えてきた。
「ラカンパネラ(鐘)」はフジコの代名詞となっている曲で、1999年67歳の時に発表したアルバム「奇蹟のカンパネラ」はクラシックとしては異例の大ヒットとなった。
フジコは言う。「私は自分のカンパネラが一番気に入っていて、他の人の弾き方が嫌い。最も技巧を凝らして作った鐘で、1つ1つに魂が入っている。ぶっ壊れそうなカンパネラだっていい。私はぶっ壊れそうな繊細なピアニスト、芸術家の方が好き。完全で機械みたいなのは嫌い」。
「ラカンパネラ」は悪魔に魂を売ったと言われるほどのバイオリンの名手だったニコロ・パガニーニが作曲したバイオリン競奏曲が原曲。その曲を元にリストが作曲した。
フジコは原曲を作ったパガニーニの生誕地、イタリアのジェノバに始まり、作曲したリストゆかりの地を訪れて、パガニーニ・リストにまつわる曲を演奏する「カンパネラコンサート」を2024年春に計画していた。
「カンパネラコンサート」で協力を求めたのは20年来の友人の英国ロイヤルオペラハウスのコンサートマスター・バイオリニスト・バスコバッシレフ。バスコバッシレフはコンサートでフジコと共演するのを楽しみにしていた。
もう一人がスロバキア国立放送交響楽団の音楽監督を長年にわたり務めたマリオコシック。彼は最もフジコが信頼を寄せる指揮者であった。
旅とコンサートの予定は2024年の春だったが、叶わぬ夢となった。2023年11月、フジコは昨年に自宅階段から転落、腰椎骨折と脊髄損傷の大けがを負った。ガンの緊急手術も受け、下半身麻痺に加え腕や指も動かず痛みが続く中、復活しようと懸命にリハビリを続け、電子ピアノを病室に持ち込むなどして練習も続けていた。
残念ながら病状の改善はみられず、気持ちが揺れ動いていたフジコは医師の勧めもあり、リハビリを兼ねて病院の1階にあるピアノの前へ進んでいった。幼いころから親しんでいたモーツアルトのピアノソナタを弾き、自らピアノのふたを閉じた。この日がフジコがピアノに触れた最後の日となった。
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東洋医学を科学する・鍼灸・漢方薬の新たな世界~(5/19放送)
世界でも注目される東洋医学。世界の鍼灸に関する論文数はこの20年で6倍以上となった。鍼灸の効果の科学的なメカニズムが次々と明らかになってきている。例えば電気や磁気などで神経を刺激してその働きを調節する治療法のニューロモデュレーションを使い、さまざまな病気の原因となる炎症を防ぐ治療法の開発なども世界中で進められている。東洋医学の治療理論のメカニズムが明らかになることで体に備わっていた病気を防ぐ新たな仕組みも分かってきた。...
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世界でも注目される東洋医学。世界の鍼灸に関する論文数はこの20年で6倍以上となった。鍼灸の効果の科学的なメカニズムが次々と明らかになってきている。例えば電気や磁気などで神経を刺激してその働きを調節する治療法のニューロモデュレーションを使い、さまざまな病気の原因となる炎症を防ぐ治療法の開発なども世界中で進められている。東洋医学の治療理論のメカニズムが明らかになることで体に備わっていた病気を防ぐ新たな仕組みも分かってきた。
鍼灸によるさまざまな効果が世界中で注目を集めている。足三里へのお灸が全身のさまざまな症状を改善するメカニズムの一端を解き明かしたのが鍼灸師であり免疫学者のラファエルロサス博士。研究のきっかけは敗血症だった。
ロサス博士が突き止めた驚きのメカニズムは、足三里を針で刺激するとそのシグナルが神経に入り、脊髄を登って脳に到達、さらにシグナルは、脳から心臓や肺など多くの臓器に指令を伝える重要な神経である迷走神経に伝わる。
最終的にシグナルは腎臓の上部にある副腎にたどり着く。副腎はドーパミンという物質を放出、血管を介して全身をめぐっていく。ドーパミンは脳では意欲や幸福感をもたらす物質だが、免疫にも関係している。ドーパミンが暴走していた免疫細胞に結合すると炎症物質の放出がストップし、免疫機能が回復し、全身の炎症反応が治まるのである。
ロサス博士は「もはや(東洋医学は)東洋の神秘ではなく、科学的な裏付けを持つ治療法だ」と胸を張る。
数千年も前から続けられてきた東洋医学は今、世界で西洋医学を補う役割も期待されている。米国では東洋医学の研究や導入を推進している。理由の一つはオピオイドと呼ばれる鎮痛薬の乱用である。強い依存性があることから過剰摂取による中毒患者が続出し、毎年数万人もの死者が出るなど深刻な社会問題となっていて、国や自治体などが薬を使わない鍼治療などの導入を推進している。
米国軍でも耳ツボへの鍼治療が正式に採用され、慢性痛などの改善に使われている。手軽で簡単な鍼治療は災害時の医療支援にも使われ、多くの被災者を救っている。
日本でも西洋医学では改善が難しい慢性の病気を中心に東洋医学の導入が進んでいる。その一つが肺や気管支に持続的な炎症が起こる慢性閉塞性肺疾患。鍼治療は症状の改善が期待できると呼吸器疾患のガイドラインにも掲載されている。西洋医学の治療で改善が見られない患者にとって治療の選択肢になっている。西洋医学と東洋医学それぞれの利点を生かし、よりよい医療を目指す動きが広がっている。
最近、漢方薬の効果に腸内細菌が深く関わっていることが分かってきた。その一端を解き明かしたのは名古屋大学医学部附属病院外科医・横山幸浩博士。近年こうした腸内細菌を介した効果の詳細が次々と明らかになっている。横山博士は「腸内細菌が漢方薬の効果を引き出しているというようなことが言える。インチンコウトウ投与に対する反応にばらつきがあるのは腸内細菌が影響を及ぼしているからと言える」と分析した。
カンゾウの免疫調節作用、ニンジンの疲労改善作用、サイコの抗炎症作用など、漢方薬の効果には腸内細菌が重要な働きをしていた。患者の腸内細菌を改善することによって同じ漢方薬を使ってもより効果を引き出せる可能性がある。
漢方薬・インチンコウトウにはインチンコウ、ダイオウ、サンシシが含まれている。この中で最も肝臓に作用するのはサンシシに含まれるジェニポシドと呼ばれる物質で、ジェニポシドを含んだ漢方薬が私たちの腸の中に入ると腸内細菌が集まってくる。腸内細菌は漢方薬を分解する酵素を出し、その酵素にジェニポシドが近づくと、糖の成分が外れジェニピンという物質に変化する。実はこれが黄疸を改善する薬効成分となる。
更に漢方薬と腸内細菌の研究によって新たな免疫システムの存在も分かってきた。発見したのは理化学研究所・佐藤尚子博士。調べたのは日本で最も処方されている漢方薬・大建中湯。ショウガを乾燥させた生薬などが含まれ、便秘をはじめ、お腹の不調の改善に広く使われている。研究を進める中で新たな免疫システム・3型自然リンパ球の存在が見えてきた。この免疫細胞は病原体から体を守る粘膜バリア維持に深く関わっている。
大建中湯の成分が腸にやってくると、腸内細菌が集まってきて腸内細菌は漢方薬を餌にしてプロピオン酸と呼ばれる代謝物を放出する。プロピオン酸は腸の表面にある細胞を通り抜け、3型自然リンパ球に到達、この免疫細胞はプロピオン酸を受け取ると「バリア機能を高めて」というメッセージを伝える物質を放出する。
メッセージを受け取った腸の細胞は腸を守る粘膜を生産しバリア機能を強化し、腸を炎症から守り健康な状態に回復させる。今、東洋医学が医療に新しい風を吹き込もうとしていることは確かなようだ。
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H3ロケット・失敗からの再起・技術者たちの348日~(4/20放送)
H3ロケット・失敗からの再起・技術者たちの348日
2月17日、日本の新しい大型ロケット「H3」が打ち上げに成功した。国内最大の大きさとパワーを備えた新型ロケット。日本の宇宙開発の未来を担う切り札だ。しかし成功までの道のりは波乱に満ちたものだった。
去年3月、最初のH3ロケットは飛行中にエンジントラブルを起こし、やむなく破壊されることとなった。完璧に仕上げたはずのロケットだが、なぜエンジンは着火しなかったのか、原因究明に向き合う開発現場を取材班が密着取材した。...
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H3ロケット・失敗からの再起・技術者たちの348日
2月17日、日本の新しい大型ロケット「H3」が打ち上げに成功した。国内最大の大きさとパワーを備えた新型ロケット。日本の宇宙開発の未来を担う切り札だ。しかし成功までの道のりは波乱に満ちたものだった。
去年3月、最初のH3ロケットは飛行中にエンジントラブルを起こし、やむなく破壊されることとなった。完璧に仕上げたはずのロケットだが、なぜエンジンは着火しなかったのか、原因究明に向き合う開発現場を取材班が密着取材した。
手がかりは機体が破壊されるまでの間にロケットから刻々と地上に届いていたデータで、第2段エンジンの周辺で電流と電圧に異常が起きていた可能性を示していた。H3ロケットの開発プロジェクトを統括してきたJAXA・岡田匡史は原因究明のために、「故障の木解析」と呼ばれる手法を用いた。
これは事故や製品の故障など、あらゆるトラブルの原因を見つけるために使われる方法で、例えば豆電球がつかなかった場合、不具合の原因は「電池」、「回路」、「電球」のいずれかにあると考えられる。「故障の木解析」ではまず考えられる不具合の原因、全てを書き出す。
もし電池が原因だった場合、理由として考えられるのは電池切れ、端子の汚れなどだ。ほかの2つも同様に考えられる理由をつぶさに洗い出していき、一つ一つの可能性を余すところなく検証、該当しないものを除外していくが、部品の数が多いロケットの場合、気の遠くなるような検討が必要になる。
結局。原因と見られる問題を絞り込めず、次の打ち上げのめどが立たないまま月日ばかりが過ぎていった。実はH3ロケットは2024年度までに7つの人工衛星などを宇宙に送り届ける予定だったが、それが全て延期。更に日本が計画していた月や火星の探査計画も遅れが生じる事態になった。
その間にも世界では次々とロケットが打ち上げられ、このままH3ロケットの実用化が遅れてしまうと日本が世界の宇宙開発競争から脱落することにもなりかねない。日本の宇宙政策を議論する国の委員も危機感を訴える中、「自分たちが役に立てるかもしれない」と原因究明を大きく進める意外な助っ人が現れた。かつて人工衛星で電気的な故障の原因を究明した経験を持つJAXA人工衛星担当・川北史朗、JAXA H3プロジェクト電気班・小松満仁ら4人であった。
川北たちが注目したのは第2段エンジンで火花をおこす点火装置だ。30年も前に開発され、これまで200回近くロケットの打ち上げを支えてきた極めて信頼性の高い装置だ。点火装置はオンオフを繰り返すことで火花をおこす。ところがオンする瞬間、規定を超えて電圧が上がる可能性があることが分かった。川北たちは電圧や電流オンオフのタイミングなど、さまざまな条件で徹底的に試験を行ない、実に1000回以上もの試験が繰り返された。その結果、電気的な異常が生じる可能性はゼロではないという結論に至った。
一方、三菱重工などで行われていた試験でも対策を取るべき装置が見えてきた。H3ロケットで新たに取り入れた制御装置だ。エンジンやタンクの圧力の制御などに使われるが、これも部品の故障などで過剰な電流が流れればエンジンに着火しない可能性があることが確認された。打ち上げ失敗から170日。考えられる要因が7つにまで絞り込まれ、万全を期すため全てに対策を打った。最終試験を経てようやく再チャレンジへの道筋が立った。
2月17日打ち上げ当日。H3ロケット電気班責任者・小林泰明はその時を待っていた。打ち上げから1時間48分後。切り離しが成功したことを示す信号が届いた。打ち上げ失敗から348日。新型のH3ロケットはようやく第一歩を踏み出した。
JAXA・岡田匡史は「神様ではない以上、100%はありえない。確率の問題としか言いようがないが、大きなどん底から未来に向かって一歩一歩進んでいくことはすごく大事なこと。迷っても仕方がないことは迷わない。自分の場合には迷いなくシンプルにこの道をずっと歩いてきたことで、途中で厳しい状況になったとしても乗り越えられたのかともと思っている」と述べた。
5年以上前に打ち上げに合意していた英国の通信衛星会社との案件もようやく本格的に動き出した。H3ロケットは今後、本格的に世界市場へと打って出る。今後、世界と競っていくためには更なるコストダウンは欠かせない。今後、機体を量産できる仕組みが整っていけば打ち上げコストは目標の50億円に近づいていく。30年ぶりに開発された国産大型ロケット「H3」の本当の勝負はこれからだ。
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