4/22 「北朝鮮・金正恩の野望・第3集」
21日、北朝鮮は核実験の中止に加え、中長距離ミサイルと大陸間弾道ミサイルの発射中止を突如宣言した。
だが、4月はじめ、新たな原子炉が稼働し、排水溝の水が黒く変色しているのが発見された。これは北朝鮮が水面下で核開発を続けている可能性を意味する。川が黒く濁っているのは、流れ込んだ冷却水で川底が撹拌されたためで、IAEA元査察官は「今のうちに北朝鮮がプルトニウムを蓄えておこうとしているという動きに他ならない」と指摘している。...
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21日、北朝鮮は核実験の中止に加え、中長距離ミサイルと大陸間弾道ミサイルの発射中止を突如宣言した。
だが、4月はじめ、新たな原子炉が稼働し、排水溝の水が黒く変色しているのが発見された。これは北朝鮮が水面下で核開発を続けている可能性を意味する。川が黒く濁っているのは、流れ込んだ冷却水で川底が撹拌されたためで、IAEA元査察官は「今のうちに北朝鮮がプルトニウムを蓄えておこうとしているという動きに他ならない」と指摘している。北朝鮮の元政府高官は「金正恩は核を持ち続けるという野望は捨てておらず。緻密な計画を着々と進めている」と話している。金正恩に核放棄の意思はあるのか、番組ではその核心に迫った。
去年11月、北朝鮮が発射したICBM(大陸間弾道ミサイル)級・火星15型。射程は1万3000kmで、ワシントンを含む米国全土が射程に入る。朝鮮労働党・金正恩委員長もこの発射を見届けに来た。北朝鮮防衛の為に欠かせない技術だとされているミサイルだが、父・金正日総書記の時代までは、射程はせいぜい最大6000km程度とみられていた。しかし金正恩は80回以上のミサイル発射実験を繰り返し、就任からわずか6年で火星15型の完成にたどりついた。
短期間のうちに高度な技術を獲得できたのはなぜなのか。取材チームは火星15型のエンジンが、ウクライナ製ICBM用エンジン「RD250」と酷似していることに気がついた。北朝鮮脱北者から「北朝鮮の技術者がウクライナから技術者を引き抜いていた」との情報を得て、番組は冷戦時代にソ連軍のICBMが100発近く配備されていたウクライナを訪問した。ミサイルの設計図など、難解な資料を読み解くため、北朝鮮にとってはウクライナの技術者がどうしても必要だったようだ。
北朝鮮が目を付けたのは、「RD250」を製造したウクライナの国営ロケット製造企業「ユジマシ社」の技術者達だった。ウクライナ政府は否定しているが、2015年、ウクライナがロシアにクリミアを奪われた時期に、職を失ったウクライナ人の大量の技術者を引き抜いたようだ。ユジマシ社元社員は「今ユジマシ社の従業員は、最盛期の10分の1しかいない。高度な専門知識を持った人たちは、みんな、給料を払ってくれるところに行った。一部の技術者は、ユジマシ社で得た機密情報を漏らした恐れがある。北朝鮮に渡った可能性がある」と話している。
一方、番組で過去6年間の北朝鮮・金正恩委員長の発言を分析したところ、開発を巡るある1つの戦略が浮かびあがった。それはインターネットによる戦略だ。韓国の古里原子力発電所は、関連会社のコンピューターがウイルスに感染したため、原子炉の制御プログラムや冷却システムの設計図などの機密情報約100点が、サイバー攻撃によって盗まれた。その際に流失した情報は、核爆弾の製造に直接関わる資料や、プルトニウムなどの原料を作るのに必要な資料、発電所の設計、建設、メンテナンスに関わる機密情報だった。メール送信元のIPアドレスが、中国・瀋陽にあったため、韓国警察は当初、サイバー攻撃は中国によるものと考えていたが、最終的に韓国警察は愉快犯に見せかけた北朝鮮のハッカー組織による犯行だと結論づけた。サイバー攻撃によって決定的な情報を手に入れたことで、北朝鮮の核燃料の量産化は、簡単にできる段階に来ている。
こうしたサイバー攻撃を行っているのはどういう部隊なのか、番組では調査を進めた。2008年に脱北したチャンセユル氏によると核・ミサイルに関する機密情報を盗む「121局」というハッカー組織が、北朝鮮人民軍の直轄組織・偵察総局の内部にあるという。チャン氏は北朝鮮サイバー部隊のメンバーを、全国各地の大学などにいる20代の優秀な人材だとみている。この部隊は今や6000人規模に拡大しているという。チャンは「すばらしい技術を学んでいながら、独裁体制を維持し、死守するために利用されている彼らが気の毒でならない」と話した。
思い返せば去年1月の段階では、米国・トランプ大統領は「北朝鮮が米国に到達する核兵器の開発の最終段階にあると言っているが、そんなことはありえない」と北朝鮮の能力を過少評価していたが、その年の7月・米国独立記念日に、北朝鮮が米国西海岸に届くとするICBMを初めて発射したことが伝わると、トランプ大統領は「北朝鮮はこれ以上、米国を脅すべきではない」と北朝鮮に対する態度を一変させた。その後、北朝鮮は挑発を繰り返し、米国や国際社会による北朝鮮制裁圧力包囲網が構築された。2018年、北朝鮮は平昌五輪参加を機に突如、平和路線に方針転換した。2016年に脱北した元公使・テヨンホ氏は「全ての行動は金正恩の緻密な戦略に基づいて行われている。彼らは米国を思うがままに引き込もうとしている」と語った。
北朝鮮の外交省元幹部によれば「北朝鮮が非核化を受け入れるには、数多くの前提条件がある」という。北朝鮮が考える交渉のロードマップは米朝首脳会談をきっかけに、非核化をアピールし、この結果、経済制裁が解除され、国交が正常化され、在韓米軍の撤退が実現されれば、体制が維持できるとみなして核を放棄するというものだ。要求が満たされて初めて、北朝鮮は核放棄を検討するというスタンスだ。一方、テヨンホ氏は実験凍結という言葉自体に、罠が隠されているとしている。「それは核の保有を認めることに他ならず、対話が続いている間は、北朝鮮の核保有を受け入れるしかないという状況になる。それが長期間続いた場合には結局、北朝鮮の非核化プロセスは非現実的なものとなり、実質的に北朝鮮が核保有国として国際社会に受け入れられてしまうことになる。これを金正恩は狙っているのだ」と指摘した。北朝鮮は実験凍結を約束するものの、核放棄は先延ばしにし、最終的には自国を核保有国として認めさせ、体制維持を確立する戦略だというのだ。
核放棄を先延ばしにして体制を維持する北朝鮮側のロードマップに対し、米国側は交渉の初期段階で、核放棄を合意させる考えだ。米国政府のアドバイザー・ヤンCキムは「(核は)安全保障、米国の存在自体を揺るがしかねない脅威なので、武力攻撃してでも、北朝鮮の脅威は容認しない構えだ。交渉決裂の場合に何が起きるかはここでコメントしないほうがいいだろう」と暗に北朝鮮への武力攻撃をほのめかした。
今月27日には米朝首脳会談に先行する形で南北首脳会談が行われるが、韓国は米国と北朝鮮の交渉を決裂させないため、どう向き合うのか。韓国大統領府のムンジョンイン特別補佐官は「北朝鮮に完全に核を放棄させる代わりに、北朝鮮が求める体制の保証をしなくてはならない。韓国は米国と北朝鮮双方の妥協点を探り、新たなロードマップを作成する準備がある。これを金正恩に提示して説得することは可能だと考えている」と話した。
冒頭で北朝鮮の核関連施設の不穏な動きを紹介したが、ミドルベリー国際問題研究所のジェフリールイス氏は4月初旬、核実験場でこれまでにない動きを発見した。これまで北朝鮮が行った4回の核実験では、北側の山の地下で行われていたが、4月1日の衛星写真では、西側の山の地下でトンネルを掘っている形跡が見つかったのだ。ルイスはこのトンネルが完成すれば、数十回にわたり核実験を行うことが可能になると指摘し、「北朝鮮は核弾頭の爆発力や性能をさらに向上させるため、核実験をこれからも行う可能性がある。核実験凍結を宣言しても、開発をやめるとはとても思えない」と話した。
これ以外にも不穏な動きがある。インターネット空間を監視する韓国のセキュリティー会社「ハウリ」が先月、北朝鮮による実戦を想定した新たなサイバー攻撃「クロスドメイン攻撃」の兆候を観測したのだ。この攻撃は敵を攻撃する前に、迎撃ミサイルなどの防衛システムをサイバー攻撃で停止させ、敵を無防備な状態に陥らせることができるという。そこに核ミサイルを撃ち込むことを北朝鮮は狙っている。元韓国国防次官・ペクスンジュは「防衛システムが無力化し混乱すれば、北朝鮮の兵器による攻撃の成功率が高まり、国の安全保障は脅かされる。こうした状況が起きることを深刻に受け止めなければならない」と話した。
金日成の時代から「非核化」の交渉に最前線で取り組んできた米国のウィリアムペリー元国防長官は、いったん北朝鮮との間で合意を取り付けたものの、その後決裂した経験を持っている。ペリー氏は「そもそも我々は、北朝鮮がいくつ核を持っているのかも知らないので、全ての核兵器を廃棄したかを検証するのは不可能だ。今回の米朝首脳会談は失敗に終わるかもしれないが、一番怖いのは、対話が止まることだ。米朝のどちらかが軍事的手段しかないという結論を下せば、悲劇的な結末を迎えることになる。だからこそ各国の指導者が問題の緊急性を理解し、冷静かつ我慢強く平和的解決に向け、一歩ずつ前進することが重要なのだ」と指摘した。
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4/21 「北朝鮮・金正恩の野望・第2集」
北朝鮮の外貨獲得の動きを追ったところ金委員長自らが管理しているとされる「39号室」と呼ばれる秘密機関の存在に突き当たった。番組ではその秘密機関の謎を追う。
今冬、日本に相次いで漂着した北朝鮮からの木造船。船からは北朝鮮の漁民とみられる遺体が数多く見つかった。遺体が1年で30体あがったのは初めてだ。なぜ粗末な木造船で荒れる日本海へ漁に出たのか。背景として指摘されているのが北朝鮮の外貨獲得方針だ。...
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北朝鮮の外貨獲得の動きを追ったところ金委員長自らが管理しているとされる「39号室」と呼ばれる秘密機関の存在に突き当たった。番組ではその秘密機関の謎を追う。
今冬、日本に相次いで漂着した北朝鮮からの木造船。船からは北朝鮮の漁民とみられる遺体が数多く見つかった。遺体が1年で30体あがったのは初めてだ。なぜ粗末な木造船で荒れる日本海へ漁に出たのか。背景として指摘されているのが北朝鮮の外貨獲得方針だ。国際社会の経済制裁が強まる中、核やミサイルの開発を推し進めてきた朝鮮労働党・金正恩委員長だが、なぜ資金が尽きずに体制を維持できるのか。北朝鮮の外貨獲得の動きを追うと浮かび上がったのは金委員長が自ら管理しているとされる「39号室」と呼ばれる秘密機関の存在だった。
欧米の監視機関は39号室を武器やたばこの密輸、麻薬やニセ札の拡散など「多くの犯罪に関係した組織」とみている。ジャーナリストのジョングローブラー氏は「39号室は金一族を支える重要なパイプラインで、そのネットワークではサイの角や象牙、薬物の密輸なども行われていて、高度に組織化されている」と話した。
調べを進めていくうちにかつて39号室に関わった当事者が北朝鮮を離れ世界中に散らばっていることが判明した。このうち5人がインタビューに応じてくれた。40時間の証言を専門家とともに分析、検証し、39号室の実態に迫った。元朝鮮労働党高級幹部・Aは「北朝鮮では多くの国家機関が貿易会社を持っており、貿易会社が稼いだカネで各組織を運営している。世界に点在する大使館の在外駐在員、各国に送り込んだ労働者、建設作業員がその傘下で稼いでいる。39号室は党内部にある部署の一つで、党の外貨稼ぎを統括し、貿易に関連する各種機関の頂点に立って活動している」と語った。
長年39号室傘下の貿易会社で代表を務めてきたリジョンホは「39号室とは主要な輸出産品を独占的に扱う巨大組織だ。外貨を稼げるあらゆる業種で働いている」と話した。傘下の貿易会社が稼ぎ出すカネは39号室にすべて集められ、革命資金と呼ばれる金正恩委員長が管理する金になるのだという。
39号室関連企業の責任者だったBは平壌市内の39号室の事務所に忠誠金を納めに行っていた。Bによれば「外の人たちは39号室が偽のドル紙幣や麻薬、偽タバコを直接扱っていると言うが、事実とは少し違う。専門的にやる人間が別にいる。それは偵察総局、国家保衛部といった特殊機関の人たち」だという。かつて朝鮮労働党から海外に派遣されていたCは「非合法取引を自らも繰り返していた」と語る。合法、非合法、様々なルートを通して39号室に集められる外貨。その使い道は金正恩委員長の腹一つで決まる。
39号室が作られたのは1970年代で金日成主席から金正日総書記への権力世襲と密接な関係がある。社会主義を国是とする北朝鮮。内閣が立てた計画をもとに国民に必要な食料や資材を生産し、配給していた。金正日総書記が目を付けたのは政府より上位に位置する党の存在でそこに秘密の財布を作るということ。金総書記は39号室に集めたカネを自らの権力基盤の地ならしに使い始めた。金総書記はこのカネで金日成への個人崇拝を推し進め、偉業をたたえる像を各地に建設した。幹部を掌握し、国民には忠誠を要求した。金総書記への権力世襲が完成するにつれ、39号室は規模を拡大していった。北朝鮮の最高エリート養成機関、金日成総合大学を卒業し39号室関連の会社に勤めていたキムヒョンスは「39号室の資金は『革命資金』と名付けられ、金親子だけがカネを管理した。金正日は金日成と一緒に日本軍と戦った闘士たちにプレゼントを与えた。安価なロシアの車ではなくベンツやアウディなど高級車を贈った。北朝鮮の多くの鉱物資源や地下資源、水産資源、薬草さえ39号室が持っていた。たとえ国民が餓死しようとも核開発と体制の安定が最優先だった」と語った。
2012年、金正恩政権が発足。金委員長が継承したのは39号室に裏付けられた権力と、格差が広がった北朝鮮の社会。金委員長肝いりで平壌に建設された遊園地や水族館などの娯楽施設。中心部にそびえる大型マンション。大規模建設事業を次々推し進めた。権力基盤を固めた金委員長は核、ミサイル開発を加速。国際社会は北朝鮮への経済制裁を強化。石炭輸出禁止、石油の大幅な輸入制限に及んだ。脱北者によれば「仕事のない人はいくらでもいる。彼らは国にとっては足手まとい。だから海に出る」という。
39号室は新たな外貨獲得戦略をとりはじめたとみられ、バングラデシュ中央銀行での不正送金事件に関わった。この時、銀行のコンピュータが外部から不正に操作され、90億円を超えるカネが引き出された。事件の裏で糸を引いていたと言われるのが39号室。当時米国の国家安全保障局幹部で調査を指揮したカーティスデュークスは「これほどのサイバー攻撃を計画、実行するのは素人にできるものではない」と話した。バングラデシュ中央銀行のコンピュータに不正侵入したハッカーはニューヨーク連邦準備銀行に送金依頼し、カネは複数の銀行を経由し、フィリピンの銀行の偽名口座に振り込まれた。そのカネを中国系マフィアとみられる人物が引き出し、カジノに持ち込みチップと交換し、足の付かない別のドル紙幣に交換、その後国外に持ち出され、北朝鮮関係者の手に渡ったとされる。韓国の情報機関と民間のIT技術者が事件の犯人を突き止めようとした。シマンテックも調査に協力した。
調査によりあるグループが犯人として浮かび上がった。「ラザルス」と呼ばれ、北朝鮮との関連が疑われるハッカー集団だ。シマンテック政府案件部門ディレクター・ビルライトは「彼らは破壊工作やスパイ活動を行い、最近ではカネ目当てに金融機関を狙っている。ラザルスはゲームチェンジャーであり、これまでにない集団だ」と語った。また元米国国家安全保障局幹部・カーティスデュークスは「ラザルスは39号室によって組織されたものか、その傘下のグループと言って間違いない。制裁は北朝鮮にダメージを与えている。北朝鮮はカネ目当てのハッキングや仮想通貨を盗むこともいとわないだろう。我々は新たな対策を考える時期に来ている」と話した。
あらゆる手段で外貨を集める39号室だが、ある証言者は「金正恩の時代にその権威が揺らぎかねない動きがあった」と語った。当事者の1人が後に粛正された張成沢。張が目指していたのは中国式の改革開放政策の導入で、各地に経済特区を設け、外国資本を呼び込むことで新たな利権の獲得を狙っていたとみられる。金委員長の肝いりとされた大規模建設事業において張は責任者だった。証言者によると張は自らの力を過信し、金委員長の理解を十分得ぬまま39号室のカネを投入したために政権発足から2年目の冬に処刑された。元朝鮮労働党高級幹部・Aの証言によると「改革開放をすれば39号室が存在するのが難しくなる。改革開放は一種の民主主義の導入になる。独裁と民主主義が経済部門でぶつかり合う、だから乗り出すのが難しい。張が勝手にカネを引き出すことは事実上金正恩の権力を削ぐことと等しいことだった」。日本に漁民たちの遺体があがって5か月が過ぎたが、遺骨を引き取りたいとの申し出はなかった。金委員長は「経済を再建し、国民の暮らしを豊かにする」と宣言しているが、各国の制裁が続く中、39号室という聖域に手を付けずにそれは可能なのか。
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4/15 「北朝鮮・金正恩の野望・第1集」
先月、北朝鮮・朝鮮労働党・金正恩委員長が中国を電撃訪問。非核化にも言及した。金正恩が突然外交に動き出した真の狙いは何なのか。金正恩は人民を救う改革者か、恐怖の独裁者なのか。今回は謎に満ちた金正恩の実像に迫っていく。
政権発足から6年が経つが、金正恩の実像は未だに謎に包まれている。詳しい経歴や正確な年齢すらもわかっていない。金正恩は宮廷で密かに英才教育を受けていたとされ、母親は大阪生まれの在日朝鮮人コヨンヒとされているが、今も多くの北朝鮮人民にその事実は伏せられている。...
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先月、北朝鮮・朝鮮労働党・金正恩委員長が中国を電撃訪問。非核化にも言及した。金正恩が突然外交に動き出した真の狙いは何なのか。金正恩は人民を救う改革者か、恐怖の独裁者なのか。今回は謎に満ちた金正恩の実像に迫っていく。
政権発足から6年が経つが、金正恩の実像は未だに謎に包まれている。詳しい経歴や正確な年齢すらもわかっていない。金正恩は宮廷で密かに英才教育を受けていたとされ、母親は大阪生まれの在日朝鮮人コヨンヒとされているが、今も多くの北朝鮮人民にその事実は伏せられている。閉鎖的な空間で金少年が会うのは、限られた幹部のみで、彼らに8歳の金少年は大将と呼ばれていたという。叔母・コヨンスクは後に「周りの人間が権力者のように接するのを見て、彼が普通に成長するのは不可能だと思った」と話している。
金少年は12歳のときにスイスに留学し、パクウンと名乗っていた。当時の友人は「バスケットボールが得意だった。うまくいかないと急に不機嫌になり、大声を出すこともあった。学習能力が高く、バスケットボールでも1つ1つのプレーを真剣に考え、取り組んでいた」と話してくれた。当時の担任は「彼は流暢なドイツ語を話していた。かなり努力しなければ、あれほどの成績は収められない」とふり返った。
社会主義国家でありながら世襲が正当化され、金一族が権力を独占する北朝鮮。金日成は独裁体制を維持するため、早くから息子・金正日を党の要職に就かせた。20年間実績を積ませ、後継の正当性を知らしめてきた。その後金正日は15年以上独裁を維持し、核・ミサイル開発など先軍政治を推し進め、権力基盤を固めた。60代で脳卒中に倒れると、後継者問題が浮上した。そこで公の場に登場したのが三男の金正恩だった。
元朝鮮労働党幹部・ソンミンテが残した極秘メモには「金正恩の弱点は、自らを神格化させる時間と条件が不足していたことだった。そこで、衰退していた経済に目を付けた」と記されていた。金正日の時代には、冷戦終結で社会主義国家からの援助が滞り、北朝鮮の経済は破たん、さらにそこに自然災害が追い打ちをかけ、200万人超が餓死したとされる。人民の不満が募り、体制に揺らぎが生まれた。だが金正恩時代に入ると、経済事情は一変した。市場は倍増し、経済成長率や食料生産量も向上した。ソンは「重要なのは住民たちに自生の力を根付かせ、強化している点だ」と記している。金正恩は「自強力」という言葉を発し「豊かさは自ら勝ち取るもの」と人民を刺激、各地の市場では、激しい売り込みや値切り交渉が行われていた。
番組は2014年に脱北した漁師だった女性を訪ねた。獲った魚を中国船に詰め替える「瀬取り」で生計を立てていたが、子どもの将来を考え、瀬取りの途中で脱北したのだという。女性は「金正日のときは国の仕組みがいい加減で、商売をするには賄賂が全てだったが、金正恩になると賄賂が禁止され、途中で金を奪う人を取締り、国にもっとお金が入るようにした。金正恩時代になると、私の組合では年間5000ドル納税すれば、手元に残ったお金は全て利益になった。私たちに堂々と商売させることで、金正恩は国の収益も上げようとした。脱北してからわかったことだが、資本主義のような仕組みをとっていた」と話した。
番組は2015年に脱北した別の女性を取材した。この女性は「(金正恩時代になると)規制が増えて、以前許されていた露店での商売は禁止され、市場でも決まった場所でしか物が売れなくなり、他のところで品物を広げたら即没収された。許されるスペースは、1人40cmほど。20人が交代で使うようになった。それでも以前のように飢え死にする人は少なくなり、みんな従順になった」と話した。
専門家は金正恩をどうとらえているのか。公安調査庁・元北朝鮮担当責任者の坂井隆は「組織が好きで団体に人民が組み込まれているような社会を志向しているのではないか」と分析した。明治大学・心理学博士・海野素央教授は「非常に能動的・肯定的な言葉で人民を鼓舞し、主体性を持たせようとしている。これまでの政府による上からの経済体制ではなく、下からのボトムアップを狙っている」と分析した。慶應義塾大学・礒崎敦仁准教授は「思想教育を重視しながらも、思想の中身を語ることはなく非常に実利的なものを求めていて、結果が重視されている」と分析した。
番組ではAIを利用し金正恩独特の言葉を調べてみた。その結果「自強力」という言葉が、核ミサイル開発を加速させた2016年あたりから急増したことがわかった。公安調査庁・元北朝鮮担当責任者・坂井隆は「制裁などで外部の資源・技術・物資が入ってこなくなると見越し、先手を取って自強力という言葉を打ち出し、主導的にそういう状況に立ち向かっていこうとしたのではないか」と分析した。
韓国・元統一相のカンインドクは金正恩について「彼をスイスに留学していたから自由主義的傾向がある人物と考えがちだが、むしろ逆であり、自由世界の弱点を知っているからこそ、それを巧妙に利用する恐るべき人間だ」と分析した。
金正恩は人民を称えながら統治を進める一方で党・軍に対しては異なる戦略をとっている。権力基盤を軍に置いた父・キムジョンイルの「先軍政治」を受け継ぐことなく、権力を党に移行し、軍が過度に力を持つことを防ぎ、党の委員長に就いた。金正恩は父に仕えた功労者たちを次々に粛正し、自分だけに忠誠を誓う部下で周囲を固めた。2016年に韓国に亡命し、金正恩時代に脱北した幹部のなかで最も地位が高いとされる元駐英公使・テヨンホは、取材に対し「金正恩は金正日や金日成のようなレベルの恐怖政治ではなく、それを超える恐怖先行統治。幹部の処刑も、銃ではなく飛行機を撃つ高射砲を使う。別の幹部たちが見ている前でもそれを平然とやる。普通に死ぬのと、死体も残らないほど跡形もなく消されるのを見るのとでは、恐怖は全く違う。わずかなミスでも、極端に残忍な方法で殺害する。そうすると体制に対しての反抗心は事前に抑えられる。恐怖の心理を極大化しておくのが、金正恩だ」と話している。
番組が集めたデータで、金正恩は、頻繁に人事の入れ替えを行っていることがわかってきた。それにより突出した力を誰にも持たせず、数人の有力者が互いにけん制し合う態勢を構築している。明治大学・心理学博士・海野素央は「常に恐怖心があり、特にナンバー2を非常に警戒している点でトランプ大統領にも似ている。恐怖心を使い側近幹部を動かしている」と指摘した。2013年に脱北した元砲兵部隊連隊長・イムカンジンは取材に対し「それまで軍では、連隊長が何か計画すると、師団長が承認すれば実行できたが、金正恩になると、5人で構成される党委員会の承認を受けなければならず、自由に動けるのは、災害など緊急事態の時だけ。副業を持っている運転兵などは、非常に警戒された。去年命がけでパンムンジョムから脱北したのも、運転兵だ。少しでも野心が芽生えていないか、統制からわずかでもはみ出していないか、体制の隅々にまで圧力をかけ続ける。それが今の北朝鮮だ」と話した。
監視の目は、世界54カ国に散らばる北朝鮮大使館などの職員にも行き届いていて、去年金正男暗殺事件で世界の注目を集めたマレーシアで大使館の職員たちはメディアに対し、一切の情報を明かさなかった。海外の大使館に金正恩はどんな指示を出し、どう統制しているのか。ベトナムの北朝鮮大使館元職員で、2017年英国に亡命を求めたチェサンモク(仮名)は「金正恩は政治的利害などを深く読み解き、トラブルになるとまずい国とそうでない国に分類している。先進国では難しいマネーロンダリングなどは、後進国が最適でベトナムの大使館もその基地になっていた」と語った。大使館職員はいわば人質として、子どもを北朝鮮に残している。チェは「金正恩就任後、北朝鮮で大量の幹部が粛正されたが、その後世界中の大使館にある指示が出された。自分の仕事を忠実に進めれば、過去のことは一切問わないというものだった。大使館職員の面接が行われ、不満があれば自首しなさい、そうすれば許すという内容だった」とふり返った。チェサンモクは北朝鮮からの刺客との面接で「少しでも不満を口にすれば無事ではいられない」と感じていたという。「普段から、マレーシアでは職員が強制送還されていたし、キューバの職員が突然消えたなどと怖い噂を聞いていた」とふり返る。
元朝鮮労働党幹部・ソンミンテが1年前にまるで現在起きていることを予言するかのような極秘メモを残していた。そこには「金正恩は、戦争をも辞さない狂気を持った人間だと思わせておいて、突然180度方向を変え、平和を実現したいと一歩出てきたとしたら、世界はその深淵な戦略の渦に巻き込まれていくだろう」と記されていた。人民統治と恐怖政治を繰り広げている金正恩に注意が必要だ。
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3/28 「人体・神秘の巨大ネットワーク 第七回」「最新科学が明らかにしたがん・心臓病治療の最前線」
2人に1人が発症し、3人に1人が亡くなる「がん」。最新の研究により、がんがメッセージ物質を発して増殖することが明らかになってきた。その仕組みを逆手にとり、がん細胞を抑え込む新たな研究も加速している。さらに年間20万人が亡くなる「心臓病」。メッセージ物質を生かした治療により、心臓の再生が実現しようとしている。「人体・神秘の巨大ネットワーク 第七回」(最終回)では日本人の前に立ちふさがるこの2大疾患に対する取り組みを紹介する。...
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2人に1人が発症し、3人に1人が亡くなる「がん」。最新の研究により、がんがメッセージ物質を発して増殖することが明らかになってきた。その仕組みを逆手にとり、がん細胞を抑え込む新たな研究も加速している。さらに年間20万人が亡くなる「心臓病」。メッセージ物質を生かした治療により、心臓の再生が実現しようとしている。「人体・神秘の巨大ネットワーク 第七回」(最終回)では日本人の前に立ちふさがるこの2大疾患に対する取り組みを紹介する。
がん細胞の大きさは、約100分の1mm。たんぱく質の間をぬうようにして、体中を自由自在に動き回る。がん細胞は周囲の血管に働きかけ、自分の近くに血管を引き寄せ増殖に欠かせない酸素や栄養を、血液中からより多く奪い取る。さらにがん細胞は、本来、がん細胞を攻撃する働きのある免疫細胞まで手なづけて、攻撃を止めさせてしまうのだ。がん細胞の発するメッセージ物質の集合体であるカプセルは「エクソソーム」と呼ばれている。大きさは1万分の1mmで中には、がん細胞が周りの細胞を支配するために使う様々なメッセージ物質が入っている。この「エクソソーム」が免疫細胞に「攻撃するのをやめて」というメッセージを出すために免疫細胞はがん細胞への攻撃をやめてしまうのだ。
他の臓器にがんが広がる「転移」のプロセスはこれまで謎に包まれてきたが、「転移」で、も同様にがん細胞がメッセージカプセルを利用していることが明らかになった。卵巣がんの場合、腹膜にがん細胞が転移することになる。通常、腹膜の表面には突起物が敷き詰められ、異物の侵入を防ぐバリアの役割をしているが、卵巣がんのがん細胞から発せられた「エクソソーム」も、腹膜表面と同じ物質でできているため、腹膜は仲間だと勘違いして、これを受け入れてしまうのだ。「エクソソーム」は「あなたの役割はもう終わり」というメッセージを発し、腹膜表面の突起物を死滅させてしまう。そこからがん細胞が入り込み、増殖してしまうことでがんが広がっていく。
このようなメカニズムで起きるがんの「転移」によって多くの方が亡くなってしまう。今、「転移」を抑えるためのさまざまな研究が進んでいる。メッセージを標的にして、特殊な光線を当てて破裂させる「光免疫療法」は今、米国で臨床試験が行われており、今後、日本でも始まる予定になっている。
さて、ここからはがんの研究の最前線を紹介しよう。デンマークの研究所が挑戦しているのは、私たち自身のがん撃退パワーを引き出すこと。カギはシリーズ第2集でも紹介した、筋肉が出すメッセージ物質だ。肺にがんがあるマウスを運動させ、筋肉からのメッセージ物質の分泌を促したところ、なんと、がんの増殖が3分の1に抑えられた。このため、どんな運動をどの程度行えば良いのか、前立腺がんの患者を対象に試験が続いている。コペンハーゲン大学のベンテペダーセン教授は「研究で得られたデータから、運動は病気の予防だけでなく、もはや治療の一環です。運動を薬として処方する時代が来るかもしれません」と力説した。
一方、日本のがん治療はどうなのか。国立がん研究センターの落谷孝広の報告は多くの研究者たちを驚かせた。なんと「エクソソーム」を叩いて、がんの転移を抑え込むというのだ。落谷は「エクソソーム」に「こいつは敵だ」という目印をつけることを思いついた。目印には、がん細胞が出した「エクソソーム」を見つけるとくっつく性質があり、免疫細胞が敵だと認識し、「エクソソーム」を食べ始める。これによってマウスの実験では、がん細胞の転移を90%抑えることに成功した。外から移植するのではなく、体の中の細胞を増やしたり、自分自身で再生させる究極の再生医療が完成すれば、多くの患者の福音にもなるはずだ。
さて、日本では、年間20万人が心臓病で亡くなっている。多くの細胞は、古いものが新しいものに入れ替わりながら活動している。だが心臓は入れ替わるぺースが極めて遅く、50年かけても3割ほどしか入れ替わらない。そのため傷ついた心臓は、なかなか元通りにならない。シーダーズサイナイ心臓研究所所長・エデュアルドマラバンは、その難題に挑み、その結果、心臓のなかに細胞を再生させるメッセージ物質が潜んでいることを突き止めた。「どんどん細胞を増やそう」というメッセージだ。だがその数が少ないため、普段はゆっくりとしたペースでしか再生することができない。
「どんどん細胞を増やそう」というメッセージ物質を増やし、病気になった心臓に投与すれば、失われた細胞をよみがえらせることができるのではないかという仮説を立てたマラバンが心臓病のマウスにメッセージ物質を投与したところ、失われたはずの心臓の壁が厚くなった。マラバンは1年以内の人での臨床試験開始を目指している。マラバンは「エクソソーム」の解明は、医学に革命をもたらしつつある。体内から治療に役立つメッセージ物質を取り出せれば、非常に強力な薬になるだろう」としている。
7回にわたりお送りしてきた「人体・神秘の巨大ネットワーク」は今回が最終回。始まりはたった1つの受精卵に過ぎなかった私たちはメッセージ物質に導かれ、誕生した。人生を終える瞬間まで、ミクロの物質が体を支え続けている。人間は生まれて生きているだけで、ものすごいことをすでに成し遂げていると言っていい。
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3/18 「人体・神秘の巨大ネットワーク 第六回」「生命誕生!精巧な人体を作るドミノ式全自動プログラム」
人間誰でも、本来は、たったひとつの小さな受精卵だった。この受精卵が複雑で精巧な人体にどのようにして形作られていくのかは、世界中の科学者たちが追求してきた人類最大の謎のひとつだった。その謎がiPS細胞の発見によって急速に解明されつつある。今回はこれまでにわかってきた生命誕生の神秘を詳しく紹介する。
我々誰しもがもともと卵子と精子が合体してできた、受精卵だった。この受精卵の中には、体を作る精巧なプログラムが入っている。...
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人間誰でも、本来は、たったひとつの小さな受精卵だった。この受精卵が複雑で精巧な人体にどのようにして形作られていくのかは、世界中の科学者たちが追求してきた人類最大の謎のひとつだった。その謎がiPS細胞の発見によって急速に解明されつつある。今回はこれまでにわかってきた生命誕生の神秘を詳しく紹介する。
我々誰しもがもともと卵子と精子が合体してできた、受精卵だった。この受精卵の中には、体を作る精巧なプログラムが入っている。受精卵は着床後、そのままでは、次の生理のときに体外に出されてしまうため、母親に「ここにいるよ」ということを伝えるメッセージ物質「hCG」を出す。「hCG」が母親の血液にのって卵巣などに働きかけると、母親の体は生理を起こさなくなり子宮の壁を厚くする。これによって母親の体は妊娠を準備する状態となり、受精卵は壁にしっかりと包み込まれる。ロックフェラー大学のアリブリバンロー教授は「受精卵がメッセージを発することで、初めて母体は妊娠の準備をすることができる」と説明している。
この後、受精卵は200種類以上の細胞に変化していくが、その中心となるのはメッセージ物質。メッセージ物質が細胞を導き、自動的に臓器を作っていくのだ。受精卵の細胞がある程度まで増えると、一部の細胞が「心臓になって」というメッセージ物質を送り、それを受け取った細胞は、心臓に変化を始める。心臓は「肝臓になって」というメッセージ物質を出し、それが近くにいる細胞に届くと肝臓が生まれる。その後メッセージ物質を互いに出し合い、臓器がドミノのように次々と自動的に作られていく。メッセージ物質のタイミングや濃度が少しずれただけでも、うまくいかなくなる。武部教授は「人体の中では、単一の臓器だけ作ることは全く起きない。いろいろな臓器が会話をしている」と説明している。
胎盤が子宮につくと、子宮の壁には穴(血管の出口)が開く。ここから母親の血液が胎盤に流れこみ、酸素や栄養が運ばれる。番組では子宮の穴を「恵みの窓」、胎盤に生えた白いものを「赤ちゃんの木」と呼ぶことにする。赤ちゃんは必要な酸素と栄養を、胎盤に頼っており、胎盤の「赤ちゃんの木」には、赤ちゃんの血管が通っている。「恵みの窓」から流れ込む母親の血液を「赤ちゃんの木」がどんどん吸収していく。母親の血液中には、酸素や「もっと伸びなさい」というメッセージ物質が含まれている。これを受けた「赤ちゃんの木」はさらに大きく伸び、より多くの酸素と栄養を受け取れるようになる。
「赤ちゃんの木」は「もっと大きくなりたい」というメッセージ物質「PGF」を出す。それを母親の子宮が受け取ると、母親の体は「恵みの窓」を広げ、与える血液の量を増やしていく。「赤ちゃんの木」の枝が成長して先端が子宮に届くと、枝は血管の壁を突き破って子宮に潜り込んでいく。そして血管の壁が壊され、「窓」がさらに大きく広がる。赤ちゃんの細胞が子宮の壁を突き破る現象は、人間にごく近い仲間だけの特徴であり、脳を大きく発達させるためだといわれている。「木」が受け取った大量の酸素と栄養は、へその緒を通して赤ちゃんに送られる。妊娠中期の「恵みの窓」の直径は、妊娠初期の10倍以上に広がっている。こうして最初は受精卵だった私たちは赤ちゃんとしてこの世に生まれ出ることになるのだ。
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