「蒋介石の外交戦」(8月15日(日)放送 「開戦 太平洋戦争~日中米英 知られざる攻防~」)
近年、中国国民党・蒋介石が残した膨大な日記や書簡などが相次いで公開され日本や中国で多角的な分析が進んだ結果、これまでとは異なる蒋介石像が浮かび上がってきた。
蒋介石の大量の書簡を使った外交戦略や、巧みなプロパガンダ攻勢が間接的にではあるが、日米開戦に決定的な役割を果たした。
1937年8月13日の第二次上海事変は、死傷者が2か月で2万人近くに上るなど、日本軍に大打撃を与えた。この戦いは蒋介石が上海をあえて戦場にすることで日本の行為を広く海外に伝えようと巧妙に準備したものだった。...
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近年、中国国民党・蒋介石が残した膨大な日記や書簡などが相次いで公開され日本や中国で多角的な分析が進んだ結果、これまでとは異なる蒋介石像が浮かび上がってきた。
蒋介石の大量の書簡を使った外交戦略や、巧みなプロパガンダ攻勢が間接的にではあるが、日米開戦に決定的な役割を果たした。
1937年8月13日の第二次上海事変は、死傷者が2か月で2万人近くに上るなど、日本軍に大打撃を与えた。この戦いは蒋介石が上海をあえて戦場にすることで日本の行為を広く海外に伝えようと巧妙に準備したものだった。
蒋介石は精鋭部隊をあらかじめ上海に投入し、トーチカと呼ばれる防御陣地で日本軍を待ち構え、日本軍は思わぬ苦戦を強いられた。
「中国の民衆が犠牲になっていること」を国際的に知らしめて、国際社会を味方につけ、大国の介入を引き出すことが蒋介石の狙いだった。上海での戦いは蒋介石の思惑どおりに進んだ。蒋介石の最大の課題は米国の関心を極東に振り向けることだった。
対日戦から手を引くことで日本の目が英国のアジア権益に向けられてしまうことになるが、蒋介石は抗日戦の中止をほのめかすなどして、英国や米国も揺さぶった。
蒋介石は「対日石油禁輸だけでは不十分だ」として日中戦争を一気に解決する案で働きかけ、中国の抗日戦争が失敗してしまわないように、中国からの日本軍の撤退が完了しないうちに日本への経済制裁を米国が緩和させることがないように求めた。
太平洋戦争開戦へと歴史の歯車を回したのは英国の首相・チャーチルだった。西ヨーロッパのほとんどの国がナチスドイツに制圧される中で、英国ただ一国のみが枢軸国との死闘を続けていた。
蒋介石はチャーチルに(抗日戦争の)戦況悪化を過大に電報で伝え、「私たちの未来はあなたの手の中にある」などとして英国の介入を引き出そうとした。「我々は彼(蒋介石)を助けるべきだ」とのチャーチルのメモが発見されている。
ナチスドイツとの戦闘で疲弊していた英国にとって米国の参戦は勝利への絶対条件であった。英国は中国が日本と講和してしまわないうちに米国が参戦することを望んでいた。結果的に米国は日本に妥協的な暫定協定案を破棄し、「中国からの日本軍全ての撤退」を求める条件を示した。
この条件を日本は最後通牒と受け取り、真珠湾を攻撃することとなった。最終的に英国の望む通り米国が第二次世界大戦に参戦することとなった。
一方、長期持久戦で中国国民の支持を失った蒋介石は4年後、中国共産党に追われ、失意のうちに大陸を去った。自分で立てた外交戦略が皮肉にも、めぐりめぐって自らにブーメラン効果として還ってきた格好となった。
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「パンデミック 激動の世界5」(12月6日(日)放送)
世界で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、米中の対立が先鋭化している。NHKが世界8つの国と地域の最前線、キーパーソンを総力取材した結果、見えてきたのは複雑な形に分断された国際秩序の現実だった。
11月の米国大統領選挙では民主党のバイデンが勝利したが、新政権のもとでも米中が激しく競い合う構図は変わらないと多くの識者は指摘している。
今年7月、米国の外交トップ・ポンペイオ国務長官の演説が世界に衝撃を与えた。...
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世界で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、米中の対立が先鋭化している。NHKが世界8つの国と地域の最前線、キーパーソンを総力取材した結果、見えてきたのは複雑な形に分断された国際秩序の現実だった。
11月の米国大統領選挙では民主党のバイデンが勝利したが、新政権のもとでも米中が激しく競い合う構図は変わらないと多くの識者は指摘している。
今年7月、米国の外交トップ・ポンペイオ国務長官の演説が世界に衝撃を与えた。歴代の政権が言及してこなかった中国の政治体制そのものへの批判に米国が踏み込んだからである。
この演説は、パンデミックの中で中国が安全保障や経済などさまざまな分野で影響力を強めていることに対し米国のいら立ちを象徴していた。
中国はパンデミック前から一帯一路構想の下、セルビアなどバルカン諸国に積極的な支援を行ってきたが、コロナ禍で医療物資の不足に直面したセルビアが支援を期待したのはEUだった。
しかしドイツやフランスはこの時域外への医療物資の輸出を厳しく制限し、非加盟国のセルビアは医療物資の支援を受けることができなかった。この6日後、セルビア・ベオグラードの空港に中国からのチャーター機が到着し感染症専門の医療チームが20万枚の医療用マスクと人工呼吸器を携え、降り立った。いわゆる中国のマスク外交である。
一帯一路は陸路と海路を整備し中国とヨーロッパを結ぶ巨大な経済圏構想だが、中国は特にセルビアをヨーロッパの玄関口のひとつとして重視し、およそ90億ドル日本円で1兆円近い投資を行うと表明した。
こうした中国のマスク外交に割って入ったのが米国だった。9月トランプ大統領は長年対立しているセルビアとコソボの首脳をホワイトハウスに招待し、双方の仲介にあたった。その上で米国はセルビアと経済協力の合意を取り交わした。その内容は米国がセルビアの高速道路や鉄道の整備といったインフラ事業を支援するというものだった。
これはバルカン半島を縦断する輸送路を中心とする中国の一帯一路構想に対抗するねらいがあることは明らかである。
米国がセルビアへの関与を深めようとするもうひとつのねらい今後の世界を左右する高速通信技術5Gにあった。ヨーロッパの中でもセルビアは5G技術でリードする中国の通信機器大手ファーウェイとの結び付きが強い国であり、9月にはファーウェイの新たな開発センターが完成した。
ファーウェイは否定しているが、米国の大きな懸念はファーウェイが世界に展開する5Gを通じて各国の企業情報や軍事機密などが中国に流出することである。
テクノロジーを巡る新たな冷戦の根深い対立は既に世界に深刻な影響を与え始めており、8月、米国はファーウェイなど中国のハイテク企業の製品を使用する国内外の企業と政府機関との取り引きを禁止した。9月には米国の技術が使われている半導体製品をファーウェイに供給することも禁止した。これに対し中国側も今月から国の安全を脅かすと判断した外国企業との取り引きを規制する法律を施行、違反した企業は厳しく処罰されるおそれがある。
米中の激しい規制の応酬の影響で三菱電機はファーウェイに供給してきた半導体を出荷できなくなった。三菱電機は10月、経済安全保障統括室という新しい部署を立ち上げ、
米国や中国との取り引きにリスクが潜んでいないかグループ企業全体を日々監視している。
三菱電機の担当者は経団連を訪れ、日本の経済界全体で取り組むべき深刻な課題だと訴えた。経済安全保障を担当する三菱電機・日下部聡常務は「米中対立を前提としてビジネスを構築していかなければならない」と強調した。
米中関係の起点は今から半世紀近く前に遡る。1972年、ニクソン大統領は中国との国交正常化交渉に着手し、それが関与政策と呼ばれる米国の対中政策の始まりとなった。以来、米国は中国の経済発展を後押しすることで民主化を促すことを外交の基本方針としてきた。
東西冷戦を終結させ、唯一の超大国となった米国は、中国もそのうち民主化に導くことができると考えていたが、中国共産党の一党支配を変えることはできなかった。
2008年のリーマンショックで中国は巨額の財政出動によって疲弊した世界経済を回復させるエンジンの役割を中国が果たし、米国の地位を脅かす存在となった。
今、米中パワーバランスの攻防の最前線となっている台湾は新型コロナをいち早く抑え込むことに成功し、市民は日常を取り戻しつつある一方で中国との軍事的な緊張が高まっている。今年に入って中国軍は台湾が主張する防空識別圏に頻繁に侵入し、台湾軍機による緊急発進も急増している。
1つの中国という原則の下に台湾を核心的利益と位置づけ、統一を掲げてきた中国だが、習近平国家主席はその原則を前面に押し出すようになってきている。その一方で米中国交正常化以降、台湾とは正式な外交関係を結んでこなかった米国と台湾が近年、急接近している。米国が台湾に売却したF16戦闘機の新型機。トランプ政権は蔡英文政権に過去に例のない規模で武器売却を行っている。
8月には、新型コロナ対策で協力するとしてアザー厚生長官を派遣した。これまで派遣した中で最高位の高官だった。9月には国務省の高官のキースクラック国務次官を派遣、本格的な経済協力を進めようとしている。対する中国は9月、台湾海峡を含む海域を管轄する部隊がビデオを公開。さまざまな局面で軍事力を誇示するようになっている。
パンデミックへの対応でも米中は激しく対立し、トランプ大統領はウイルスの発生源でありながら情報を隠蔽し、被害を世界に広げたとして中国を激しく非難。習近平国家主席はこれに猛反発した。米中の対立は世界の感染対策の中心的な役割を果たすWHO(世界保健機関)にも飛び火した。トランプ大統領は7月、WHOが中国寄りだと非難し、脱退を通知。中国は台湾がWHOの総会にオブザーバーとして参加することをこのパンデミックの中でも反対した。
今後、パンデミック対策では米中の連携が進むのではないかとの声もあるが、米中の構造的な対立が解消されるとは考えにくい。国際政治学者・イアンブレマーは米中の相互不信の解消には時間がかかると指摘し、日本やドイツ、カナダなどの行動に期待を示している。
「たとえ望んでも中国の存在はなくならない。付き合っていくしかない。アジアの国々は中国に非対立的な方法で得られる利益を訴え続けなければならない」とのマレーシア・マハティール前首相の言葉が日本に重くのしかかってくる。
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「新型コロナと水害危機~あなたは命をどう守る~」(6月20日放送(土))
毎年のように大きな被害が出る梅雨や台風の時期。今年は新型コロナの影響が加わり、より一層の注意が必要とされる。コロナ時代の出水期、どうすれば命を守ることができるのかを取材した。
2018年の西日本豪雨、2019年に日本列島は相次いで大型台風に襲われた。2020年には新型コロナウイルスという新たな脅威が加わりこれまでの防災対策の常識が通用しないフェーズに直面している。
災害の際の行き先である避難所の環境が3密となるおそれがある。...
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毎年のように大きな被害が出る梅雨や台風の時期。今年は新型コロナの影響が加わり、より一層の注意が必要とされる。コロナ時代の出水期、どうすれば命を守ることができるのかを取材した。
2018年の西日本豪雨、2019年に日本列島は相次いで大型台風に襲われた。2020年には新型コロナウイルスという新たな脅威が加わりこれまでの防災対策の常識が通用しないフェーズに直面している。
災害の際の行き先である避難所の環境が3密となるおそれがある。日本はもともと避難所の数が少ないといわれてきたが、3密を防ぐとなるとさらに避難先が限られてしまう。大阪府淀川などが氾濫すると北側の5市1町だけで最悪の場合、80万人以上が被災すると想定されている。
人口8万6000の摂津市はおよそ8割が被災し浸水は10日以上にわたって続くと予想されている。避難先の小学校の避難受け入れ人数が計画の4分の1になってしまうことが分かった。病気の人や、妊婦などの避難先となる施設でも感染防止のため受け入れ人数が減るだけでなく避難者に十分な生活環境を用意できないことが分かった。
今後、感染防止に重要となるのが、できるだけ密を避けて避難する分散避難という考え方。これまでの避難所や避難場所に限らず、知人の家や車の中、企業の持つ高い建物など地域の安全な場所をフルに活用していく。
分散避難をする上で大切なのが自宅や周辺の災害のリスクを知ることで、ハザードマップなどを見て浸水や土砂災害などの危険性を把握する必要がある。行政側も安全な避難先を見つけるだけではなくハザードマップに載っていないリスクを細かく記していく努力も必要となる。
今、摂津市が分散避難の先として交渉に力を入れているのが地元の企業。市が分散避難のために確保を目指しているのは50社。今後の大雨や台風に備え交渉を加速させていく方針。避難スペースの確保は市だけで対応できる問題ではなくなっている。
新たな避難先として期待を寄せているのが広大な万博記念公園だが、障害となっているのは公園があるのは北隣の吹田市で、土地を所有するのは大阪府など複雑な調整が必要となっていることだ。
2018年7月の西日本豪雨で1400人が避難をした広島県呉市。山の斜面に建つ家が多く、大雨の際には土砂崩れのおそれがあるため避難所の整備が急がれている。感染制御の専門家が真っ先に点検したのが避難所入り口でのゾーニング。
少しでも体調に不安のある人は小部屋に、健康な人たちは大部屋へ行ってもらう。大部屋には感染症の対策として間仕切り用のパーテーションが準備された。換気は2か所、開ければ室内の空気を十分に入れ替えられるが、暑さが厳しいこれからの時期は冷房が必要なため窓を開けることがままならなくなる。
夏場の避難所の換気をどうすればよいのか。避難所を閉めきっていると空気がよどみ会話などによりマイクロ飛まつが長い時間、漂うことになる。有効と考えられるのが、汚れた空気を新鮮な空気で下から上へと持ち上げ、天井近くの換気扇や小さく開けた窓から排出する「置換換気」である。これは病院の手術室でも使われている換気法である。
避難所の感染対策や避難所以外への分散避難をする場合には早くから準備をして行動を起こす必要がある。より早い段階で雨の降り方や、被害を正確に予測する技術が期待されている。今、局地的な豪雨のリスクを住民に伝えるための新たなシステムの実証実験が行われている。
予測するのは線状降水帯の発生リスク。水蒸気量や上空の湿度上昇気流の速さなど6つの条件を重ね合わせて解析することで予測の精度が上がってきた。研究チームは予測の精度をさらに上げて自治体の的確な判断につながるようシステムの改善を続けている。加えて、24時間以上も前に洪水の危険性を検知するシステムの開発も始まっている。高精度な衛星画像から地形や、植物の密度などを詳しく解析し、土地ごとの保水力を細かく設定。降った雨による洪水リスクを日本全国1km四方ごとに出せるようにした。
新型ウイルスの影響は災害時の復旧作業にも大きな影響を及ぼす可能性がある。被災後の生活に欠かせない電気、水道、ガスなどのライフラインの復旧を担うインフラ企業が感染対策という新たな課題に直面している。
1000万件以上に都市ガスを供給する東京ガスだが、ガス漏れなどの対応が、新型コロナウイルスで大きく様変わりし、作業員を感染から守ることが最重要課題となっている。最大級の台風が東京を直撃し高潮と堤防決壊が生じた場合、首都圏で約68万件のガス供給に支障が出る可能性もあると指摘されている。
想定される最大級の台風が東京を直撃し復旧に相当な人手がかかる事態も見込まれる中、集団感染で人員を減らすわけにはいかない。豪雨や巨大台風への警戒に加え今、取り組んでいるのが徹底した感染防止対策である。現場は緊張感を高めている。
2019年の台風15号では千葉県を中心に停電が相次ぎ、医療機関にも影響が出た。水道や下水道の復旧が遅れれば衛生環境が悪くなり、感染対策などがよりシビアな状況になってしまう為、今のうちに備える必要がある。
支援の手が届かないことを想定して最低3日分、できれば1週間分の食料や水を備蓄しておくことや、医療機関にかかれないことを想定して、疾患のある人は薬を多めに常備しておくことが必要である。感染対策のためのマスクや消毒液、懐中電灯、ガスコンロ、スマートフォンの充電器などを、あらかじめ2階以上など浸水しにくいところに置いておくことが必要である。
2019年の台風19号で土砂災害が相次いだ宮城県丸森町では復旧の大きな力となったのは全国から集まったボランティアだった。人海戦術で泥や災害廃棄物を運搬し、重機を扱う災害専門のボランティアも各地から駆けつけた。2月末からも100人を超えるボランティアが町に入る予定だったが新型コロナで状況が一変した。
感染拡大を防ぐため町は3月からボランティアの受け入れを休止せざるを得なくなった。最後の頼みは僅かに残った住み込みのボランティアたちだった。移動による感染のリスクを抑えつつ活動を続けている。本来であれば4月にはすべての作業が終わっているはずだったが、水害への備えに課題を残したまま町は再び大雨の時期を迎えている。
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「混迷のアメリカ~コロナ時代 世界で何が起きているのか~」(6月13日(土)放送)
黒人男性・ジョージフロイドの無残な死が超大国・米国を大きく揺るがしている。フロイドは、偽の20ドル札を使った疑いで拘束され、白人警察官に8分46秒もの間、ひざで首を圧迫され続け、「息ができない、お母さん」という言葉を最後に亡くなった。17歳の少女がこの一部始終を動画で撮影していた。映像は瞬く間にSNSで拡散し抗議の声は世界に広がった。
一向になくならない人種差別。そして相次ぐ警察官の暴力への怒りに加え今回、人々の怒りを増幅させる一因となっているのが新型コロナウイルスである。...
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黒人男性・ジョージフロイドの無残な死が超大国・米国を大きく揺るがしている。フロイドは、偽の20ドル札を使った疑いで拘束され、白人警察官に8分46秒もの間、ひざで首を圧迫され続け、「息ができない、お母さん」という言葉を最後に亡くなった。17歳の少女がこの一部始終を動画で撮影していた。映像は瞬く間にSNSで拡散し抗議の声は世界に広がった。
一向になくならない人種差別。そして相次ぐ警察官の暴力への怒りに加え今回、人々の怒りを増幅させる一因となっているのが新型コロナウイルスである。10万人当たりの黒人の死者数は白人の2倍以上で、人種間で命の格差が顕在化した形になっている。
今回の抗議デモには従来とは異なる大きな特徴があるが、それは大勢の白人層、若い世代が参加している点である。SNSで情報が共有され、米国発の抗議デモは世界(フランス、英国、ブラジル、日本)へと拡散している。
米国には1800年代まで奴隷制度があった。解放された後も人種差別はなくならなかった。1960年代の公民権運動にはワシントンで20万人もの人々が集まり差別の撤廃を要求した。64年には人種差別を禁じる公民権法が成立した。しかし、それでも差別は根深く残っている。1991年、飲酒運転の疑いがあった黒人に対し4人が激しい暴行を加える様子が撮影されていた。この翌年、4人の警察官が無罪になると大規模な暴動(ロサンゼルス暴動)が起きた。
長年の差別問題解決への期待が高まったのは2009年。黒人初のオバマ大統領の誕生だった。しかし、黒人の大統領を認めたくない人たちの不満を背景に、白人至上主義団体の数が増えるなど、社会の分断が続き、その後も、警察官が黒人を死亡させる事件が相次いだ。有力紙の調査では、去年までの5年間、警察官によって射殺された黒人は1200人近くに上るという。
全米をはじめ世界で異例の広がりを見せるデモ。背景の一つとして指摘されているのが新型コロナウイルスによってあらわになった命の格差への不満である。米国では感染によって11万人が亡くなったが、黒人の死者は白人の2倍以上に上っている。保険制度が日本と異なる米国では経済的な事情から適切な医療を受けられない人が数多くいる。
デモはこれまでとは異なるうねりも生み出している。参加者が黒人だけでなくさまざまな人種、そして若い世代の間でも広がっていることだ。今週、ニューヨークで開かれたデモはほとんどが白人で占められていた。初めてデモに参加した白人女性はこれまで、黒人差別の問題に関わりを持ってこなかった。新型コロナの感染拡大でニューヨークでも多くの人が亡くなり、命の尊さを真剣に考えるようになったという。黒人が置かれてきた状況を今こそ見つめ直す必要があると感じている。デモをけん引する団体・ブラックライブズマター・ニューヨーク代表は、「今回のデモの背景にあるのはトランプ大統領の存在だ」と話し、運動の矛先は米国の政治に向かっていると話した。
米国社会では、いまだに収入や教育、居住環境などで構造的な黒人差別が存在し、それが、凝縮した形で現れたのが今回の事件だった。白人の中には、この問題を放置してきたことへのある種の罪の意識のようなものを口にする人すらいる。今では、国民の大半が抗議デモを支持し、警察の改革が必要だと考えるようになっている。分断の激しい米国では珍しく、党派を超えた動きになっている。
全米各地で行われている抗議活動に連帯する動きは世界へと広がっている。米国メディアによると、これまでにデモが行われた国はおよそ40。フランス、ドイツ、英国をはじめとするヨーロッパでは、みずからの国の現状を米国に照らし合わせ人々が声を上げ始めている。先週末から今週にかけてヨーロッパ各地でも人々が人種差別に反対する声を上げた。怒りの矛先は、人種差別の歴史にも向けられ、英国では、17世紀に黒人の奴隷貿易などで財を成した商人の銅像が引き倒され川に投げ込まれた。デモは、アフリカやアジアオセアニアの国々にも広がっている。
米国から世界に広がった人種差別への抗議に連帯を示すブラジルの人々。ブラジルでは、もともと貧富の格差が大きな問題で、以前から抗議デモが繰り返されてきた。ファベーラと呼ばれるスラム街では新型コロナウイルスの感染が疑われていた男性がまともな治療を受けられないまま亡くなり、遺体は死亡から2日後にようやく運び出された。当初、ブラジルで感染者の多くを占めていたのは富裕層だったが、その後、貧困層が住むエリアを中心に感染が拡大し歯止めがかからなくなった。ファベーラの住民の死亡率はリオデジャネイロ全体の平均より2倍以上高い。新型コロナウイルスで命の格差が浮き彫りになった今、反人種差別への共鳴から抗議デモが、起き、この動きは世界に飛び火している。ある種の変化が生まれつつあるのかもしれない。
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「新型コロナウイルス ビッグデータで闘う」(5月17日放送)
(新型コロナウイルスとビッグデータで闘う)
今、ビッグデータを武器にウイルスに対峙する動きが加速している。京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥教授を中心に日本を代表する専門家たちが集結し、世界中で発表された膨大な数の論文ビッグデータ中から人工知能(AI)を使って重要な情報を見つけ出す「論文解析プロジェクト」が始まった。5万本を超える新型コロナの関連論文をビッグデータとして読み込み、AIで解析するとすべての論文をつなぐ巨大なネットワークが現れた。...
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(新型コロナウイルスとビッグデータで闘う)
今、ビッグデータを武器にウイルスに対峙する動きが加速している。京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥教授を中心に日本を代表する専門家たちが集結し、世界中で発表された膨大な数の論文ビッグデータ中から人工知能(AI)を使って重要な情報を見つけ出す「論文解析プロジェクト」が始まった。5万本を超える新型コロナの関連論文をビッグデータとして読み込み、AIで解析するとすべての論文をつなぐ巨大なネットワークが現れた。今後の予測など1つ1つの論文だけでは読み解くことのできなかった新型コロナ研究の全体像が初めて可視化された。
(今世界中の研究者が注目している中国・武漢の論文)
今世界中の研究者が注目しているある一つの論文が浮かび上がってきた。それは1月下旬
に発表された中国・武漢の患者99人の詳細な分析である。世界的な医学誌に掲載され、これまで500回以上引用されてきた。この論文を皮切りに世界各地から症例の報告が続々と現れた。その1つ1つが患者と医師が未知のウイルスに立ち向かった貴重な記録である。
(重症化に至る典型的なタイムライン)
新型コロナに感染したとき何が起きるのか、重要な症例報告をもとに患者の経過を時間軸に沿って抽出し、重症化に至る典型的なタイムラインを作成した。感染した日からしばらくは症状がないが、およそ5日目にせきや発熱などの症状が出始める。次第に悪化し、息苦しさなどの肺炎の症状が現れる。運命が分かれるのはおよそ15日目で、多くの人が回復に向かう中、重症化する人が現れる。約6%の人は肺炎が進行して自力での呼吸が困難になる。症状が全身の臓器に波及し、脳梗塞、心不全、肝不全腎障害などに進行する人も少なくない。全身症状によって重篤な状態に陥るのが新型コロナの特徴である。
(なぜ症状が全身に現れるのか)
ビッグデータの解析によって全身症状に関係する「免疫、炎症、血管」というキーワードが浮かび上がった。中でも専門家が注目したのはACE2(エースツー)というたんぱく質。ACE2は肺の細胞の表面にあるたんぱく質で、新型コロナウイルスが細胞に侵入するときの入り口となっている。最近の研究では肺だけでなく全身の血管にもあるという報告が次々と出ている。論文データからもある患者の血管にウイルスが感染していた証拠が見つかった。
(血管の炎症が原因)
ひとたびウイルスに感染すると血管で炎症が起こり始めると考えられる。新型コロナによる不可解な全身症状は血管の炎症が原因だと考えられる。血管の炎症が引き起こす全身症状は生活習慣病のメカニズムとほぼ同じで、より大きな問題につながると指摘する声が上がった。脳梗塞や心筋梗塞などの生活習慣病の人の体内では慢性的に血管の炎症が起きていることが分かってきている。持病を持つ人が新型コロナにかかると血管でさらに激しい炎症が起きる可能性がある。
(重症化メカニズムの解明が進む)
原因となるのは本来外敵に立ち向かうはずの免疫細胞。新型コロナの患者の体内は生活習慣病の症状が激しく急速に進行するような状態に陥る。これが治療を困難にする。新型コロナウイルスの重症化メカニズムの解明が進むことで新たな治療戦略が見えてきた。大阪府立病院機構大阪はびきの医療センターでは13人の重症患者に対し、ほかの薬と併用して炎症を鎮める薬を投与。すでに9人が回復して退院している。世界の研究者が総力を挙げて進めるメカニズムの解明。新たな治療戦略が次々と見つかり始めている。
(今後、ワクチンはどうなるのか)
ワクチンの開発で気になるのがウイルスの変異である。新型コロナウイルスが変異すると開発中のワクチンが効かなくなる可能性もある。論文ビッグデータの解析でウイルスの変異に関する情報を抽出すると発表された論文はすでに100本近くある。世界中の研究者の手でウイルス変異の実態解明が進んでいる。最初に遺伝情報が解析されたのは中国のウイルス。僅か5か月ほどの間に報告されているだけで5000種類以上に多様化していた。ウイルスの変異で感染力や病原性が増す可能性はあるのか、専門家にも予測が難しい。
(スマートフォンも活用)
スマートフォンから発信されている膨大な情報を使った取り組みも始まっている。都内では緊急事態宣言発出に伴い、スマホの位置情報を利用し、歌舞伎町など都内主要スポットの人出を測定する試みも行われた。大型連休の直前、感染拡大を食い止めようと滋賀県ではビッグデータを駆使した取り組みが行われていた。県民7万人を対象にLINEを活用したアンケートが行なわれ、学生達は手洗いの頻度がほかの人たちよりも少ない傾向にあり、発熱者の割合が高いことが分かった。4月29日からの大型連休、滋賀県が注意していた複数の地区で密集度が下がっていたことも分かり、商業施設の人出が減る一方、びわ湖の周辺に新たな人の流れが確認された。
(課題は個人のプライバシー)
ビッグデータの利用は海外では個人のプライバシーに踏む込む形で進み始めている。韓国は感染者についてもビッグデータを使ってその行動を徹底的にたどっている。クレジットカードの利用履歴やスマホのGPS情報を収集し、防犯カメラの映像まで解析する。氏名は伏せるものの、おおまかな居住地や移動経路や立ち寄った店などが分刻みで公開される。こうした監視によって感染経路が不明の人を僅か5%以下に抑えている。5年前、MERSを経験した韓国では多くの国民がこうした取り組みを受け入れている。しかし、プライバシーを犠牲にするやり方は人々の不安や反発も招いてしまう。
(シンガポールの事例)
3月にシンガポールが国主導で提供を始めたアプリ。使うのはスマホのBluetoothと呼ばれる近距離に特化した無線機能。同じアプリを入れた人が2m以内に接近し30分経過すると接触記録として保存されていく。感染者が出るとその人との接触記録があった旨が利用者に通知される仕組みだ。データはすべて国によって管理されており、いつ誰と会っていたのか国が把握できることに懸念が高まっていて、普及率は現在2割にとどまっている。
(日本でも進むアプリの活用)
日本でもBluetoothを使ったアプリの開発が進んでいる。国と連携しながらアプリ開発を行ってきたのは民間の複数の団体コードフォージャパン。普及の鍵を握るのはプライバシーの保護で、開発と同時並行で専門家や市民を交えて議論を繰り返している。IT技術者らがボランティアで開発を進める別のグループでもシンガポールのアプリよりも匿名性を高めた仕組みを目指している。
(データをうまく使った対策が重要)
京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥教授は「ウイルスとの闘いが長期化することを踏まえると、パンデミックというものを防いで感染者数をうまくコントロールしながら経済活動を再開させていくということが必要となる。そのためにはデータをうまく使った対策というのが非常に重要で差別を防いでフェアな社会を維持していく努力していくことが必要」とコメントした。
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