2月5日放送、ウクライナ侵攻もう一つの危機
ロシアによるウクライナへの終わりの見えない軍事侵攻は地球温暖化に思わぬ形で暗い影を落としている。去年11月に衝撃的な報告書「ロシアのウクライナ侵攻による気候被害」が発表された。軍事侵攻に伴って弾薬や燃料の大量消費、建物や森林の火災、破壊されたインフラの再建などで1億トンの温室効果ガスが排出されたが、これはオランダ1国分に相当する量とされている。
脱炭素に向けて世界は段階的な削減を目指してきたが、今、世界各国で石炭が大量に消費されるようになっている。...
全部読む
ロシアによるウクライナへの終わりの見えない軍事侵攻は地球温暖化に思わぬ形で暗い影を落としている。去年11月に衝撃的な報告書「ロシアのウクライナ侵攻による気候被害」が発表された。軍事侵攻に伴って弾薬や燃料の大量消費、建物や森林の火災、破壊されたインフラの再建などで1億トンの温室効果ガスが排出されたが、これはオランダ1国分に相当する量とされている。
脱炭素に向けて世界は段階的な削減を目指してきたが、今、世界各国で石炭が大量に消費されるようになっている。ロシアからの天然ガスの供給が激減し、世界が再び石炭に頼るようになった。
ヨーロッパで石炭の需要が拡大した理由はロシアから供給される天然ガスの激減である。エネルギー危機に陥り、夏以降、ガス代や電気代が高騰し、生活に深刻な影響が出ている。ヨーロッパのリーダーたちはこれまで一貫して「化石燃料の削減」を世界に訴えてきたが、脱炭素に向けて停止していた石炭火力発電所を相次いで再稼働させている。
「化石燃料削減の旗は降ろさない」としながらも、石炭で目の前の危機に対処している格好となっている。世界の石炭生産量は去年80億トンを超え、過去最高を更新した。去年の二酸化炭素の排出量はコロナ禍からリバウンドした2021年を上回り、これまでで最高となる見通しである。ドイツでは国内の炭鉱を拡張する計画が進み、環境保護団体と警察が衝突する事態も起きている。エネルギー危機の現実を前に脱炭素への歩みは逆風にさらされている。
福島の原発事故後、脱原発を進めてきたドイツは去年12月末に停止する予定だった発電所を4月まで稼働できるよう法律を改正した。英国は去年4月に最大8基を新設する計画を発表。日本も原発事故後にとってきた政策の方向性を大きく転換、原子力発電を最大限活用する方針を打ち出している。これまでの原子力政策を更に推し進めようとしているのがフランスで、国内最大規模の原発は福島の事故のあと安全性を高めてきたとアピールし、二酸化炭素を出さない原発は脱炭素を進める上でも重要な電源になると訴えている。フランス政府は最大14基を新設する計画を推進している。ウクライナ侵攻後、国民の世論も変化し原発支持が広がっている。
原子力活用の動きに拍車をかけたのが「一定の条件の下で、原子力を温暖化対策に貢献する投資対象」とするEU(ヨーロッパ連合)議会の決定である。放射性廃棄物という根本的な課題を残したまま活用が進むことに反発が強まっている。さらに去年3月ウクライナのザポリージャ原発がロシア軍に攻撃され占拠されたことで住民は原子力関連施設が人質となるリスクを痛感している。ヨーロッパは課題を抱えたまま原子力への依存度をさらに深めようとしている。
ロシアによる軍事侵攻は温暖化の研究にも影響を及ぼしており、温暖化対策に不可欠な永久凍土の調査ができなくなっている。永久凍土の研究にはロシアの協力が不可欠だが、それが得られない状況である。仮に永久凍土が解けるとCO2の28倍もの温室効果があるメタンが大量に放出され、気温の上昇がさらに加速する恐れがある。アラスカ大学・岩花剛研究助教は「不完全な情報をもとに将来予測、あるいはその情報を基にした将来の適応策を取らないといけなくなり、地球上の全ての国にとって大きな不安要素を抱えることになる」と指摘する。
脱炭素において国際社会で合意されたのは産業革命前からの気温の上昇を現在の1.1℃から1.5℃に抑える努力を追求することだった。そのためには温室効果ガスの排出を、2030年には半減、2050年には実質ゼロにすることが求められている。軍事侵攻で1.5℃の目標達成は難しい状況となっている今、地球温暖化研究の権威のポツダム気候影響研究所・ヨハンロックストローム所長は「一時停止ボタンを押しても地球は待ってくれない」と警告している。
脱炭素を進める上で注目されているのが太陽光や風力などの再生可能エネルギー。そのシェアは、2027年には10ポイント上昇し、電源別のトップになっていると予測されている(IEA)。懸念されているのは中国が世界の太陽光パネルの全製造段階のシェア80%以上を占め、一極集中に陥っていることである。さらに風力発電のモーターなどに使われる鉱物資源の生産量の多くを中国が握っており、欧米は重要物資の脱中国を加速させようとしている。
しかし、脱中国を実現するのは容易なことではない。政府の支援の下、鉱物資源国産化の計画が進められている米国西部のアイダホ州。レアメタルの一種アンチモンがアイダホに大量に埋蔵されているため、欧米は早ければ4年後にアンチモンの生産を始める計画である。ところが反対派の住民から採掘によって生態系が脅かされる可能性があるとして懸念の声が上がるなどしており、簡単には脱中国は進まない模様である。
国際政治学者・イアンブレマーはウクライナ侵攻後の国際社会でのように脱炭素を進めていくためには分断を乗り越える「共感」がキーワードになると指摘している。
閉じる
1月29日放送、半導体 大競争時代・第2回「日本は生き残れるか」
AI半導体のシェア8割を占めるAI半導体の王者、米国・エヌビディアの売り上げは年間269億ドル。AI半導体は膨大な計算やデータ処理に最適化し、人間の頭脳に迫る力を発揮する。エヌビディアはAI半導体を2000以上搭載したスーパーコンピューターも開発し、医療や産業、都市計画など、さまざまな分野で活用されるAIを生み出してきた。今、特に力を入れているのが自動運転のAI。道路を走ることなく仮想空間で学習を進めることを可能にした。...
全部読む
AI半導体のシェア8割を占めるAI半導体の王者、米国・エヌビディアの売り上げは年間269億ドル。AI半導体は膨大な計算やデータ処理に最適化し、人間の頭脳に迫る力を発揮する。エヌビディアはAI半導体を2000以上搭載したスーパーコンピューターも開発し、医療や産業、都市計画など、さまざまな分野で活用されるAIを生み出してきた。今、特に力を入れているのが自動運転のAI。道路を走ることなく仮想空間で学習を進めることを可能にした。AI半導体の世界をリードしてきたエヌビディアは創業から30年。業界の変化をいち早く捉えることでトップに上り詰めた会社でもともとはベンチャー企業である。
力を入れてきたのはGPUと呼ばれ、ゲームやCGの画像処理を得意とする半導体。11年前に「GPUは膨大な計算処理が必要なAIに適している」という研究結果が出たことが転機となり、市場が一気に広がり、今後も急成長が予想されている。
日本からもエヌビディアのようなベンチャー企業は出てくるのか。推定10億ドル以上の価値がある非上場の有望なベンチャー企業であるユニコーン企業を国際比較すると、米国644社、中国172社、ヨーロッパ154社に対して日本はわずか6社と見劣りする。日本にはベンチャー企業を応援する仕組みがなかなかできていないことがその原因の1つである。ベンチャー企業というのはトライ&エラーを積み重ねることでヒット作を生むが、日本では1回でも失敗してしまうと援助を受けられなくなる。
今、家電製品にも広く使われているパワー半導体。電気自動車が急激に広がっているのもパワー半導体が進化しているおかげである。今後やってくる電動化社会を支えていると言われるのがパワー半導体で、3年後には4兆円市場に成長すると予想されている。最先端のパワー半導体で注目されている日本企業が京都に本社を置くロームだ。
世界で初めて「炭化ケイ素SiC」を使ったパワー半導体を製品化した。これまで主流だったシリコン製半導体と比べ3倍高い電圧で動き、出力を上げることができる。家電会社だったロームがパワー半導体の開発を始めたのは20年ほど前だった。
2017年、大きなチャンスが訪れる。米国・テスラが「炭化ケイ素SiC」のパワー半導体を搭載した電気自動車を発売したのである。
市場が一気に拡大したが、残念ながらシェアを伸ばしたのは後から売り出した海外勢で、ロームはトップの売上高の7分の1にとどまった(1位・スイス・ATマイクロ、2位・ドイツ・インフィニオン、3位・米国・ウルフスピード、4位・米国・オンセミ、5位・日本・ローム)。
なぜ、海外勢との差が開いたのか。売上高で世界2位のドイツのインフィニオン社・日本法人の幹部によると、海外勢の急成長の秘密は顧客の要望に合わせ開発し、システムとして提供するという販売方法にあった。
巻き返しを目指すロームは海外企業の動向を分析し、新たな戦略「徹底した顧客目線の追求」を打ち出した。名古屋大学大学院教授・山本真義は「技術力の追求だけでなく、市場にどう売り込むかが鍵を握っている。日本がこれまで不得意だった市場投入、社会実装も求められている」と指摘した。
今世界で注目を集めているのが3D半導体である。3D半導体は日本が形勢を逆転できる可能性を秘めた画期的な技術だと言われている。東京大学大学院・黒田忠広教授は国内企業10社余りと共に3D半導体の実現を目指している。通常の半導体では平面に並べて配置し、その間を電気信号が行き来し情報をやり取りするが、3D半導体では何層もの基盤を縦に積み重ねるため、電気信号の移動距離が短くなり、処理速度がアップし、消費電力が半分に抑えられるという。
活用が期待されているのはAIが不可欠な自動運転分野や、大量の電力を消費するデータセンターである。黒田教授は現在、国内の製造装置メーカーと共に3D半導体の試作品の開発を進めているが、鍵を握っているのが半導体を洗浄する工程。何層も基板を重ねる3D半導体の性能を上げるには接着面のゴミをきれいに取り除く高い技術力が必要となるが、ここに日本が持つ強みが生かされ、市場のシェア拡大につながると黒田教授は考えている。
今、黒田教授は日本と世界の技術を結集し、3D半導体の世界標準をつくり出したいと考えている。米国IBMや世界一の製造能力を持つ台湾TSMCとも連携を模索している。
日本は半導体でナンバー1になった歴史を持っており、その時の経験値やその時に活躍したエンジニアたちがいる。彼らの力を今、最大限に引き出していくべきで、その意味で日本にとってのラストチャンスと言われている。要のポイントを日本が握り、がっちりとビジネスにつなげ、次のステップに進むことが今、日本に求められている。
閉じる
1月22日放送、半導体 大競争時代・第1回「国家の“命運”をかけた闘い」
今、米国は中国に対抗するため国内での半導体生産の拡大を急いでいる。アリゾナ州に「TSMC」の巨大工場を誘致し、米国国内では実現できなかった4ナノの量産を来年から始める。
米国政府は最先端の工場を米国アリゾナに建設するよう「TSMC」と数年がかりで交渉してきた。半導体の国産化を推進するため、半導体産業におよそ7兆円の補助金を投じる政府主導の大規模な産業振興策、通称チップス法にも踏み込んだ。
国産化を急ぐ理由として米国政府が掲げているのが安全保障である。...
全部読む
今、米国は中国に対抗するため国内での半導体生産の拡大を急いでいる。アリゾナ州に「TSMC」の巨大工場を誘致し、米国国内では実現できなかった4ナノの量産を来年から始める。
米国政府は最先端の工場を米国アリゾナに建設するよう「TSMC」と数年がかりで交渉してきた。半導体の国産化を推進するため、半導体産業におよそ7兆円の補助金を投じる政府主導の大規模な産業振興策、通称チップス法にも踏み込んだ。
国産化を急ぐ理由として米国政府が掲げているのが安全保障である。米国のシンクタンクによると最新鋭の戦闘機に使われている半導体も台湾・TSMC製とされており、米国の最新兵器が海外産の半導体に依存していることに米国政府は危機感を強めている。
国防総省半導体政策責任者・デブシェホイ統括部長は台湾有事などによって米国の軍事力に影響が出ることは避けなければならないと考えている。国産化を進める一方、中国への締めつけも強めている米国。中国が先端半導体を軍事転用するおそれがあるとして去年10月輸出規制を強化した。これに中国政府は猛反発し、WTO(世界貿易機関)に提訴するなど対立を深めている。
これまで国内で技術を磨きながら海外市場で存在感を示してきた日本の製造装置や素材メーカーは、今、米国の半導体政策によって戦略の見直しを余儀なくされている。米国が去年10月に発表した中国への輸出規制には、日本から輸出する場合でも米国の技術が使われていれば許可なしには輸出できないことが盛り込まれている。
日本の半導体製造装置メーカー「スクリーン」の機械にも米国製の部品が使われているが、同社の売り上げの2割は中国でのビジネスが占めているため、顧問弁護士に相談するなど対応に追われている。安全保障貿易管理室室長は「極端な例で言えば、ねじ1本なくても機械は動かなくなる。米国製部品が壊れて(中国へ)出せなくなれば機械が動かない。世界に輸出する中でも中国への輸出は当社にとっては相当量を占めるので対応は必須となる」と悲痛な面持ちで話した。
日本企業は米国による囲いこみにも直面している。去年9月、安倍元総理大臣の国葬に参列するために来日したハリス副大統領は国葬の翌日、半導体の装置素材メーカーを集め「日本と米国は強靭なサプライチェーンをともに築き技術革新へ投資をする責任がある」と協力を呼びかけた。
この場に招かれた素材メーカー「レゾナック」は半導体を載せる基板の素材ではおよそ4割のシェアを占め、世界トップであるが、ハリス副大統領からは米国に拠点を設けるよう誘いがあったという。
「レゾナック」の現場からは米国に拠点を構えることに慎重な意見が出る中、真岡最高執行責任者は米国大使館(東京・港区)から呼び出され、「米国に拠点を設ければチップス法の補助金が活用できる」と提案された。しかし、チップス法のもとでは補助金を受けると中国への新規投資を10年行わないなど、ビジネスが制約されるおそれもある。
自国を優先する米国がサプライチェーンを再編しようとする中で日本は対応に迫られている。政府はその流れに乗ることで、米国や台湾から10年遅れと指摘される日本で半導体産業を復活させたい思いがある。半導体政策を指揮する経済産業省情報産業課・金指壽課長は日米半導体摩擦での失敗を繰り返さないためにも米国との協力関係がカギになるとみている。
去年10月、先端半導体の国産化を目指す金指課長は米国の協力を取り付けるため、現米国に飛んだ。世界で初めて最先端の2ナノの開発に成功したIBMとの連携が国産化のプロジェクトを進めるカギとなる。
経済産業省は米国商務省と共にプロジェクトの進捗を管理していく。日本は米国の設計の力を借りることで10年の遅れを取り戻すことができる。日本政府は2ナノの量産だけでなく、更に微細な次世代技術の研究開発も米国と共同で進めようとしている。
金指課長の訪問先には商務省だけでなく国防総省も含まれていた。金指課長と会談した国防総省半導体政策責任者・デブシェノイ統括部長は「日本が提案するプロジェクトに協力することで大きなチャンスが生まれる。日米には台頭する中国に対抗するという共通の目標がある。研究開発に加え、中国に対する規制でも足並みをそろえることが重要だ」と日本との連携強化に強い期待を示した。かつての競争相手が今は補完する関係となった。
先月、国産化を担う新会社「ラピダス」が米国IBMと正式に技術提携を結んだ。ラピダス・小池淳義社長は「今まで何十年と研究していたIBMからライセンスを受けることができる。今日のこの日は日本の産業界にとって絶対に忘れない日になると確信している」と語った。新会社は国から700億円の補助金を受け、4年後をめどにAIや自動運転向けの先端半導体の量産化を目指していく方針である。
閉じる
1月15日放送、“情報戦”ロシアvsウクライナ~知られざる攻防
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1年、ロシア、ウクライナの両陣営は戦況を有利にするための情報を日々大量に発信。自国に有利な情報を流し内外の世論の支持を取り付けようとするプロパガンダや偽の情報などフェイクを使って敵対する国を混乱させたりする情報工作など熾烈な情報戦が展開されている。
国家間で繰り広げられてきた情報戦を分析してきたベルギーの歴史学者・アンヌモレリは戦争の大義を掲げる国家のプロパガンダを多くの人々が信じてきたことを教訓にしなければならないと指摘。...
全部読む
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1年、ロシア、ウクライナの両陣営は戦況を有利にするための情報を日々大量に発信。自国に有利な情報を流し内外の世論の支持を取り付けようとするプロパガンダや偽の情報などフェイクを使って敵対する国を混乱させたりする情報工作など熾烈な情報戦が展開されている。
国家間で繰り広げられてきた情報戦を分析してきたベルギーの歴史学者・アンヌモレリは戦争の大義を掲げる国家のプロパガンダを多くの人々が信じてきたことを教訓にしなければならないと指摘。例として挙げたのが1991年の湾岸戦争の際のプロパガンダである。イラクによるクウェート侵攻が起きた時、米国は直接の当事者ではなかったが、1人のクウェート人少女の涙の証言によって米国によるイラクへの武力行使が支持されるようになったが、後にこの少女は米国に駐在するクウェート大使の娘で、米国の広告代理店が仕掛けた情報工作だったことが判明した。
今回のロシアとの情報戦でウクライナも広告代理店を使っており、例えばゼレンスキー大統領の勇敢さをアピールする動画を拡散するなど、自国に有利になる情報を発信することで国際社会の支持、援助をとりつけようとしている。
一方、ロシアはウクライナの兵士や市民の士気を下げるため、ゼレンスキー大統領を装ったディープフェイク動画を拡散した。実物そっくりな動画はすべてAIによって作られたものである。
さらにロシアは「ブチャの虐殺はなかった」と主張しているが、この考えがSNS上で広く支持されシェアされたのはなぜか。この背景にはSNSを駆使した大規模な拡散の手法が存在していた。ロシア外務省のアカウントが「ブチャの虐殺は欧米メディアによるフェイクだ」と訴えるサイトを最初にツイッターで紹介し、その1分後、カナダにあるロシア大使館がリツイート、すると24時間のうちに世界17のロシア大使館などが次々とこの主張をリツイートし政府機関が発信したものとして僅か1日で延べ300万のフォロワーに広がっていた。拡散を加速させたのは親ロシアのインフルエンサーたちで、2か月で延べ1500万のフォロワーにまで広がっていた。
ロシアが仕掛ける情報工作が欧米以外の地域にも浸透し、世界の分断が深まっている実態もみえてきた。ツイッターで拡散されていた「プーチン支持」「ロシア支持」という2つのハッシュタグは3月2日に突如出現し、35万回投稿されていた。実はこの日、国連総会で緊急会合が開かれ、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議の採決が行われていた。決議は欧米各国など141か国の賛成多数で採択され、中国やインド、アフリカなど35か国が棄権に回った。ツイッター上で広がった「ロシア支持」のハッシュタグについて調査機関が詳しく分析したところ、1100のアカウント群は国連での採決に合わせるように作成され、一斉投稿が行われていたことがわかった。
今、影響力を増しているロシアの国営通信社スプートニクは、欧米とは一線を画すメディアやジャーナリストを養成するようになった。ウクライナ侵攻の直前去年1月のオンライン講座では独自の編集方針を持つことが重要だと訴えていた。講座はアフリカやアジアなど80か国に拡大し、5000人以上が受講した。
南アフリカで急成長を遂げるウェブメディアIOLもそうしたメディアの一つだ。その報道姿勢が如実に表れた出来事が去年9月ロシアへの一方的な併合を進めるため、ウクライナの4つの州で行われた住民投票だった。欧米メディアが非合法だと報じる中、IOLは南アフリカなど世界6か国から市民が参加した投票監視団の存在を強調した。ランスウィッテン編集長は「西側だけではなく、真偽は不明であってもロシア側の主張も提示することが重要だ」としている。南アフリカでメディアの在り方を研究している専門家はロシアメディアの影響力がこのまま強まってしまうことを懸念している。
今後、さまざまな情報と我々はどう向き合えばいいのか。SNS時代の情報戦を研究してきたピーターWシンガーは「一人一人が知らぬ間に情報戦に関わっていることを自覚しなければならない」と指摘。ある調査では感情に訴えるフェイクは事実よりも20倍速くSNS上で拡散されることが分かっている。世界に真偽不明な情報があふれる中、どのように真実を見極めればいいのか、各地で模索が始まっている。
ドイツの中学校ではロシア側が発信したフェイクとされるニュースについて対策を話し合う授業が行われている。子どもたちが自分で事実を確かめる力を養うことを目指している。
一方、米国では情報戦で深まった分断を乗り越えようとする取り組みも行われている。心理学者・ジュリアンミンソンと冷戦時代ソビエトで暮らしてきた祖母はロシア側が流す情報にしか接することのできないロシア国内の人々に向けて今何が起きているのかを伝えようとしている。メッセージを書き込めば世界中の誰もがロシアの市民にメールを送れる仕組みになっている。この1年で2億通以上のメールを届けてきた。祖母は国家が事実をゆがめる様を目の当たりにした経験から自分に何ができるのかを考え続けてきたという。
閉じる
1月8日放送、すべては微生物から始まった 見えないスーパーパワー
微生物たちが進化によって身につけたスーパーパワーが未来を変えるかもしれない。腫瘍医学/ジョンズホプキンス大学・シビンジョウは、がんの治療に微生物の力を利用しようとしている。従来のがん治療には一つ難点があった。がんは急激に成長するため、その内部には血管がなく酸素もほとんど届かない。
抗がん剤を投与しても細胞の奥深くまで届けることは難しい。クロストリジウムという微生物は本来は主に土の中で暮らしているが、酸素が嫌いで土の中の脂肪分を分解してエネルギーにしている。...
全部読む
微生物たちが進化によって身につけたスーパーパワーが未来を変えるかもしれない。腫瘍医学/ジョンズホプキンス大学・シビンジョウは、がんの治療に微生物の力を利用しようとしている。従来のがん治療には一つ難点があった。がんは急激に成長するため、その内部には血管がなく酸素もほとんど届かない。
抗がん剤を投与しても細胞の奥深くまで届けることは難しい。クロストリジウムという微生物は本来は主に土の中で暮らしているが、酸素が嫌いで土の中の脂肪分を分解してエネルギーにしている。その際発する酵素にはがん細胞を破壊する力があることが今回、明らかになった。実際に人で臨床試験を始めたところ、がんが劇的に縮小するケースがあることが分かった。がんを退治する微生物にはリステリア、サルモネラなど数種類の候補があり、実際の治療に生かせるのか安全性の検証が行われている。
微生物が環境問題の解決にも役立つのではないかと期待が高まっている。PET分解菌の得意技はプラスチックを食べてしまうこと。プラスチックが普及した僅か50年で微生物は進化によってパワーを身につけた。最新の科学で次々と微生物の役立つ力が明らかになり始めている。
微生物の驚くべき増殖能力によって、地球環境自体が作り上げられていることが最新研究で明らかになってきた。気温が低く、食べ物もない過酷な環境に微生物がいるかどうかを詳細に解析すると、さまざまな微生物が大気中に含まれていることが分かってきた。この中で地球環境に不可欠な役割を果たしている微生物が見つかった。
光合成をする微生物はふだんは海の中で植物と同じように二酸化炭素を吸い、酸素を出している。地球全体のうち微生物が担う光合成の割合はおよそ50%と陸の植物全体に匹敵する貢献をしている。空気中の窒素を植物の栄養分に変える微生物は特殊な化学反応を起こして自然界にあるアンモニアや硝酸のほとんどを作り出している。地球の生態系に欠かせない二酸化炭素や酸素、窒素の多くは微生物がコントロールしていたことになる。
調査にあたった大気微生物学/近畿大学・牧輝弥が注目したのはバチルスという微生物。牧は「目には見えないのにめちゃめちゃ大きなことをしている」と語る。
本来は砂漠で多く見られる微生物で、特技は砂粒を分解し鉄イオンなどのミネラルを取り出すこと。砂漠の微生物が日本上空にいた理由は黄砂に乗って大移動してきたからである。黄砂は健康への被害が課題になっているが、バチルスがその砂粒を分解することで生態系に重要な役割を果たしている可能性も見えてきた。
5000kmの旅を経て太平洋へとたどりついたミネラル分はそこで暮らす微生物の貴重な栄養分になり、海の生態系を支えている。微生物一つ一つは見えなくともその微生物によって生かされている。地球は微生物によって支えられているのである。
今でも謎が多い微生物。人類はまだそのほとんどを理解できていないが、その本当の姿を知らないまま感染症との戦いの中で微生物を殺すことに力を注いできた。
例えば胃がんを引き起こすピロリ菌。感染症医学/ラトガース大学・マーティンブレイザーは最近になってピロリ菌にはアレルギー、ぜんそく、食道炎などを抑える働きがあることを突き止めた。ピロリ菌を殺す抗生物質の投与を慎重に行うべきケースもあるかもしれないと考え始めている。
ブレイザーは「われわれは古代から共に生きてきた微生物を安易に殺してしまっている。われわれを助けてくれる微生物たちにもっと親切にならなければならない」と語った。
人類が微生物の力を借りて再び飛躍をとげる瞬間はやって来るのか。宇宙への旅には微生物の力が不可欠だと考えられている。微生物が僅か3日で作ったタンパク質は肉やチーズにそっくりの食感や栄養を再現できるため、宇宙での食事に応用されようとしている。
微生物で出来た建築材料もある。微生物が作ったブロックを加熱することで軽いのにコンクリートよりも堅く断熱性も高い材料が生まれる。そのため、火星での住居に利用しようという動きが出ている。
NASA・リンロスチャイルドは「私たちが宇宙に行く時、微生物は私たちのパートナーとなるだろう。健康・食料・薬など、微生物のおかげで人類は地球外に存在できるようになるはず。今はその始まり」と語った。
閉じる
「NHKスペシャルを追う」内の検索