証言ドキュメント 日銀 “異次元緩和”の10年~(4月16日放送)
通貨と物価の番人・日銀はこの10年、2%の物価上昇を目指し、異次元の金融緩和と呼ばれる政策を推し進めてきた。10年間に投じた額は合わせて1500兆円超。日本経済に強力なカンフル剤を打ち込み、デフレ脱却を目指すアベノミクスの第1の矢と位置づけられた。株価は2倍以上に上昇、雇用は女性や高齢者を中心に400万人以上増えた。
2011年6月、異例の金融政策が動き出す1つのきっかけがあった。黒田東彦のもとで副総裁を務めた岩田規久男が安倍元総理大臣の勉強会に招かれ、日本経済低迷の原因はデフレにあると考えていた岩田が安倍に、日銀のこれまでの政策を大転換し、国債を大量に買い入れて金融緩和を推し進めれば好循環が生まれ、長年苦しむデフレから脱却できると説明したことだった。...
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通貨と物価の番人・日銀はこの10年、2%の物価上昇を目指し、異次元の金融緩和と呼ばれる政策を推し進めてきた。10年間に投じた額は合わせて1500兆円超。日本経済に強力なカンフル剤を打ち込み、デフレ脱却を目指すアベノミクスの第1の矢と位置づけられた。株価は2倍以上に上昇、雇用は女性や高齢者を中心に400万人以上増えた。
2011年6月、異例の金融政策が動き出す1つのきっかけがあった。黒田東彦のもとで副総裁を務めた岩田規久男が安倍元総理大臣の勉強会に招かれ、日本経済低迷の原因はデフレにあると考えていた岩田が安倍に、日銀のこれまでの政策を大転換し、国債を大量に買い入れて金融緩和を推し進めれば好循環が生まれ、長年苦しむデフレから脱却できると説明したことだった。翌年、安倍は大胆な金融緩和を行うことを公約の1つに掲げ、総選挙で大勝し、第2次安倍政権が誕生した。
2013年3月、日銀の新たな体制がスタートし、総裁に日銀の政策に異を唱えていた黒田東彦が着任した。就任の翌日、黒田は数百人もの行員を前に「世界中で15年もデフレが続いている国はひとつもない」と話し、日銀内部に衝撃を与えた。この2週間後、「黒田バズーカ」と称される金融政策を発表した。日銀は銀行から買い入れる国債の規模を年間50兆円のペースで増やすとともに、市場に供給するマネーの量を2年で2倍にすることで企業などに資金が回りやすくなると説明した。ETFと呼ばれるさまざまな株式を集めた投資信託を年間1兆円のペースで買い入れ、不動産の金融商品の購入額も増やした。大量のマネーをつぎ込み、経済全体を活性化させ、2年で2%の物価上昇を実現するとした。この政策を副総裁として支えたのが安倍に政策提言をした岩田と日銀の理事から昇格した中曽宏だった。
黒田バズーカ実現のため日銀が重視したのが人々の心理で、将来、物価が上がるという期待が高まると、好循環が生み出されるという経済学の理論である。黒田バズーカによりすぐに変化は起きた。日経平均株価は1万2000円台から1か月で1万5000円台に上昇。為替も1ドル=90円台だったのが1年後には103円と円安に転じた。新たな雇用も生まれ1年で46万人増加した。物価の上昇率は1年後には1.4%。このままいけば、日銀のもくろみどおり進むかにみえたが、2014年4月の消費税引き上げ後、少しずつ雲行きが怪しくなり、物価の上昇率が下がり始めた。
2年で2%の物価上昇は難しいのではないかと黒田東彦に直接伝える幹部もいたが、黒田は揺るがなかった。目標とした2年まであと半年が迫る中、黒田は「バズーカ2」と呼ばれる追加の緩和策に踏み切る。国債を買い入れ規模を30兆円上積みし、80兆円にし、株価に連動するETFの買い入れを3倍に増やしたが、政策の効果はすべてが期待どおりに表れなかった。企業の設備投資は増えたが、その動きは力強さを欠き、借り入れをして設備投資に動く企業は期待したほど増えなかった。一方で日本全体の内部留保は異次元緩和が始まった2013年度、2014年度と続けて増え、350兆円を超えた。
2015年4月、黒田が約束した2年が過ぎても、2%の物価上昇は実現しなかった。1.4%をピークに上昇率は低下、ついに0%になった。黒田は目標の達成時期を2016年度前半ごろに先送りしたが、2015年夏以降、連続で物価の上昇率はマイナスとなった。それでも黒田は強気の姿勢を崩さず、目標の達成時期はさらに先送りされた。2015年の暮れ、黒田は反対を押し切り日銀史上初めてとなるマイナス金利の導入に踏み出した。金利がマイナスになるという言葉が人々に不安を与え、手元に現金を置いておこうと金庫を買い求める人が相次いだ。マイナス金利は銀行の経営を直撃し、企業に貸し出す金利が一段と低下し得られる収益は減少した。半数以上の地銀が融資など本来の業務で赤字に陥った。
僅か8か月後、日銀は異次元緩和は、もはや限界という指摘が出る中、禁じ手ともされる手法「イールドカーブコントロール」を打ち出した。日銀が国債を買う量を大幅に増やす力で金利を押さえ込もうというもの。中央銀行がコントロールすることは不可能と言われていた国債の長期金利を人為的に操作する手法は世界を驚かせた。マイナスだった物価の上昇率はプラスに転じたものの2%には程遠い。黒田を支えてきた副総裁の中曽は金融政策だけでは経済の好循環を生み出すのは難しいという思いを強く持つようになった。
黒田の2期目は異次元緩和の副作用にどう対応するかが課題だった。調査統計局長として黒田を支えてきた前田栄治が主導して日銀は異次元緩和の規模をさらに拡大させた。2020年春、新型コロナの感染拡大への緊急対応。経済を下支えするため、追加の緩和策として年間80兆円としていた国債買い入れ額の上限を当面、撤廃した。ETFの買い入れを6兆円から12兆円に倍増させ、不動産の金融商品への投資も増やすことを決めた。政府の国債の発行残高はついに1000兆円を超えたが、その半分以上を日銀が保有するまでになった。これが国の財政規律の緩みにつながっているという指摘もある。
異次元の金融緩和をこのまま続けていくのかを問われる事態が突然、生じた。ウクライナ侵攻の影響でエネルギー価格が上昇、為替は1ドル=151円まで急激に円安が進み、輸入品の価格が高騰。物価上昇率は一時4.2%に達するなど日銀が意図しない形で2%を超す状態が続くことになった。物価上昇が進む中それに引きずられるように賃金も上がり始めた。物価上昇が続く中、日銀が金融政策の修正や転換を迫られるのではないかと海外の投資ファンドが日本国債の空売りを仕掛けている。物価が上昇する中、市場では金利が上がる圧力が強まっている。日銀はそれを押さえ込むため大量の国債を購入しているが、いずれ、その力が効かなくなり限界を迎えるはずだとファンドは考え、空売りを仕掛けた。
黒田バズーカから10年、総裁の黒田東彦が最後の勤務の日を迎えた。会見で株価の上昇や雇用の増加を成果と強調しつつ、日銀が目指す形での2%の物価上昇を実現できなかったことに悔しさをにじませた。
経済の実力を示す日本の潜在成長率は異次元緩和を始めた10年前よりもむしろ低下している。デフレからの脱却と経済成長を目指して始まった異次元の金融緩和。デフレではない状況になったものの、経済の再生は果たせていない。
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4月2日放送、ジャパンリバイバル“安い30年”脱却への道
80年代から90年代初頭にかけてバブルの絶頂期、メイドインジャパンの自動車や家電など製品が世界を席巻し、日本は勢いに乗っていた。終身雇用を前提に日本企業は時間とカネをかけて人材を育成し、高付加価値の新製品を次々と世に放っていった。その結果、利益が上がり、これを賃金に還元するという好循環が生まれていた。
しかし、バブルは崩壊し、この30年間で日本は割安と見られる国にすっかり変わってしまった。
京都駅前の一等地に建つ都ホテル京都八条はおととし、米国の投資ファンド「ブラックストーン」に買収された。...
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80年代から90年代初頭にかけてバブルの絶頂期、メイドインジャパンの自動車や家電など製品が世界を席巻し、日本は勢いに乗っていた。終身雇用を前提に日本企業は時間とカネをかけて人材を育成し、高付加価値の新製品を次々と世に放っていった。その結果、利益が上がり、これを賃金に還元するという好循環が生まれていた。
しかし、バブルは崩壊し、この30年間で日本は割安と見られる国にすっかり変わってしまった。
京都駅前の一等地に建つ都ホテル京都八条はおととし、米国の投資ファンド「ブラックストーン」に買収された。このファンドが4年間で投じた金額は1兆円以上に及ぶが、同グループは(円安の今)日本への投資をさらに加速させようとしている。
一方、3年前に中国の電機メーカーが日本に作った研究開発拠点では160人を超える日本の技術者を雇用している。8割近くが大手メーカー出身で、日本人社員の1人は「(日本の会社と違い)自由にやらせてくれるところがいい」「日本企業にはない意思決定の速さが魅力だ」と指摘する。この中国メーカーは、(日本人に対し)能力に見合った好待遇を用意しており、今後日本の技術者の獲得を更に進めていきたいとしている。
バブル崩壊後に目立ち始めた日本の企業や人材を獲得する動きが今、これまで以上に加速しており、中小企業の売買を仲介する企業では「日本企業を買収したい」との問い合わせが2年間で4倍に急増している。今年に入ってその件数は更に伸びており、中国や欧米に加え、最近では、東南アジアからの問い合わせも増えているという。
IMF(国際通貨基金)でエコノミストを務めた東京都立大学経済経営学部・宮本弘曉教授は「バブル崩壊で企業がやるべきことがコスト削減で、負債の圧縮が企業の至上命題であり、コストを削減して価格を下げる価格競争に走っていった結果、所得が増えず、消費者も豊かになれないという負のスパイラルに陥ってしまった」と分析した。
賃金の伸びを世界と比較してみると、米国ではこの30年ほどの間、所得が低い層から高い層まで全て15%以上賃金が上昇した。一方、日本はこの間、全ての層で10%から20%ほど減少した。安さを追い求めるうちに世界の成長から取り残されてしまった形である。バブル崩壊後、日本が選択せざるをえなかった安さを追い求める道だが、今、世界各国が成長を続ける中で日本だけがとり残される限界点に達してしまった。
人件費を抑えようとベトナムに進出した日本のアパレル企業は従業員が集まらないという壁に直面している。
製造業の賃金がアジアで最低水準のバングラデシュでさえも人が集まらず、日本のビジネスは行き詰まりを見せている。繊維商社・蝶理ダッカ事業所・松下友和所長がアジア各地で投げかけられたのは製品の価値に見合った対価が払われないことに対する厳しい意見だった。
結果的に海外との価格競争に敗れた日本の縫製工場に注文が相次ぐという皮肉な事象が生まれている。久慈ソーイング・中田輝人社長は「(工場の海外移転によって)日本の工場がこれだけ少なくなっているのに、海外から回帰してくるのは本当に都合がよすぎる」と批判的である。
こうした状況について前出・宮本弘曉教授は「日本の場合はかつて外国に出ていって人材費を抑えようとしていた。ところが日本企業が進出した国は10年で人件費が約2.5倍になってしまった。日本は一種の衰退途上国に入ってる」と分析した。
スイスのビジネススクールが発表する世界競争力ランキングでは30年前までは日本が1位だったが、その後、下降を続け、今では34位にまで転落してしまった。逆にマレーシアやタイなど、東南アジアの国々に追い抜かれている状況である。宮本弘曉教授は「経済力は国際的な発言力につながる。世界の舞台で日本が発言できなくなる。活路を見出すためには、例えば外国企業がお金を出すことで経営が再び回り始め、グローバルな視点が持つことができるなど、外国がキーワードになるだろう」と語った。
さらにカギを握るのが人材への投資で、宮本弘曉教授は「日本では1990年代半ばから人材にかける金は減少し、企業の積極的な経営が失われていった。人に金をかけないと中長期的にスキルが伸びない」と警告した上で「異質性」がキーワードになると話した。「(異質なものを取り入れることで)化学反応が生み出され、革新的なものにつながる可能性がある。海外に目を向ける、自分の立場を見つめ直すことが重要」と、宮本弘曉教授は提言した。
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3月19日放送、事故12年目の“新事実”
核燃料が完全に露出し一番損傷が大きいと見られていた2号機だが、意外にも、原子炉から溶け落ちた核燃料デブリは、他の原子炉に比べ大幅に少なかった。
最新のデータやプログラムで解析した結果、2号機は核燃料が露出したあと1時間以上たっても温度はあまり上がらず、メルトダウンは始まっていなかったことがわかった。逆にメルトダウンを防ごうと行われた消防車による注水が再開されたあと原子炉の状態が悪化し、メルトダウンが始まってしまった。...
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核燃料が完全に露出し一番損傷が大きいと見られていた2号機だが、意外にも、原子炉から溶け落ちた核燃料デブリは、他の原子炉に比べ大幅に少なかった。
最新のデータやプログラムで解析した結果、2号機は核燃料が露出したあと1時間以上たっても温度はあまり上がらず、メルトダウンは始まっていなかったことがわかった。逆にメルトダウンを防ごうと行われた消防車による注水が再開されたあと原子炉の状態が悪化し、メルトダウンが始まってしまった。
少量の水を入れることでなぜメルトダウンが早まったのか。ドイツ・カールスルーエ工科大学・マーティンシュテインブルク博士は、原子炉に入れる水の量が少ないとむしろ事態を悪化させると指摘する。
博士は、2号機で起きたと推定されている現象は、消防車からの少量の放水活動によって水位が徐々に上昇し、それが核燃料に触れたことで水蒸気が発生し、水ジルコニウム反応が促進され、結果的にメルトダウンに至ったと説明している。
水ジルコニウム反応とは核燃料を覆う金属・ジルコニウムが高い温度となった状態で水と触れることで起きる反応である。ジルコニウムが水に含まれる酸素と結びつくことによって水素が発生、この反応で膨大な熱が生まれ、水素爆発に至ったのである。一方、東京電力は原子炉の底にたまっていた水から水蒸気が発生し、水ジルコニウム反応が促進された可能性があると説明している。
冷却装置が停止した3号機に関しての問題点も浮かびあがってきた。福島第一原発で格納容器を冷やす唯一の手段だとして、現場がスプレイを開始したが、その僅か20分後、国の意見だとする情報が本店経由でもたらされた。彼らが恐れていたのは水素爆発で、前日に爆発した1号機と同じ道を3号機もたどるのではないかということが念頭にあった。
その対策として彼らが提示してきたのが格納容器の圧力を抜くベントだった。メルトダウンによって発生する水素を外部に放出することもできるが、ドライウェルスプレイとベントは同時にはできなかった。ベントの配管に取り付けられたラプチャーディスクがあるためである。
通常、ラプチャーディスクは格納容器から放射性物質が漏れないようにする部品であるが、このディスクは圧力がおよそ5気圧を超えないと破れないため、スプレイによる冷却を行っている限りはベントを行うことはできない。スプレイによって、圧力は5気圧以下にとどまっていたからである。つまりベントを行うには圧力を下げる効果があるドライウェルスプレイを停止するしかなかった。
この矛盾の中で現場は選択を迫られ、ベントを選ぶこととなった。その結果、炉心損傷によって発生した水素が、圧力容器・格納容器から原子炉建屋内に漏れ出し、水素爆発が起こった。
シミュレーションの結果、スプレイを続けていれば3号機で起こった水素爆発を緩和できる可能性があった。
専門家たちから原発の設計に問題があったと指摘があり、事故後、各地の原発では事故の際にベントを妨げるものだとしてラプチャーディスクそのものが撤去されることになった。
福島第一原発の事故を検証しどう対策につなげるのか、世界の研究者が今も模索を続けている。核燃料の研究を続けるドイツのカールスルーエ工科大学・マーティンシュテインブルク博士は2月、福島第一原発を訪れた。
水素爆発の原因となった水ジルコニウム反応を起こす核燃料は世界中の原発で今もそのまま使い続けられており、水ジルコニウム反応の課題を克服する新たな核燃料の実用化を世界の研究者たちは目指している。
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2月19日放送、ドキュメント国連安保理 密着・もうひとつの“戦場”
2つの世界大戦の反省から78年前に国連は創設され、平和の番人としての役割を担ってきた。しかし常任理事国メンバーであるロシア自身が自らの立場を利用して拒否権を行使し、安保理を機能不全に陥らせている。結果として国連はウクライナ戦争を止めることができずにおり、「もはや国連は不要なのではないか」との声まで出ている。
こうした中、国際連合・グテーレス事務総長がNHKのインタビューに答えた。グテーレス総長は「結束して迅速な行動が必要である多くの重要な問題に対し、安保理の機能が麻痺している。...
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2つの世界大戦の反省から78年前に国連は創設され、平和の番人としての役割を担ってきた。しかし常任理事国メンバーであるロシア自身が自らの立場を利用して拒否権を行使し、安保理を機能不全に陥らせている。結果として国連はウクライナ戦争を止めることができずにおり、「もはや国連は不要なのではないか」との声まで出ている。
こうした中、国際連合・グテーレス事務総長がNHKのインタビューに答えた。グテーレス総長は「結束して迅速な行動が必要である多くの重要な問題に対し、安保理の機能が麻痺している。地政学的な分断によって本来、安保理がしなければならない仕事ができない環境となってしまっている」と、国連の機能不全を認めた上で、「戦争を止めることだけが国連の仕事ではない」「とても重要なものがあることを各国に理解させることは可能だ。簡単ではないが絶対に諦めず、新しい可能性を探っていく」と反論した。
国連に詳しいイェール大学教授・歴史家のポールケネディは、「国連安保理が戦争を終わらせることができるのは大国の考えが一致しており、拒否権を行使せず、他国を妨害しない時に限られている」と指摘し、それはそもそも国連創設者の狙いであったとしている。
本来は拒否権を持つ大国が国連憲章の中にある「各国の主権を尊重する」という規定を無視するべきではないが、大国に有利な国連のシステムは変えることはできないとケネディは指摘する。
ケネディによれば、拒否権というシステムがあるからこそ、ロシアは国連に留まっているのだとしている。国連誕生の経緯をみていくと、この部分がはっきりとする。国連の創設者たちは国連の前身である国際連盟の失敗の原因を学習した結果、ドイツや日本など大国が次々と脱退して力を失ったために、第2次世界大戦を防ぐことができなかったと結論づけていた。国連創設者たちはこうしたことが起きないよう仕組みを考えた。
1944年、戦勝国である米国、英国、ソビエトの代表がダンバートンオークス会議で国連憲章の基礎について話し合ったが、彼らは国連をテントに見立て、「一頭の猛獣がテントを飛び出すよりも、すべての動物をテントの中にとどめておくほうが良い」と考えた。それによって将来の大国同士の戦争を回避することが可能になると考えていた。猛獣(大国)をテント(国連)内にとどめておくための国際秩序の維持の仕方、必要悪として拒否権が考えだされた。
より具体的に言えば、拒否権を発案したのはソビエトから参加したグロムイコ大使であった。彼は国連に参加するにあたり数で勝る欧米の意思を押しつけられることを警戒した。そこで、拒否権の導入を国連参加の条件として突きつけた。結果的に戦勝5か国が安保理で拒否権を持つ常任理事国となることで合意し、国連は発足した。
その後、ソビエトは西側諸国の国連加盟を阻止しようと拒否権を連発し、米国も中東問題で拒否権を繰り返し、拒否権を行使してきた。その数は5か国合わせて300回以上に上っている。
今年1月、国連安保理の非常任理事国・議長国だった日本はロシアを説得し、シリアへの人道支援を全会一致で継続させることに成功した。たとえ国連が機能不全を起こしていたとしても、現段階では国連が対話の最後の砦であることに変わりはない。
かつて英国・チャーチル元首相は「交渉は戦争よりもマシ」だと言ったが、ウクライナ戦争を終わらせるためにはロシアを国際社会に引き戻し交渉していく必要がある。そのためには国連安保理をうまく使っていくしかない。
ケネディは「たとえ彼らが無法者であったとしても安保理というテントに閉じ込め、譲歩を引き出すための話し合いをするべきだ」との一言が全てを物語っている。
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2月12日放送、“貿易立国”日本の苦闘 グローバリゼーションはどこへ
ロシアによるウクライナ侵攻によって安全保障の脅威が高まっている。これまでのように自由にものをやり取りする仕組みが揺らいでいる。資源を持たない日本は戦後グローバル化の恩恵を受け、経済を発展させ、暮らしも豊かになってきたが、これまでのグローバリゼーションでは立ち行かない時代が到来している。米国は保護主義的な政策を打ち出し、中国もこれに激しく対抗し、自らの競争力を引き上げるため海外からの技術も取り込もうとしている。...
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ロシアによるウクライナ侵攻によって安全保障の脅威が高まっている。これまでのように自由にものをやり取りする仕組みが揺らいでいる。資源を持たない日本は戦後グローバル化の恩恵を受け、経済を発展させ、暮らしも豊かになってきたが、これまでのグローバリゼーションでは立ち行かない時代が到来している。米国は保護主義的な政策を打ち出し、中国もこれに激しく対抗し、自らの競争力を引き上げるため海外からの技術も取り込もうとしている。貿易立国・日本が米中の間で苦闘する姿が浮かび上がってきた。
もともとグローバリゼーションを推進してきた米国だが、保護主義的な動きを強めている。米国が2022年10月に発表した「国家安全保障戦略」では中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」と位置づけ、これに軍事だけでなく、経済科学技術など、総合的な抑止力を構築し対抗していくとしている。経済の分野では安全保障を脅かすとして4つの特定分野(半導体、蓄電池、重要鉱物、医薬品)に焦点を当てている。特定の中国企業が指定され、例えば規制対象の中国企業がサプライチェーン上にあった場合などは(たとえ日本の企業であっても)制裁を科されるおそれがある。
米国が深刻な脅威と捉えているのが、脱炭素社会実現のカギを握る蓄電池のサプライチェーンである。中国は世界最大500万台を超えるEV市場を抱えている。原料として重要なリチウムの生産量は中国が世界第3位。さらにリチウムを取り出す精錬の工程では世界の60%近くのシェアを占めるなど、中国は川上から川下までのサプライチェーンを握りつつある。これに対し米国は中国に頼らずに蓄電池を生産できるサプライチェーンを一から築き上げようとしている。
米国でEVを購入する人に最大でおよそ100万円の税額控除を導入。条件としてリチウムなど重要鉱物の調達や加工を米国国内とFTA(自由貿易協定)を結ぶ国だけに限定。蓄電池の生産車両の組み立ては米国・カナダ・メキシコで生産する企業のEV車にだけ適用するという方針を示している。これにより中国外しを進めようというのである。
今。EV産業を下支えするため、リチウムの生産を国内で復活させる巨大プロジェクトが米国で進行中である。米国・カリフォルニア州ソルトン湖に眠るリチウムの埋蔵量は将来の世界需要の40%に上ると推計されている。この採掘から精錬までを米国国内で行い、年間・EV100万台分のリチウムを生産するプロジェクトに対し、米国政府は資金提供を行う。こうした政策の恩恵を受けるためにこれまで筆頭株主であった中国との関係を見直す米国企業も出始めている。その一方でEV向け電池の素材に欠かせないもうひとつの重要鉱物・ニッケルについて、世界のニッケル埋蔵量のおよそ4分の1を握るとされるインドネシアは、45年前の生産開始以来、一貫して援助を受けてきた日本ではなく、中国をパートナーに選ぶなど、泥沼の攻防が水面下で展開されている。
「国家安全保障戦略」の重要鉱物に相当するリチウム、チタン、クロム、コバルト、ニッケル、白金、希土類などのレアアースは家電や産業用ロボットなど、幅広い製品に欠かせないが、日本はこうしたレアアース全てを輸入に頼っており、6割を中国に依存している。中国はレアアースを戦略的資源と位置づけており、過去にも輸出手続きを事実上停止するなど、外交カードとして利用している。レアアースは限られた地域にしか埋蔵されていないため、調達先をかえることは容易なことではない。
グローバリゼーションの危機は中国向けの事業を展開し、収益をあげてきた日本企業に難しい判断を突き付けている。ある企業では売り上げの8割を中国向けが占めていて、その中国向けの売り上げがなくなるリスクに直面している。欧州など、ほかの地域への売り上げを増やそうとしているが、国ごとに求められる製品の仕様は異なり、取引相手を変えることに苦しんでいる。
東京大学のAI解析によれば、2003年頃より貿易におけるアジアの中心は中国にシフトし、その後、今日に至るまで日本は中国グループの中に置かれていることが明らかになった。解析を行った東大・坂田一郎教授は「日本は米国と政治的にも文化的・社会的にも非常に強いつながりがあるので、米国と一番つながっていると感じがちだが、日本企業にとってみれば中国を中心としたアジアの貿易圏の中に組み込まれた存在になっているので、非常に難しい状態になっている」と分析した。
グローバリゼーションの象徴でもあるWTOも、機能不全に陥っている。こうした状況を識者はどう考えているのか。2004年からの10年間、欧州債務危機などでバラバラになりかけた欧州各国をまとめた実績を持つ元EU委員長・ジョゼマヌエルバローゾは「グローバリゼーションは経済や社会を発展させる大きな原動力だったが、(グローバリゼーションの)亀裂は元に戻らないと考えている。大きなリスクは大規模な戦争であり、そのような事態にならないことを祈りたい」との絶望的な見方を示した。
米国の元財務長官・ローレンスサマーズは「経済的な対立が安全保障の対立につながり、それがさらに経済的な対立につながるという悪循環に陥る可能性がある」と懸念した。20年以上、日本の通商政策に携わってきた経済産業省通商政策局・寺西規子室長は「通商というのが日本という国のほとんど生命線であり、自由な貿易とか、投資とかが確保される状態でないと生きていけない」と危機感を強めている。
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