霧雨の「北の丸公園」、そして「小石川後楽園」を行く(その212)
6月30日、いよいよ6月も最後の1日となった。...
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6月30日、いよいよ6月も最後の1日となった。
その日の朝9時半頃、JR市川駅から総武快速線で、東京駅まで行った。
東京駅から行幸通りの地下を歩き、北の丸公園に入った。
空は、どんよりと曇り、霧雨が時折顔に当たった。
入ると直ぐに、「近代美術館」の脇を通り、木々で鬱蒼とした森に入った。
小鳥たちが、うるさくさえずっていた。
この森林の紅葉の季節は、一段と秋の風情が濃厚であったことが頭に蘇ってきた。
初めて、梅雨の季節にこの森に入ったが、雨に滴る緑の鮮やかさは、また目に染みるほど美しかった。
小さな渓流の流れる水の音が、冷涼な空気を運んできたが、丘の上から見る堀や高速道路を流れる車群もその対照の景観として素晴らしいものであった。
この季節の風情に調和してくる森林の佇まいを甘受していると、なぜか素晴らしい時のように感じてきた。
この森林に来るたびに感じるのだが、人の気配がほとんどないのだ。その日も誰にも会わなかった。
その雰囲気をたっぷり味わっていると、沢山の子供の声が聞こえてきた。
そろそろ、武道館が近くになってきた。
北の丸公園の門を出ると、堀の中に蓮の花が群生している情景が目に入ってきた。
大きな鳥が、2羽飛んでいた。
そこから、近くの小石川公園にむかい、庭園の池と小川の潺を楽しむことにした。
こちらの庭園には、結構散策を楽しむ人々がいた。
時たま、煙る様に舞う霧雨を楽しみながら、ゆっくりとこの季節の情緒を楽しんだ。
湿度が高く、晴れ間が少ないこの季節であるが、それだけ水分が多く、潤いも多く、なぜかしっとりとした心地よさを感じた。
途中で、お茶と菓子を頂き、休憩をしてから、その庭園の門を出た。
いつもの様に庭園に沿った道を、後楽園の方に歩き始め、その日の帰り道とした。
幸いにも、用意した雨カッパも使わず、梅雨の季節の「清涼」を味わうことができた。
長そでのシャツにジーパン姿で、寒さも暑さも感じなかった。
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この季節の清涼感を求めて「水元公園」へ(その211)
6月23日、その日の朝9時ごろ自宅を出て、京成電鉄の「市川真間」駅へと歩いた。...
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6月23日、その日の朝9時ごろ自宅を出て、京成電鉄の「市川真間」駅へと歩いた。
そこから高砂駅まで乗車し、金町行きに乗り換えた。
気温はそう高くなかったが、どんよりした空の日だった。
京成金町駅から、タクシシーに乗り、水元公園中央入り口に着いたのは、9時40分頃であった。
以前は、自転車でこの公園に来たが、電車で来るとなると結構な時間がかかってしまった。
その公園に入ろうとすると、美しい紫陽花の列が迎えてくれた。
この季節にふさわしい、その花群は水の多いこの公園にはぴったりであった。
青や紫、そして白に色どられたその花園に、早速ビデオカメラを向けた。
その列は、100メートルぐらい続き、続いて菖蒲の花の園が目に入ってきた。
流石に、6月後半になると、一部の花には疲れが見え始めてきたが、それでもまだ花盛りであった。
特に菖蒲の花園は、広く、3か所ほどに分散されていた。
眺めの中には、いつも湖と青い橋が見えた。
多くの人々が、楽し気に語らいながら、そぞろ歩きをしていた。
湖の向こう側には、三郷公園がすぐそこに見え、たまにそこから声が飛んでも来た。
水面に竿を垂らした釣り人が、ただ黙って、その先の動きに集中していた。
重い空の下で、孤独にひたすら竿の動きに集中している人々もいれば、やたらしゃべりに夢中になっている釣り人もいた。
それにしても女性一人で釣りをしている場面には、遭遇しないことにその時やっと気が付いた。
赤黄色の山百合が数本咲いていた。
湖面は唯、静かで、だれも話をしない。
水元公園は、東京都の都営公園の中で最も広い面積を誇っているが、歩いて移動すると、残念ながらその100分の1程度しかカバーできない。
以前は、野鳥のいる場所やこんもりした森林の中を自転車で走りぬいたものだったが、その日は、紫陽花と菖蒲の花畑を中心に、散策を続けた。
鬱陶しい季節の真っただ中で、その季節がくれた美しい花々を堪能していると、心が晴れていくのを感じていた。
その日は、水元公園の水溜まりを経て、再び京成金町まで戻って、そのまま自宅へと帰宅した。
雨にもたたられず、長そでのシャツ一枚で丁度良い気候であった。
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早起きし「松戸の本土寺に紫陽花」を求めて(その210)
6月16日、その日の朝、早起きをし7時半ごろJR市川駅から緩行線に乗り、西船橋駅まで行き、武蔵野線に乗り換え、もう一度北松戸駅で千代田線に乗り換え北小金駅で下車した。...
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6月16日、その日の朝、早起きをし7時半ごろJR市川駅から緩行線に乗り、西船橋駅まで行き、武蔵野線に乗り換え、もう一度北松戸駅で千代田線に乗り換え北小金駅で下車した。
その朝は予想に反し、空に雲が浮かんでいたが、日が差し込む夏の日であった。
北小金駅で、時計を見ると、8時15分頃であった。
本土寺の参道には、既に多くの人々が紫陽花の園をめがけて、ぞろぞろ歩いていた。
山門から入ると、目当てのその花は、この季節に合わせた、青や赤紫などの化粧をして、訪問客を待っていた。
花には、昨日の雨の雫が浮き上がっているものもあった。
ここ3年ほど、この季節にこの寺を訪れているが、例年ほどの華やぎはなかった。
前日寺に、開花状況を聞いたが、「8分咲き」との回答であった。
「ほう、これで8分か?」と意外に思った。
実は毎年、白山にも足を向けるが、今年は紫陽花の玉が小さく、貧弱だと聞いていた。
これだけ、温暖差があると、花もいつ咲いてよいのか戸惑ってしまうのかと勝手に想像し、現実をいかに楽しむかを考えた。
早速、ビデオカメラを取り出し、撮影を始めると、例年よりも人の多さが気になった。
朝8時に開門という、この寺での人出は、既にピーク前の状況であった。
いつものように、寺の奥に入り、歩きながら動画を撮っていると、賑やかな子供たちの歓声が聞こえてきた。
そこに咲いている紫陽花の景色に混じり、多くの来訪者が、楽し気に6月の気候を楽しんでいた。
日曜のこの日が、思いがけずに晴天になったことによるものか、紫陽花の華やかな色彩によるものかは、判別できないが、大方満足そうな会話をしていた。
花の園での、会話は、まちまちである。薔薇の園では、その蘊蓄が主なもので、菖蒲の郷では、花の生い立ちに関する情報が多かったが、ここでは花に関するものよりも友人関係や生活に関するものが多いように感じた。
それにしても、人々は「綺麗な色の花」が大変好みのようだ。
薔薇の園のようなかぐわしい香りがあるわけではないが、紫陽花には、鬱陶しいこの季節に一服の清涼感を感じさせるものがある。
雨の多いこの季節、傘を持たずに、こうしてカメラだけを手にできる機会はそうはない。
そんなことを考えながら、紫陽花の花をズームアップしてみると、その花弁の重層構造の美しさには驚かされた。
そんなことを考えながら、本来は菖蒲の花が咲いていたであろう池や蓮が咲く池を回りながら、ビデオを撮り続けた。
時々、襲ってくるやぶ蚊から、腕を守りながら・・・。
2時間近く楽しんだであろうか、山門を出て、参道に入っていた。
すれ違う人々も、ぞろぞろと紫陽花の園に向かって行くようであった。
その日は、特段汗まではかかなかったが、やや蒸し暑い梅雨時機を紫陽花に癒してもらい、帰宅の途に就いた。
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