フィリピンの外相が最近、同国の南シナ海排他的経済水域(EEZ)内に長らく留まる中国漁船団に対して、“消え失せろ”と外交上好ましくない発言をしたことで中国側の反発を買ってしまった。そうした中、今度は就任以来親中派を認ずる大統領が、功を焦ってか同国保健省も世界保健機関(WHO)も未承認の中国製ワクチンを一存で手当てしてしまい、国民から不興を買ったばかりか、当該ワクチンを中国に送り返さざるを得なくなって、中国側に対しても面目を失っている。
5月6日付米
『CNNニュース』:「フィリピン、WHO未承認の中国製ワクチンを早まって手当てしてしまい返送準備」
ロドリゴ・ドゥテルテ大統領(76歳)は5月3日、中国シノファーム(中国医薬集団、1998年設立)製造のワクチンを初めて入手した場面をライブ放送した。
同大統領は、COVID-19感染対策に積極的な姿勢を評価されると期待してのものだが、実際には国民からは逆に大きな反発を買ってしまった。
何故なら、同社製ワクチンは同国保健省傘下認可局の承認が得られていないものだったからである。
そこで止む無く同大統領は在フィリピン中国大使館に対して、シノファーム製ワクチンはこれ以上送付して来ないで欲しいし、受領分を返送させて欲しいと依頼した。
地元メディア報道によると、同大統領は、“国民に接種を促せるシノバック(北京科興生物製品有限公司、1999年設立)が製造したワクチンを送って欲しい”と伝えたという。
実はシノバック製ワクチンは、今年2月に同国認可局が緊急使用許可を下していたからである。
フィリピンにとっての外交上の面目喪失は初めてではなく、今週初め、テディ・ロクシン外相(72歳)が、フィリピンのEEZ内に長らく留まる中国漁船団に対して不適切な表現を用いたことから、中国側の反発を買って陳謝に追い込まれていたからである。
一方、同大統領のシノファーム製ワクチンに対する急な方向転換は、新たな問題を目立たせてしまった。
それは、中国製ワクチンが十数ヵ国で承認を得ているのに、WHOが緊急使用許可を下していないために、フィリピンのような途上国にとって使用が容易に認められないという点である。
具体的には、シノファームが今年3月、フィリピン食品医薬品局(FDA、1963年設立)に同社製ワクチンの緊急使用許可を申請したが、同局の回答は、WHOのような“厳格な審査を行う機関”から承認を得ていない限り無理というものだった。
ただ、WHOが5月3日に公表したところでは、中国2社からの緊急使用許可申請については、“今週末(5月7日)まで”には結論が出せるとする。
これによって、ワクチン手当てが進んでいない国々には朗報とみられるが、懸念されることは、両社のワクチンとも不活化ワクチン(注1後記)であるため、米ファイザー(1849年設立)・独バイオNテック(2008年設立)共同開発したものや米モデルナ(2010年設立)製のmRNAワクチン(注2後記)に比べて実効性が低いことである。
これに関し、疫学者や医療専門家は、西側諸国の製薬会社と違って、中国2社とも最終段階の臨床試験結果詳細とその実効性について情報を公表していないと非難している。
なお、途上国にも満遍なくワクチンが行き渡るようにと、WHOを中心にCOVAXシステム(ワクチン共同購入・分配システム)が立ち上げられているが、同システムで分配されるのがWHO許可済みのワクチンであり、対象となるファイザー・バイオNテック、英国アストラゼネカ(1999年設立)、印セラムインスティテュート(1966年設立)、米ジョンソン&ジョンソン(1886年設立)及びモデルナ製ワクチンは需要過多で供給がひっ迫している。
そこで、今回中国製ワクチンも承認されれば、ワクチン配布量が倍加することになり、フィリピン含めた途上国向けの供給体制が強化されることが期待される。
5月7日付フィリピン『マニラ・ブルティン』紙:「フィリピン政府、シノファーム製ワクチンの緊急使用認可はまもなくと発表」
大統領府のハリー・ローク報道官(54歳)によると、中国シノファームはまもなく、同社製ワクチンの緊急使用許可申請手続きを同国で促進するため専門職員を派遣してくるという。
この直前、ドゥテルテ大統領は、同社から無償で提供された1千回分のワクチンを受け取ったが、同国FDA承認未取得であったことから、中国側に詫びた上で持ち帰ってもらうよう要請していた。
シノファームによれば、同社製ワクチンを2回接種すれば、実効性は79%超となっているという。
そこで、同報道官は5月6日、シノファーム社製ワクチンは世界25ヵ国で認可・接種されているので、同国FDAもまもなく緊急使用許可を下すことになろうと強調した。
なお、同報道官は更に、大統領は同社製ワクチンが未認可であったため、国民への接種を呼び掛けることは止め、入手済みのワクチンの返送を手配しているが、FDAが認可次第、同社製ワクチンの接種を促進していく考えだと付言している。
(注1)不活化ワクチン:細菌やウィルスを殺して毒性をなくし、免疫をつけるために必要な成分を取り出してワクチン化したもの。不活化ワクチンは異物として認識されるのみで感染はしないため、感染細胞はできない。生ワクチンに比べて副反応が少ない半面、体内で細菌やウィルスは増殖せず、液性免疫のみの獲得となり、免疫の続く期間が短い。そのため、一定の間隔で2~3回接種して最小限必要な免疫をつけたあと、約1年後に追加接種をして十分な免疫をつけるものが多い。
(注2)mRNAワクチン:生き物の体や必要な物質全てについての設計図であるDNAの中から、必要となる部分だけを写しとったものがmRNA。mRNAワクチンは、COVID-19の表面にあって、人の細胞に感染するときの足掛かりとなるスパイクタンパク質を攻撃する免疫を獲得するのを助けるはたらきをする。
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