今秋に中間選挙を迎える民主党・バイデン政権にとって、ガソリン・食品等の主要消費物価格のインフレ高進抑制が困難であることから、厳しい戦いが予想されている。そうした中、バイデン大統領の介入もあって、10万人の鉄道労組と鉄道会社間の労使契約交渉の暫定合意に漕ぎ着けられたことから、風向きが変わる可能性がある。
9月15日付
『AP通信』は、「バイデン大統領及び民主党、鉄道労組契約成立で政策的にも経済的にも追い風」と題して、決裂すると全米で鉄道網がストップしてしまう鉄道労使間協定が、労働省に加えてジョー・バイデン大統領(79歳)の後押しもあって、期限前日に暫定合意に漕ぎ着けられたことから、与党・民主党にとって今秋の中間選挙に向けて追い風になる可能性があると報じている。
鉄道会社と労働組合側が9月15日、暫定的ながら労使協定の合意に漕ぎ着けた。
実はジョー・バイデン大統領が9月14日、労使双方に電話で呼び掛け、目下米経済が直面している難局を乗り切るため、早期決着をするよう説得していた。
労使双方がこれに応えたものであるが、バイデン政権及び民主党陣営にとっては、逆風が吹いている今秋の中間選挙に対して、少なからぬ追い風となる可能性がある。
何故なら、期限の9月16日までに交渉が纏まらなかった場合、労組側は全米でのストライキを、また、経営者側もロックアウトを実施する恐れがあり、全米の長距離貨物運送に深刻な影響を及ぼす可能性があったからである。
労働省の9月15日発表によれば、20時間に及ぶ労使間交渉の結果、一部の組合を除いて概ね合意に達したことから、全米での鉄道輸送停止という最悪の事態を避けることができたという。
なお、今回の暫定合意については、依然全米十数の労組の同意が必要となるが、2024年までの5年間での労賃+24%アップ(複利)、勤務体系及び福利厚生の改善が網羅されている。
一方、万が一全米ストライキもしくはロックダウンとなった場合、総損失額は20億ドル(約2,880億円)に上ると推定され、工場生産継続のための資材搬入、燃料やその他多くの物流が阻害されることになるため、中間選挙が8週間先に迫った段階での労使間協定暫定合意は、少なからず民主党政権への追い風となるものとみられる。
同日付『ブルームバーグ』オンラインニュースは、「労働省、鉄道会社と労組が暫定合意と発表」として、20時間に及ぶ鉄道労使間交渉の結果、暫定合意に漕ぎ着けられたことから、全米に波及する鉄道ストライキもロックアウトも回避できたと報じている。
労働省は9月15日朝、同省で行われた“20時間に及ぶ鉄道労使間交渉の結果、国全体の経済活動継続の必要性を最優先し、労使間協定に関して暫定合意することになった”と発表した。
米鉄道会社と10万人余りの労働者を代表する労働組合が、9月16日を期限として交渉を続けていたが、万が一妥結しない場合、全米での鉄道ストライキ、あるいは経営者側のロックアウトと、いずれにしても、長距離貨物輸送の約40%を担う重要なインフラが麻痺状態に陥り、サプライチェーン(総合的供給網)の逼迫を悪化させる恐れがあった。
ただ、当該暫定合意には、トラック運転手組合(IBT、1903年設立の米・カナダ組合)及び国際板金・航空・鉄道・運輸労働者協会(SMART、1888年設立)の2つの労組が重視していた問題の条件が盛り込まれていないことから、両組合の米国支部が合意に抵抗する対応をみせている。
閉じる
旧ソ連のアゼルバイジャン及びアルメニア間のナゴルノ・カラバフ紛争(注1後記)が再燃している。そうした中、ロシアによるウクライナ軍事侵攻を棚に上げて、ウラジーミル・プーチン大統領(69歳)が両国の停戦を要求している。
9月14日付欧米
『ロイター通信』は、「プーチン大統領、2020年以来最悪の戦闘を起こしたアゼルバイジャン・アルメニア両国に対して停戦を要求」と題して、2020年勃発のナゴルノ・カラバフ紛争に関し、4度の停戦合意を繰り返した後、この程最悪となる100人近い将兵が死亡する戦闘が起こったことから、プーチン大統領がたまらず双方に停戦を呼びかけたと報じている。
9月13日に起こった戦闘の結果、アルメニア軍で少なくとも49人、アゼルバイジャン軍で50人の将兵が死亡した。
2020年に勃発した両国間のナゴルノ・カラバフ紛争において、今回最悪の軍事衝突となったことから、これまで何度も停戦交渉の仲立ちをしてきたウラジーミル・プーチン大統領が、両国に対して即時停戦を呼びかけた。
両国は旧ソ連傘下で、ともに1991年に独立しているが、ナゴルノ・カラバフの領有権をめぐって対立し、2020年に本格紛争に突入していた。
今回の軍事衝突では、9月12日深夜に国境付近の数ヵ所で戦闘が発生したが、双方がともに相手方の先制攻撃だったと非難し合っている。
ロシア政府は、2020年にナゴルノ・カラバフ紛争が勃発した際、平和維持軍を派遣して6週間で停戦に導いていた。
しかし、今回はロシア軍のほとんどがウクライナ戦争に注力していて、すぐには平和維持軍を再派遣できる状況にない。
ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官(54歳、2012年就任)も、“プーチン大統領はこれまで、国境付近での衝突回避に向けて介入を試みてきた”としながらも、“ロシア政府及びプーチン大統領の個人的な立場からの停戦介入について、余りに多くを望まれるのは困難なことだ”と表明している。
英国のシンクタンク、王立国際問題研究所(チャタム・ハウス、1920年設立)ロシア・ユーラシア問題研究部門のローレンス・ブロウアーズ研究員は、ロシア軍がウクライナ戦争に係りきりになっていることから、アゼルバイジャン側に領有権問題でより積極的に行動しようとする隙を与えてしまったとみられる、と分析している。
アゼルバイジャンは、30年前に発生した第一次ナゴルノ・カラバフ紛争で多くの領土を失っていたが、トルコからの強い後ろ盾もあって、2020年の第二次紛争の結果、かなりの領土を取り返している。
そこでブロウアーズ研究員は、“2月下旬のウクライナ軍事侵攻以来、ロシア軍による地域安全保障維持のための貢献に疑問が出始めたことから、アゼルバイジャンにとって、2020年紛争でやり残した仕事を完遂するかのように、棚上げされた領土帰属問題を一挙に解決しようと行動を起こしたものとみられる”と解説している。
今回の衝突に関し、トルコのフルシ・アカル国防相(70歳、2018年就任)は、“今回の軍事衝突に関しても、トルコはアゼルバイジャンを支持する”と表明した。
また、アゼルバイジャン外務省も、“衝突の原因はアルメニア側にあり、アゼルバイジャンは、自国領土及び主権を脅かす如何なる行動に対しても断固として対抗していく”と強調している。
これに対して、アルメニアのニコル・パシニャン首相(47歳、2018年就任)は、アゼルバイジャン領土内ながら、アルメニア系住民が大勢を占める街でアゼルバイジャン側が攻撃を仕掛けてきたと糾弾している。
同首相は、アゼルバイジャン側の攻撃は続いているが、戦闘そのものの激化は鎮静化していると付言した。
なお、米国のアントニー・ブリンケン国務長官(59歳、2021年就任)は、“ロシアによるウクライナ軍事侵攻から分かるように、ロシアはいつも紛争の火種を撒いている”とした上で、
“今こそ、ロシアの影響力を以てして、この紛争の即時鎮静化を図るべきである”とコメントした。
一方、フランスのエマニュエル・マクロン大統領(44歳、2017年就任)は、今回の軍事衝突について国連安全保障理事会の議題に上げると表明している。
同日付ロシア『RTニュース(旧称ロシア・トゥデイ)』(2005年開局の国営メディア)は、「ロシア主導の交渉団をアルメニアに派遣」として、ロシアがナゴルノ・カラバフの軍事衝突の鎮静化に乗り出したと報じている。
集団安全保障条約機構(CSTO、注2後記)は9月14日、前日に発生したアルメニア・アゼルバイジャン間軍事衝突を鎮静化させるため、CSTOの交渉団を派遣すると発表した。
同機構のスタニスラフ・ザス事務局長(58歳、2020年就任、ベラルーシ軍人・政治家)が率先し、アナトリー・シドロフCSTO統合幕僚長(64歳、2015年就任、ロシア陸軍上級大将)が同行するという。
今回の交渉団派遣は、今年のCSTO議長国となっているアルメニアの招集によって開催されたCSTO安全保障理事会(オンライン形式)において決まったものである。
同理事会においてパシニャン首相は、アゼルバイジャン側の大砲やドローンによる攻撃に伴う軍事衝突の結果、双方合計で99人の将兵が死亡したと報告した。
これに基づき、プーチン大統領は、国境紛争鎮静化のために主体的に介入すると表明した。
なお、CSTO声明によると、2020年11月のロシア主導による停戦合意の取り決め、及び“国際法に準拠して、政治的かつ外交的な対応のみに基づいて鎮静化に努める”としている。
(注1)ナゴルノ・カラバフ紛争:2020年9月末に勃発した、コーカサス地方のアゼルバイジャンとアルメニアの係争地となっているアルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ共和国、NKR)を巡る軍事衝突。1カ月半の戦闘行為と数回にわたる停戦合意を経て、アゼルバイジャンが事実上勝利。NKRは領土の大部分をアゼルバイジャンに返還し、実効支配地域は旧ナゴルノ・カラバフ自治州の領域のみとなったが、帰属の決定については将来に棚上げされた結果、2022年になって再び紛争が勃発。なお、アゼルバイジャン支持国はトルコ・アフガニスタン・パキスタン・イスラエルで、アルメニアはフランス・イラン・サウジアラビア・アラブ首長国連邦(UAE)が支持している。
(注2)CSTO:1992年5月に旧ソ連の構成共和国6ヵ国(ロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)が調印した集団安全保障及び集団的自衛権に関する軍事同盟。2002年に集団安全保障条約機構に発展。
閉じる