7月22日付米国
『CBS』は「イランがCIAスパイ17人を拘束または死刑判決と発表、一方でトランプはこれを否定」との見出しで以下のように報道している。
イラン情報当局が記者会見で伝えたところによると、米中央情報局(CIA)に雇われイランの核や軍事施設の偵察活動をしていたイラン国籍の17人が逮捕され、そのうち既に死刑判決が出た者もいるという。月曜朝トランプ大統領はこの拘束を完全な嘘だとツイートした。...
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7月22日付米国
『CBS』は「イランがCIAスパイ17人を拘束または死刑判決と発表、一方でトランプはこれを否定」との見出しで以下のように報道している。
イラン情報当局が記者会見で伝えたところによると、米中央情報局(CIA)に雇われイランの核や軍事施設の偵察活動をしていたイラン国籍の17人が逮捕され、そのうち既に死刑判決が出た者もいるという。月曜朝トランプ大統領はこの拘束を完全な嘘だとツイートした。これはイランの年末にあたる3月末だったという。拘束された人々は、イランの軍事、核開発施設の機密機関に関する任務にあたっていた。死刑判決を受けた人数は明らかにしていない。CIAからのコメントはなく、元CIA長官のポンペイオ国務長官は拘束の詳細発言を控え、 「イラン政府は長く嘘をついてきた歴史がある。」と述べるに留まり、アヤトラ(イスラム教シーア派指導者)は世界に噓をつくのが常套手段の一つだ、イランの主張には信憑性がない」とした。
このような発表はイランの常とう手段だが、昨年の核合意破棄や制裁強化での今回のタイミングは、両国の緊張をより一層高めることとなるだろう。
名前は明かしていないがイラン情報省の防諜部門トップによる発表というプロセスも非常に珍しいことで、メディア報道の前に防諜当局が現れるのも稀である。イランは、高度な訓練を受けた17人の誰もが妨害行為に失敗していたとした。スパイ内容は勤務している施設での情報収集や技術的、知的活動、監視装置の設置や移動だという。CIAが彼らに米国ビザや米国内での仕事を保障し、その内何人かは寝返り、今はイランの反米機関で任務に就いている者もいるという。また外国の女性CIAスパイの動画が収められたCDを手渡された、中にはイランがスパイを雇ったと主張するトルコ、インド、ジンバブエ、オーストリアの大使館職員の名前もあったという。
これまでにもしばしばイランは米国やイスラエルなどの外国機関のスパイを拘束したとしてきた。6月にはCIAのスパイだとするイラン国防省元職員に死刑判決としている。4月にイランは過去国内外で290人のCIAスパイを発見したと発表していたが、今回の逮捕発表との関連は不明である。
同日付米国『ABC』は「イランが、CIAが雇った17人のイラン人スパイを逮捕したと発表」との見出しで以下のように報道している。
「月曜イランは17人のイラン人CIAスパイの拘束を発表、何人かは死刑判決を受けたという。トランプ大統領はこれをまたもやイランの噓だとした。
イラン情報当局の発表では、拘束は過去数カ月の間に行われていたという。諜報対象の施設内の職員や、コンサルタント、請負業者として勤務していたところを拘束したという。
トランプ大統領はホワイトハウスで、「これは完全なる偽報道で全くの噓。イランは米国に対し無礼だ。明らかにイランとの交渉は困難になっている。イランの態度も発言も全く酷い。」としている。
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狭い、1200年前からのカンポ・サント・テウトニコ墓地は、バチカン市国にある唯一の墓地だ。サンピエトロ寺院のすぐ後ろにある墓地は、王侯貴族、枢機卿や芸術家の最後の休息所であり、もしかすると、36年間行方知れずとなっている10代の少女の休息所であるのかもしれない。
木曜日、バチカンは、法科学者がエマニュエラ・オルランディさんの遺体を捜索するための、ふたつの19世紀の墓の発掘を始めた。エマニュエラさんはバチカン銀行職員の娘で、家族はバチカン市国内に住んでいる。...
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狭い、1200年前からのカンポ・サント・テウトニコ墓地は、バチカン市国にある唯一の墓地だ。サンピエトロ寺院のすぐ後ろにある墓地は、王侯貴族、枢機卿や芸術家の最後の休息所であり、もしかすると、36年間行方知れずとなっている10代の少女の休息所であるのかもしれない。
木曜日、バチカンは、法科学者がエマニュエラ・オルランディさんの遺体を捜索するための、ふたつの19世紀の墓の発掘を始めた。エマニュエラさんはバチカン銀行職員の娘で、家族はバチカン市国内に住んでいる。エマニュエラさんは1983年6月22日、フルートのレッスンの帰りに、ローマ中心部のバス停で最後に目撃され、その後行方がわからない。
発掘される墓のひとつは「天使の墓」として知られ、1836年に亡くなったソフィー・フォン・ローエンローエ王女が埋葬されている。もうひとつは、メクレンブルクのシャルロッテ・フリーデリケ王女のもので、1840年に亡くなっている。墓の封印が解かれるとき、オルランディ家の家族、法科学者そしてバチカン警察が立ち会った。バチカンの声明によれば、祈りが捧げられた後、現地時間8時15分に作業が開始され、作業の修了時間は不明だという。
エマニュエラさんの母はまだバチカン市国内のカンポ・サント・テウトニコ墓地近くに住んでいる。30年も絶えずエマニュエラさんを探し続けた後で、自宅からわずか200ヤード(約183メートル)しか離れていない場所で彼女の遺体が発見されれば、家族にとってこんなに悲しいことはない」と家族の弁護士ラウラ・スグロ氏がCBSニュースに語った。
法科学者でローマ・トルヴェルガタ大学教授のジョバンニ・アルクディ氏が、遺体の発掘、骨が誰のものかを特定するための、骨1本ごとの死亡年数、年齢、性別、身長を調べる作業を指揮する。
アルクディ氏のチームは、後のDNA検査のために試料も収集する。
バチカンの声明では、アルクディ氏は、支障がなければ、2基の墓の発掘と遺体の取り出しは5時間で終わるだろうと述べた。
かなり早く、墓の骨に二人のドイツの王女以外のものが含まれているかはわかるだろうとアルクディ氏は述べた。「骨が10年前のものか、50年前のものか、それとも150年前のものかは区別できる。最初の検査で、ここに葬られているふたり以外の骨があるという仮説は排除できる」
骨の検査の結果に関わらず、オルランディさんの遺骨の存在を除外するために、DNA検査が行われるとアルクディ氏は述べた。DNA検査の結果は数か月後に出るという。
オルランディさん家族は何十年もエマニュエラさんの行方の手掛かりを探し続けており、陰謀説も多く唱えられている。家族がバチカン市国内に住んでいるため、バチカン自体が事件に関わっているという噂は後を絶たない。1980年代のバチカン銀行のスキャンダルに関わって殺害されたとする説。ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世暗殺未遂の犯人と交換するために誘拐されたという説。バチカン内の性的奴隷との関連で誘拐されたという説。これらの説には、これまでのところ、確たる証拠はない。
エマニュエラさんの遺体を探して墓が発掘されるのは、今回が初めてではない。ローマのギャングの墓にエマニュエラさんの遺体が隠されているという噂が絶えず、警察は2012年、その墓を発掘した。その際は、埋葬された本人以外のものは何も発見されなかった。
昨年夏、家族はまた匿名の情報を受けた。「写真の入った手紙を受け取った」と家族の弁護士スグロ氏がCBSニュースに語った。「手紙には、エマニュエラを見つけたいなら、天使が見ているほうを探せと書いてあった」写真は大理石の天使象がドイツの王女たちの墓を見下ろすところが撮られていた。
バチカンは声明で「オルランディ家の弁護士が指定した墓は、天使が“安らかに眠れ”と書かれた本を手に持つ、いわゆる天使の墓で、そこにはソフィー・フォン・ホーエンローエ王女の遺骨しかないことは確かだ」と述べた。
バチカンは両方の墓の発掘を許可したが、二つの墓がすぐ隣り合い、「似た墓室」を持っているため、写真がどちらに墓を指しているのか間違えることを防ぐためのものだという。
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