江戸川シーズンズ(その5)
7月19日、私はその日の午前中に市川橋から江戸川を南下し、行徳橋の手前で秘密の小道に入り、そのまま浦安までサイクリングロードを走った。
整備されていたのは、舞浜に入ったところまでで、その先は遊歩道となっていたので、その時はそのまま引き返した。
その日の夕方、午前中サイクリングで行った舞浜の先にある「葛西臨海公園」まで無性に行きたくなり、JR小岩駅からディズニーランドへのシャトルバスに乗り目的地に向かった。...
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7月19日、私はその日の午前中に市川橋から江戸川を南下し、行徳橋の手前で秘密の小道に入り、そのまま浦安までサイクリングロードを走った。
整備されていたのは、舞浜に入ったところまでで、その先は遊歩道となっていたので、その時はそのまま引き返した。
その日の夕方、午前中サイクリングで行った舞浜の先にある「葛西臨海公園」まで無性に行きたくなり、JR小岩駅からディズニーランドへのシャトルバスに乗り目的地に向かった。
思いがけないほど、時間がかかってしまった。乗車してから40分ぐらいして、バスは葛西臨海公園駅にやっと着いた。
もう時計は17時30頃であった。急いで汀方面へ歩いた。浜辺は夏の日差しが夕暮れとはいえまだ強かった。
浜辺には、人の姿がそこここに見えた。「今年からここで顔を海面につけて泳ぐことが出来るようになった」と報道で聞いていた。
それを確かめたくて、その日ここに来たのだった。
しかし、先端の汀まで行く橋のゲートは、無念にも17時までで閉門になっていた。
「ちょっと遅かったか」タイミングを逸した悔しさはあったが、大観覧車が目に入ってきた。
「せっかくだから、あれに乗ろう」と思い、大観覧車を目指した。
東部には、例のマグロが群れなして泳ぐ水族館の丸いドームが見えた。
その向こうには、ディズニーランドのお城が遠くに見えた。
ゆっくり歩いていると、演奏が聞こえてきた。
そちらに向かって歩いてゆくと、芝生に10脚程の大きな白いテーブルがあり、ほとんど満席の客が思い思いに飲み物を飲み談笑していた。
700円を自動券売機で支払い、「花とダイヤの日本一大きい」という触れ込みの大観覧車に乗り込んだ。
17分で一周するという観覧車は、その時間になると白色のネオンが目立つようになっていた。
高い位置に上ると東京都心が夕焼けに染まって、ビル群が浮かび上がって見えた。
手前には、京葉線と東京湾岸道路の幅広の帯が都心方向へと力強い線を描いていた。
時計を見ると、19時半を回り、私は行きに乗って来た赤紫色のシャトルバスで小岩まで帰る事にした。
来たバスは、想像を外れ満員状態であった。乗客の荷物を見るとミッキーマウスなど一見してどこから乗ってきたのか分った。
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江戸川シーズンズ(その4)
7月19日、今日の江戸川の水面は、台風11号の豪雨のためか黒く重苦しい色に濁っていた。
私は、いつものように市川橋を渡り、都側の土手に出た。
河原には、水溜りがところどころにあり、その場所では野球少年は見ることができなかったが、数面の球場では、8時半というのにもう歓声が上がっていた。...
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7月19日、今日の江戸川の水面は、台風11号の豪雨のためか黒く重苦しい色に濁っていた。
私は、いつものように市川橋を渡り、都側の土手に出た。
河原には、水溜りがところどころにあり、その場所では野球少年は見ることができなかったが、数面の球場では、8時半というのにもう歓声が上がっていた。
土手から河原にかけて、8月1日の花火大会の準備も着々と出来始めていた。
数年前であればブルーのシートで場所取りを既に始めている頃であるが、区の禁止立て看が睨みを利かせているせいか、見当たらなくなった。
「さあ、今日は浦安まで旧江戸側を下ってみるか」そう呟き、逆風の中を風を切る格好で南下を始めた。
馴染みのある行徳橋の手前に秘密の細道を先週の帰り道偶然に見つけた。
その道に入ると、菖蒲の花であろうか、赤い花が群生していた。
その向こうに大型のモーターボートが数隻見えていた。
私は、隠れ湖の一角にいるような不思議な魅力に包まれていた。
その一帯を抜けると景色はがらりと現実に戻った。
旧江戸側土手のサイクリングロードを挟んでその反対側のエリアには民家が所狭しと連なっていた。
細いその道を進むと「常夜灯」という大きな石灯籠に出っくわした。
河に向けて、『日本橋』と刻んだ端正な文字がはっきり浮かんでいた。
日本橋から、成田山までの講の人々の通り道であったようだ。
さらに行くと、今井橋の手前辺りから、大型のクルーザーが数十隻浮かんでいた。
小型のものやモーターボートまで入れると、数百隻もあるだろうか、数箇所のドックを中心に群集していた。
思わぬ情景に私は「ほー」とため息をついた。「凄い数だな。こんなにあるんだ」そう思った。
屋形舟の停泊所の数が急に多くなって「浦安」に入ったことが分かった。
地下鉄東西線の鉄橋の下を通ると、ディズニーランドのお城の尖がった部分が見えてきた。
川には、数隻の大型クルーザーが川下に向かって白波を立てていた。
向こうには、スカイツリーが見えていた。
舞浜に入った辺りで、そのサイクリングロードは未整備の状態になった。
私は、その道を行徳橋まで引き返した。
市川側でも花火大会の準備が、着々と行われ、春には桜並木となる、その場所に沢山の工事材料が山積みされて、鉄骨並木になっていた。
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江戸川シーズンズ(その3)
7月12日、その日はやっと夏らしい気候が戻ってきた。
7月に入ってからは、雨がじとじとと、毎日のように降っていた。
というわけで、私のサイクリングも2週間ぶりのものとなった。
東京湾まで行って夏を感じよう。その時小さな決心をした。
そんなことで、いつものように市川橋を渡ると、左に折れてそのまま一気に「行徳橋」に向かった。...
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7月12日、その日はやっと夏らしい気候が戻ってきた。
7月に入ってからは、雨がじとじとと、毎日のように降っていた。
というわけで、私のサイクリングも2週間ぶりのものとなった。
東京湾まで行って夏を感じよう。その時小さな決心をした。
そんなことで、いつものように市川橋を渡ると、左に折れてそのまま一気に「行徳橋」に向かった。
この季節になると、土手に咲く草木もほとんど無く、緑色の草が一面に敷きつめられていた。
その土手に、数週間後にやってくる、「花火大会」の準備が始まっていた。
既に、斜めの土手にロープで区割りしている様子が認められ、ブルトーザーも置かれていた。
その規模の大きさを感じさせるものがあった。
江戸川の水面には、モーターボートと
フライボードを楽しむ人々が浮かび、河原では10面以上の野球場が広がり、その歓声が聞こえてくる。
今日は、行徳橋を渡らずに、更に東京湾を目指し、そのまま南下した。
何か、数十年前の行徳を感じさせる釣り船の集団が、目に入ってきた。
そのまま進むと、工事中の巨大な橋が見えてきた。
妙典と船橋を結ぶ橋のようだ。
その辺りは、土手にテントが10張りぐらい集団化していた。バーベキューの支度が出来ていた。
中には、将来の歌手を目指そうとする若いアーチストがしきりに、エレキギターを弾き歌を歌っていた。
右側に、地下鉄東西線の巨大な列車倉庫を見ながらさらに進むと、道は右に大きく畝って、目の前にはすざましく巨大な東京湾岸道路の橋が目に入ってきた。
10時ごろの時間では潮が引き、浅瀬が遠くまで見えた。
汐干刈りに興じている多くの人たちが、その浅瀬にはいた。その中の若者に声を掛けると、この辺り昔は塩作りをしていたらしい、と教えてくれた。
私は、自転車を路端に置き、巨大な橋の下を海へと向かった。
遥か彼方には、貨物船が浮かんでいるのが見えた。
僅か1時間位であろうか、そんな時間の間ひたすら走ってくると、こんな景色にまで到達するのかと少し、感激した。
海から漂うその匂いは、私から日常の生活を切り離してくれた。
私は、そこから近所にある、「宮内庁鴨場」を経て、再び江戸川に出た。
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