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2016/11/30
BS1 【国際報道2016】
<Check!世界の放送局>インド・外国人旅行者も混乱
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インドネシア地震 死者数が増加の一途、97人に Rescuers scrabble for survivors as Indonesia quake kills 97 (再生)
インドネシア・スマトラ(Sumatra)島北端のアチェ(Aceh)州で7日に発生した強い地震で、これまでに97人が死亡したことが分かった。ただ、倒壊した多数の建物のがれきの中から、さらに多くの遺体が収容されているという。住民のほとんどがイスラム教徒であるスマトラ島のピディエ・ジャヤ(Pidie Jaya)地区では、多くの人々が朝の祈りの準備を進めていた夜明け頃にマグニチュード(M)6.5の地震に襲われた。救助隊が時には手作業で、倒壊した住宅、店舗、モスクを捜索する中、死者数は増加の一途をたどっている。当初、死者数は52人とされていたものの、救助活動を統括する軍が後に修正。アチェに配属されている軍高官のタタン・スレイマン(Tatang Sulaiman)氏はAFPの取材に対し、「これまでのところ97人が死亡した。死者数は増え続けている」と語った。また同氏は、シェルターや避難施設を設置するため、甚大な被害を受けたピディエ・ジャヤ地区に、1000人以上の兵士、および約900人の警官が配置されたと述べている。当局によると、数百棟の住宅や店舗が地震により倒壊し、多くの人々が住む家を失い、食料や水などの生活必需品を必要としている状態だという。(c)AFP【写真特集】インドネシア・スマトラ島地震://www.afpbb.com/articles/-/3110513年12月8日 scrabbled through the rubble of shattered homes shops and mosques in search of survivors Wednesday after a powerful earthquake struck western Indonesia and killed at least 97 people. IMAGESチャンネル登録はこちらから://www.youtube.com/user/afpbbnews動画のお問い合わせはこちらから://www.afpbb.com/list/helpaboutsite/regist

ンドネシアの地震、死者25人に 数百人が負傷か At least 25 dead in Indonesian earthquake: officials (再生)
米地質調査所(USGS)によると、インドネシア・スマトラ(Sumatra)島北端のアチェ(Aceh)州で7日午前5時3分(日本時間同7時3分)ごろ、マグニチュード(M)6.5の強い地震が発生した。この地震でこれまでに25人が死亡し、この他に数百人が負傷したとみられている。 最も被害の大きかったピディエ・ジャヤ(Pidie Jaya)地区の当局者によると、この地区で唯一の病院には多数の負傷者が詰め掛けて受け入れ能力を超えたため、病院前の屋外で手当てを行っており、一部の負傷者は近隣地区に送ったという。死亡者の中には少なくとも7人の子どもいた。この他に大勢の人が骨折などのけがを負った。 地震でモスクや住宅、商店が倒壊した。被災地からの写真は被害の大きさを伝えている。ハスビ・ジャヤ(Hasbi Jaya)さん(37)は、地震が起きた時は家族全員が眠っていたと語った。「私たちはすぐに家の外に出ましたが、家は倒壊しました。屋根から床まですべてが崩れました」「周囲を見回すと、近所の家もすべて完全に倒壊していました」 数十人ががれきの下敷きになっているとみられており、当局は重機を出して救出に当たっている。 震源はスマトラ島の小さな町Reuleuetの北10キロで、震源の深さは浅かった。USGSは当初マグニチュードは6.4で、死傷者やその他の被害が出る可能性は低いとしていたが、その後マグニチュードを6.5に修正し、死傷者などの被害が出る恐れがあるとして「イエロー・アラート」を出した。USGSは「ある程度の死傷者と被害が出る可能性がある。被害は比較的狭い範囲に限られるだろう」としている。 津波注意報は出されなかった。アチェ州は地震が多いところで、2004年のインド洋大津波では大きな被害を受けた。 今回の地震は夜明け頃に発生した。地元当局者によるとアチェ州の住民の多くはイスラム教徒で、地震発生時には朝の礼拝の準備をしている人たちもいた。 地震学者らによると、この地震の揺れはアチェ州の広い範囲で感じられた。気象当局の現地責任者は、少なくとも5回の余震が起きたと述べた。 アチェ州の沿岸の町シグリ(Sigli)では津波を恐れた住民らが慌てて家を出て、内陸の方向に避難した。 環太平洋火山帯(Pacific Ring of Fire)にまたがるインドネシアは地震や火山活動が多く、今年6月にスマトラ島の西の沖合で起きたマグニチュード6.5の地震では多くの建物が被害を受け、8人が負傷していた。映像はアチェ州Meureudu。(c)AFP年12月7日 least 25 people died and hundreds injured after a strong earthquake struck off Aceh province on Indonesia s Sumatra island.チャンネル登録はこちらから://www.youtube.com/user/afpbbnews動画のお問い合わせはこちらから://www.afpbb.com/list/helpaboutsite/regist

真珠湾攻撃から75年──出撃する戦闘機見送った元整備兵 Japanese navy veteran recalls Pearl Harbor 75 years on (再生)
大阪在住の瀧本邦慶(Kuniyoshi Takimoto)さん(95)は、75年前の1941年12月7日、米ハワイ(Hawaii)州の真珠湾(Pearl Harbor)へと向けて、空母「飛龍(Hiryu)」から飛び立つ攻撃機をその目でしっかりと見ていた。 存命の旧日本軍の兵士は、今や数少なくなっている。かつて攻撃機の整備兵を務めていた瀧本さんは、「あんな大きな国と貧乏の何もない国がやって大丈夫かなっていうことを感じましたわ」と述べ、真珠湾への攻撃で浮かれていた国内のムードに不安を覚えたと、自宅で応じたAFPの取材に語った。 瀧本さんは、「始まったばかりじゃないですか。だまし討ちみたいなもの」と真珠湾への攻撃について話し、奇襲攻撃だったことを考えると、ある程度の成功は保証されていたも同然だったと強調した。 瀧本さんら乗組員は、空母がハワイに向かって出航した後、その目的について初めて耳にした。その時はさすがに動揺したという。■「命令が出たら命がけ」 操縦士や整備士らは一貫して冷静だった。攻撃機は1機ずつ順番に飛び立ったが、特別な送り出しなどはなく、「万歳」の声も上がらなかったという。 瀧本さんは、「特攻隊の映画なんかでする、あんなことは全然ないですわ」と語気を強め、そして「命令が出たらもうこっちも命がけでやらんといかん」と続けた。 また、米国を攻撃するリスクについての不安はあったが、操縦士らを支えているという自負はあったとし、彼らとの信頼関係については「これは無言のうちにある程度ありますわ」と話した。 日本は当時、フィリピンやシンガポール、オランダ領東インドなどへの攻撃も行っていた。永遠に続くと思われた欧米による植民地支配を、一気に覆そうとする勢いもあった。ただ当初の優勢は長続きせず、その流れはたちまち変わる運命にあった。瀧本さんの不安は的中した。 真珠湾攻撃が行われた12月7日を、当時のフランクリン・ルーズベルト(Franklin Roosevelt)米大統領は「屈辱の日」と表現し、国民の団結心をあおった。 1942年6月、激しいミッドウェー海戦(Battle of Midway)で米軍の空爆を受けた飛龍は大きな炎に包まれた。そして、瀧本さんを含む乗組員500人は生き残ったが、1000人が死亡したという。付近にいた日本の船にやっとの思いで救出された当時の光景について瀧本さんは、「地獄ですわ」と説明した。■日米の認識差 瀧本さん個人としては、真珠湾攻撃から75年という節目を特別な記念日にしようという計画はない。戦時中には、同じように重要で忘れ難い出来事が他にいくつもあったからだ。それでも自身にとっては「ミッドウェーのほうがうんと大事な日」だったと話す。 確かに、首相が出席して全国にテレビ放映される、厳粛な雰囲気の原爆の日の式典に比べると、真珠湾攻撃にそこまでの注目は集まらない。 米国では、12月7日は真珠湾攻撃の戦没者を追悼する日になっている。その一方で、広島・長崎に原爆が投下された日は、公式記念日には指定されていない。 東京大学(University of Tokyo)で米文化研究およびハワイ史を専門とする矢口祐人(Yujin Yaguchi)教授は、両国の捉え方が一致しなくとも驚くには値しないと指摘する。そして「人はやられた事のほうが、やった事より記憶に残るのは当然」とコメントした。 米国では真珠湾が、そして日本では広島や長崎が、それぞれ重要な象徴的意味を持っており、歴史的正当性に深く関わっている。 真珠湾がなければ広島や長崎はなかったという考えがある。その一方で、軍事基地に対して通常兵器を用いた攻撃と、一般市民に対して核兵器を使った攻撃とは倫理上同等とはみなし得ないという見方もある。■「感動も何もない」 今年5月には、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領が、終戦直前に原子爆弾が投下された広島を訪問した。現職の米大統領としては初となったオバマ氏の広島訪問は、概して好意的に捉えられ、謝罪こそなかったものの、共通認識を模索する努力と受け止められた。 このオバマ大統領の広島訪問をめぐっては、その返礼として、安倍晋三(Shinzo Abe)首相も真珠湾を訪問すべきかどうかという議論に発展した。 そして、安倍首相は5日、今月後半にハワイでオバマ大統領と会談することを発表し、訪問時に真珠湾での慰霊を行うことについても明らかにした。 この発表の前、戦争および国を戦争へと向かわせる各国のリーダーたちを厳しく批判してきた滝本さんは、安倍首相が真珠湾を訪問するとしたら、それは自らの支持率上昇につながると判断したときだろうと話していた。「目的がわかってるから、私なりにね。私は感動も何もしませんわ」(c)AFP年12月7日 aircraft mechanic Kuniyoshi Takimoto casts his mind back to December 7 1941 when he watched as Japanese planes roared off the aircraft carrier Hiryu to attack Pearl Harbor.チャンネル登録はこちらから://www.youtube.com/user/afpbbnews動画のお問い合わせはこちらから://www.afpbb.com/list/helpaboutsite/regist
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