既報どおり、経済危機に喘ぐスリランカでは、5月9日に発生した暴動の責任を取って、現職首相が辞任している。この機会を捉えて、インドが、スリランカにおける中国の影響力を排除すべく、大規模緊急支援策を打ち出している。
6月30日付
『AP通信』は、「インド、経済危機に喘ぐスリランカへの緊急支援で中国影響力排除」と題して、インドが、中国による南インドでの影響力拡大阻止のため、経済危機に喘ぐスリランカへの緊急支援によって、インド側への引き戻しを画策していると報じた。
スリランカは、小島でありながら中国及びインドにとって、十数年以上の間、重要な拠点となってきている。
特に、中国はインド洋への進出を図って、スリランカへのインフラ投資を増大させて影響力を高めてきた。
しかし、インドが、折からの経済危機に陥ったスリランカに対する大規模融資及び物資援助策を打ち出して、中国の影響力を極力排除し、インド側へ引き戻そうと画策している。
インド北部ソニパット(ニューデリー郊外都市)在のO.P.ジンダル大学国際関係大学院(2009年設立の私立大学)のストリーラム・チョーリア学長は、“インドの申し出は、決して慈善事業などではなく、あくまでインドの裏庭ともいうべきスリランカを中国側より取り返すための政策である”と分析した。
中国はこれまで、習近平国家主席(シー・チンピン、69歳)主導の一帯一路経済圏構想(BRI)の下、アジアやアフリカ諸国へのインフラ投資を拡大してきている。
スリランカもその対象のひとつで、マヒンダ・ラージャパクサ第6代大統領(2005~2015年在任、2019~2022年第24代首相在任、現76歳)の時代、同大統領が専門家の反対を押し切って、中国から11億ドル(約1,490億円)もの多額の資金援助を受けて、2010年に南部ハンバントタ港に国際ターミナルを建設している。
しかし、当初の思惑に反して、同港は大幅赤字となり債務弁済に窮し、結局2017年に中国企業に99年間の港湾運営権を譲渡することで、弁済を免れるに至っている。
この結果、同港に中国海軍の艦船が立ち寄る等、インドとしては、北隣のネパール、インド洋北西部のモルディブと併せて、中国によるインド包囲網が形成されつつあることに脅威を覚えた。
特に、2020年に国境問題で中印が長い間対峙するヒマラヤ山脈ラダックで、大規模衝突が
発生していることから、インドは益々中国の影響力拡大を懸念していた。
中国は、日本及びアジア開発銀行に続く対スリランカ融資元で、同国債務額の約10%を占める。
中国は、同国向けに好条件での追加融資を提案しているが、債務放棄については二の足を踏んでいる。
何故なら、債務弁済に苦しむアジアやアフリカの国々が一斉に、同様の債務放棄を求めてくることを恐れているからである。
しかし、マヒンダ・ラージャパクサ第24代首相の辞任を受けて、第25代首相に就任したラニル・ウィクラマシンハ氏(73歳、1993~1994年第13代、2001~2004年第17代、2015~2019年第21代首相を歴任)は、中国が提案しているという15億ドル(約2,040億円)の融資が受けられない状態だと表明した。
何故なら、中国側が、(返済原資の一環として)スリランカに対して3ヵ月分の外貨準備を求めているからだとする。
そこで、インドが、スリランカの窮状に鑑み、俄かに好条件で40億ドル(約5,440億円)相当の支援策を打ち出してきた。
英国の国際関係シンクタンク、国際戦略研究所(IISS、1958年設立)南アジア専門のラフル・ロイ=ショードフリィ上級研究員は、“中国の安全保障上、スリランカは最優先される先ではないが、インドの影響力に対抗するため、南アジアでの中国影響力の拡大を狙ってきたものだ”とする。
ただ、同研究員は、他のどの国とも同様、スリランカにとって、“白黒つけられる問題ではない”とし、“何故なら、中印併せて30億人の両大国である以上、親中とも親印とも旗幟鮮明にすることはできないからだ”と分析している。
スリランカの野党代表のサジット・プレマダーサ統一人民戦線党首(55歳、2020年就任)も『AP通信』のインタビューに答えて、インドの緊急支援は“非常に素晴らしい”としながらも、“スリランカの主権や政治的独立がこのような支援によって影響を受けないよう、政府は、国益を最優先として取り組む必要がある”とし、“世界のどの国とも協調していけるようにすることが肝要だ”と強調している。
それでも、スリランカ政府の今年に入っての政策は、脱中国、親インドの傾向が現れている。
同政府は今年3月、太陽光発電所建設に関わるインドとの合弁事業立ち上げに合意する一方、中国企業と進めていた1,200万ドル(約16億3千万円)の集合型風力発電所建設契約を破棄し、インド企業と再契約している。
インドの元外交官K.C.シン氏は、“インドは、スリランカに戦略的基盤を設け、同国における中国の影響力を最小化することを目論んでいる”と分析した。
一方、IISSのロイ=ショードフリィ上級研究員は、インドによるスリランカへの支援は、ナレンドラ・モディ第18代首相(71、2014年就任)が主導する“近隣国優先主義”に則ったもので、中国が仕掛けたような債務の罠(借金漬け外交、注後記)ではなく、あくまで隣国のスリランカの経済破綻を食い止めたいと考えたものだとする。
その上で、同上級研究員は、インドだけがスリランカを救済するのではなく、可及的速やかに国際通貨基金(IMF、1945年設立、本部ワシントンDC)や中国以外の他国からの支援にも期待しているものと分析している。
(注)借金漬け外交:国際援助などの債務により債務国が、債権国側から有形無形の拘束を受ける状態をいう。この表現は、インドの地政学者ブラフマ・チェラニー(60歳)によって中国のBRIと関連づけて用いられたのが最初。債務国側では放漫な財政運営や政策投資などのモラル・ハザードが、債権国側では過剰な債務を通じて債務国を実質的な支配下に置くといった問題が惹起されうる。
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