国内最大手の日本製鉄(注後記)が先週、同社の大手取引先の1社であるトヨタ自動車(1926年源流の豊田自動織機設立)を特許侵害で提訴した。世界に名だたる日本大手企業間の訴訟事態であることから、欧米メディアが驚きを以て提訴の背景、今後の見通し等について報道している。
10月20日付
『ロイター通信』:「トヨタは何故日本製鉄から提訴されたのか」
日本製鉄はこの程、大手取引先のトヨタ自動車と、世界最大手の中国鉄鋼メーカー宝鋼集団(1977年宝山鋼鉄として誕生し、以降経営統合・合併を経て2020年世界1位)を特許侵害で提訴した。
同社が特許を保有する特殊な電磁鋼板を、宝鋼集団が勝手に製造しトヨタ自動車向けに販売していることから、同社が損害を受けたとして賠償請求するものである。
同製品は、“無方向性電磁鋼板”と呼ばれ、今後大きく需要が伸びる電気自動車やハイブリッド車等のモーターに使われるもので、同社が算出した被害総額は400億円(3億5,200万ドル)に上るとして、それぞれに対してその半額を請求するとしている。
これに対して、トヨタ自動車は宝鋼集団との売買契約締結前に、特許侵害となっていないことを確認している、と反論した。
また、宝鋼集団は、日本製鉄の請求原因に全く同意できず、同社の権利及び利益を“揺るがない信念を持って”守っていくとコメントしている。
日本鉄鋼業界はこれまで、最大の競争相手である中国鉄鋼業界に対抗するため、自動車の特殊部品等の特定先端技術製品市場開拓に注力してきている。
日本製鉄も、トヨタ自動車向けに世界初のハイブリッド車プリウス(1997年製造・販売開始)用の電磁鋼板を20年以上も供給してきた。
しかし、この程トヨタ自動車が宝鋼集団と同製品の売買契約を締結したということは、中国メーカーの技術が日本のそれに追い付いてきたことを意味する。
今後、自動車業界において電気自動車への転換が加速し、今回の電磁鋼板等特殊製品の需要が大きくなることから、日本製鉄として特許が侵害されることに耐えられなかったものと考えられる。
日本製鉄は2012年、韓国最大の鉄鋼メーカー・ポスコ(1968年浦項製鉄として誕生、2002年社名変更)が今回とは別の種類の電磁鋼板製造に関わる技術を窃取したとして、10億ドル余り(約1,140億円)の損害賠償請求の訴訟を起こしている。
ポスコは後に、和解金として約2億5千万ドル(約284億円)を払っている。
ポスコ訴訟の場合、同社の元従業員が、ポスコの技術として中国鉄鋼メーカーに違法に販売したとして訴追され、その刑事裁判の過程で、同技術が日本製鉄のものだったと自白したことから、日本製鉄による提訴に至っている。
当該技術を購入した中国鉄鋼メーカーの中には、宝鋼集団も含まれている。
しかし、宝鋼集団は『ロイター通信』の照会に対して、ポスコ訴訟に関わるコメントは差し控えるとしている。
トヨタ自動車にとって、日本製鉄の訴求額が深刻な影響を及ぼすことにはならないとみられる。
ただ、裁判所が、もし宝鋼集団製品の使用を差し止める判断を下した場合、トヨタ自動車にとって電気自動車等の生産拡大計画に支障を来す恐れがある。
また、宝鋼集団は、当該訴訟に関わる影響度についてまだ評価できないとしている。
一方、日本製鉄にとっては、訴えられたトヨタ自動車が日本以外の鉄鋼メーカーへの供給依存に走る可能性があり、より大きな痛手となる恐れがある。
米大手格付け会社ムーディーズ(1909年設立)によると、日本製鉄にとってトヨタ自動車は自動車業界における最大の取引先となっているという。
ただ、UBS証券(1862年設立の世界有数の金融機関UBSグループ日本法人)アナリストの五老晴信氏(52歳)は、日本製鉄・トヨタ自動車間の戦略的パートナーシップは今後も続くので、両社の関係に深刻な影響を及ぼすことにはならないとみている。
なお、日本政府としても、先端技術が中国に流出していることを大いに懸念しており、岸田文雄新首相(64歳)は、経済安全保障担当相を新たに任命して、対応に当たらせる意向である。
ただ、松野一博官房長官(59歳)は10月15日、(日本製鉄・トヨタ自動車間の訴訟問題について問われて)“民間企業間の訴訟案件であるので、政府としてコメントすることは控える”と表明している。
(注)日本製鉄:源流は1901年創業の官営八幡製鐵所。1970年に八幡製鉄・富士製鉄が合併して新日本製鐵が誕生し、2012年の住友金属工業との合併を経て現在に至る。日本最大の鉄鋼メーカーで、世界では第5位。
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