既報どおり、新型コロナウィルス(COVID-19)感染問題は、感染力が増したデルタ株ウィルス(インドで発見された変異株)の蔓延で、医療体制が不十分なインド・インドネシア・タイのみならず、ワクチン接種率が高い米国・英国等でも猛威を振るっている。そうした中、世界各国に天然資源から日用必需品まであらゆる物品を届ける仕事に精力を傾けている船乗りたちが、デルタ株蔓延のため、契約期間以上に洋上に留め置かれたり、あるいは出航が認められず陸上で不自由な生活を強いられたりしている。
7月20日付
『ロイター通信』:「世界の船乗りが立ち往生していることで国際物流に危機」
世界の物流の約90%は海上輸送に委ねられていると言われる。
目下、世界中の至る所でデルタ株ウィルスが猛威を振るっているが、その影響によって世界の船乗りたちも困難に追い込まれており、今後の国際物流に深刻な問題が生じかねない。
国際海運会議所(ICS、注1後記)によると、約10万人の船乗りが僅か1日も上陸を許されず、一度の航海で許容された期間を3~9ヵ月間も超えて洋上で待機させられているという。
また、別の約10万人は、乗るべき船が出航を認められなかったりして、陸上に留め置かれ生活費を稼ぐ術を奪われているという。
世界の約170万人の船乗りのほとんどがアジア出身であるが、デルタ株ウィルスがアジア諸国で猛威を振るっていることから、多くの国で洋上の船員の上陸が許されず、治療も受けられない状態となっている。
更に、ワクチンが接種できているのは僅か2.5%(約4万2千人)に留まる。
インド北部出身のテジンダー・シン船長は、洋上に留め置かれて早くも11ヵ月が過ぎようとしているが、“スーパーマーケットに日用品や食物が揃えられているのは、我々船乗りの物流業務があればこそ、ということが忘れ去られている”と嘆いた。
同船長が太平洋上で『ロイター通信』に無線でコメントしたところによると、彼の貨物船は、インド~米国~中国と航海していて各港で上陸も許されずに沖待ちを余儀なくされ、現在はオーストラリアに向かっているところだという。
その間、彼の20人のインド人及びフィージー人船員は、15フィートx6フィート(4.5メーターx1.8メーター)の狭いキャビンでの生活を強いられており、精神的にもとても辛いという。
ICSのガイ・プラットゥン事務局長は『ロイター通信』のインタビューに答えて、“世界の商船の船員の3分の1以上がインド・フィリピン出身であるが、両国でCOVID-19が猛威を振るっているため、本来交代させるべき船員を中々交代させられないという深刻な問題を抱えている”と述べている。
国連船員条約によれば、洋上の船員の契約勤務期間は最長11ヵ月と定められている。
平時であれば、毎月5万人の船員を洋上と陸上でそれぞれ交代させる体制となっているが、非常時である現在は予定どおりの交代が不可能となっている。
更に、新たに発生している問題は、コンテナ船の主要港を抱える韓国・台湾・中国が、感染が深刻な国から就航してきた船舶の乗組員の上陸を禁止する措置を講じていることである。
シナジー・マリーン・グループ(2006年設立の世界の船主向けサービス提供、本部シンガポール)のラジェッシュ・ウンニ代表は、“目下、通常どおりに船員交代が認められているのは日本とシンガポールのみ”として、同グループが抱える1万4千人の船員の交代手配に苦慮しているという。
かかる状況下、世界の5万隻にも上る商船のスムーズな運航に支障が出始めている。
すなわち、港に長期間留め置かれたり、交代船員手配が十分行われないことからの船舶不足問題から、海上輸送運賃の高騰を招いており、それが物品の販売価格の上昇を生じせしめている。
船舶管理大手のコロンビア・シップマネジメント(1978年設立のドイツ法人)のマーク・オニール最高経営責任者は、“十分な乗組員を確保できないできたことから、海上輸送業界はこれまで、スリムな体制で運営してきたものの、今回のCOVID-19感染問題を受けて、多くの問題が一挙に表面化している”とし、“とにかく、必要最小限の船員が確保できず、(海上輸送のために)出航ができない状態になっている”と窮状を訴えた。
同氏は更に、“インドやフィリピンと同様、他に多くの船員を排出しているミャンマー・ベトナム・インドネシア・ウクライナでも同じ問題が起きたならば、海運業界は立ち行かなくなる”とも言及した。
ICSのエスベン・ポールソン会長は、“自身の50年の海運業界での経験から、世界中の船乗りの交代が十分できないという事態は初めてのことだ”と述べた。
ともかく、船員の多くが途上国出身であり、それらの国ではワクチン手配が全く十分ではないこともあって、乗組員のワクチン接種の優先順位は非常に低い状況となっている。
そこでICSのプラットゥン事務局長は、“米国やオランダのように、各国は自国の港に物品を搬入してくる乗組員に対して、もっと優先的にワクチン供与を行う必要がある”と訴えた。
なお、慈善団体「海の人権擁護」のデビッド・ハモンド代表は、国連海運事業の55加盟国や国際海事機関(IMO、注2後記)は、船乗りを(医療従事者等と同様)必要不可欠な就業者と分類していると付言している。
従って、船員は皆もっと自由に行動できるようにすべきで、ワクチン接種事情も大幅な改善が必要であると強調している。
(注1)ICS:船主の利益増進のため、国際的な問題について意見を交換し、政策を立案、また他の国際団体の審議へ参加する等を事業目的としている団体。1921年設立。各国の民間船主を代表する、正規に組織された団体だけを会員としていて、世界の80%の船主団体が所属。これまで海運に対する二重課税の相互免除、国旗差別待遇、国際船腹安定計画が取上げられた。所在地はロンドン。日本船主協会は 1957年に加盟。
(注2)IMO:船舶の安全及び船舶からの海洋汚染の防止等、海事問題に関する国際協力を促進するための国連の専門機関。1958年設立、本部ロンドン。
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