旧ソ連のアゼルバイジャン及びアルメニア間のナゴルノ・カラバフ紛争(注1後記)が再燃している。そうした中、ロシアによるウクライナ軍事侵攻を棚に上げて、ウラジーミル・プーチン大統領(69歳)が両国の停戦を要求している。
9月14日付欧米
『ロイター通信』は、「プーチン大統領、2020年以来最悪の戦闘を起こしたアゼルバイジャン・アルメニア両国に対して停戦を要求」と題して、2020年勃発のナゴルノ・カラバフ紛争に関し、4度の停戦合意を繰り返した後、この程最悪となる100人近い将兵が死亡する戦闘が起こったことから、プーチン大統領がたまらず双方に停戦を呼びかけたと報じている。
9月13日に起こった戦闘の結果、アルメニア軍で少なくとも49人、アゼルバイジャン軍で50人の将兵が死亡した。
2020年に勃発した両国間のナゴルノ・カラバフ紛争において、今回最悪の軍事衝突となったことから、これまで何度も停戦交渉の仲立ちをしてきたウラジーミル・プーチン大統領が、両国に対して即時停戦を呼びかけた。
両国は旧ソ連傘下で、ともに1991年に独立しているが、ナゴルノ・カラバフの領有権をめぐって対立し、2020年に本格紛争に突入していた。
今回の軍事衝突では、9月12日深夜に国境付近の数ヵ所で戦闘が発生したが、双方がともに相手方の先制攻撃だったと非難し合っている。
ロシア政府は、2020年にナゴルノ・カラバフ紛争が勃発した際、平和維持軍を派遣して6週間で停戦に導いていた。
しかし、今回はロシア軍のほとんどがウクライナ戦争に注力していて、すぐには平和維持軍を再派遣できる状況にない。
ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官(54歳、2012年就任)も、“プーチン大統領はこれまで、国境付近での衝突回避に向けて介入を試みてきた”としながらも、“ロシア政府及びプーチン大統領の個人的な立場からの停戦介入について、余りに多くを望まれるのは困難なことだ”と表明している。
英国のシンクタンク、王立国際問題研究所(チャタム・ハウス、1920年設立)ロシア・ユーラシア問題研究部門のローレンス・ブロウアーズ研究員は、ロシア軍がウクライナ戦争に係りきりになっていることから、アゼルバイジャン側に領有権問題でより積極的に行動しようとする隙を与えてしまったとみられる、と分析している。
アゼルバイジャンは、30年前に発生した第一次ナゴルノ・カラバフ紛争で多くの領土を失っていたが、トルコからの強い後ろ盾もあって、2020年の第二次紛争の結果、かなりの領土を取り返している。
そこでブロウアーズ研究員は、“2月下旬のウクライナ軍事侵攻以来、ロシア軍による地域安全保障維持のための貢献に疑問が出始めたことから、アゼルバイジャンにとって、2020年紛争でやり残した仕事を完遂するかのように、棚上げされた領土帰属問題を一挙に解決しようと行動を起こしたものとみられる”と解説している。
今回の衝突に関し、トルコのフルシ・アカル国防相(70歳、2018年就任)は、“今回の軍事衝突に関しても、トルコはアゼルバイジャンを支持する”と表明した。
また、アゼルバイジャン外務省も、“衝突の原因はアルメニア側にあり、アゼルバイジャンは、自国領土及び主権を脅かす如何なる行動に対しても断固として対抗していく”と強調している。
これに対して、アルメニアのニコル・パシニャン首相(47歳、2018年就任)は、アゼルバイジャン領土内ながら、アルメニア系住民が大勢を占める街でアゼルバイジャン側が攻撃を仕掛けてきたと糾弾している。
同首相は、アゼルバイジャン側の攻撃は続いているが、戦闘そのものの激化は鎮静化していると付言した。
なお、米国のアントニー・ブリンケン国務長官(59歳、2021年就任)は、“ロシアによるウクライナ軍事侵攻から分かるように、ロシアはいつも紛争の火種を撒いている”とした上で、
“今こそ、ロシアの影響力を以てして、この紛争の即時鎮静化を図るべきである”とコメントした。
一方、フランスのエマニュエル・マクロン大統領(44歳、2017年就任)は、今回の軍事衝突について国連安全保障理事会の議題に上げると表明している。
同日付ロシア『RTニュース(旧称ロシア・トゥデイ)』(2005年開局の国営メディア)は、「ロシア主導の交渉団をアルメニアに派遣」として、ロシアがナゴルノ・カラバフの軍事衝突の鎮静化に乗り出したと報じている。
集団安全保障条約機構(CSTO、注2後記)は9月14日、前日に発生したアルメニア・アゼルバイジャン間軍事衝突を鎮静化させるため、CSTOの交渉団を派遣すると発表した。
同機構のスタニスラフ・ザス事務局長(58歳、2020年就任、ベラルーシ軍人・政治家)が率先し、アナトリー・シドロフCSTO統合幕僚長(64歳、2015年就任、ロシア陸軍上級大将)が同行するという。
今回の交渉団派遣は、今年のCSTO議長国となっているアルメニアの招集によって開催されたCSTO安全保障理事会(オンライン形式)において決まったものである。
同理事会においてパシニャン首相は、アゼルバイジャン側の大砲やドローンによる攻撃に伴う軍事衝突の結果、双方合計で99人の将兵が死亡したと報告した。
これに基づき、プーチン大統領は、国境紛争鎮静化のために主体的に介入すると表明した。
なお、CSTO声明によると、2020年11月のロシア主導による停戦合意の取り決め、及び“国際法に準拠して、政治的かつ外交的な対応のみに基づいて鎮静化に努める”としている。
(注1)ナゴルノ・カラバフ紛争:2020年9月末に勃発した、コーカサス地方のアゼルバイジャンとアルメニアの係争地となっているアルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ共和国、NKR)を巡る軍事衝突。1カ月半の戦闘行為と数回にわたる停戦合意を経て、アゼルバイジャンが事実上勝利。NKRは領土の大部分をアゼルバイジャンに返還し、実効支配地域は旧ナゴルノ・カラバフ自治州の領域のみとなったが、帰属の決定については将来に棚上げされた結果、2022年になって再び紛争が勃発。なお、アゼルバイジャン支持国はトルコ・アフガニスタン・パキスタン・イスラエルで、アルメニアはフランス・イラン・サウジアラビア・アラブ首長国連邦(UAE)が支持している。
(注2)CSTO:1992年5月に旧ソ連の構成共和国6ヵ国(ロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)が調印した集団安全保障及び集団的自衛権に関する軍事同盟。2002年に集団安全保障条約機構に発展。
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11月にバリ島(インドネシア)で開催予定の主要20ヵ国首脳会議(G-20サミット)について、米国他西側諸国はウラジーミル・プーチン大統領(69歳)の出席に猛反対していた。しかし、議長国のジョコ・ウィドド大統領(61歳、2014年就任)は、世界の分断は避けたいとして、プーチン大統領もウォロディミル・ゼレンスキー大統領(44歳、2019年就任)も招待したいと主張し、両大統領から(オンライン参加か否かは別にして)参加の回答を取得していた。そうした中、この程ロシア側は、セキュリティ上の問題等全てについて総合判断しない限り、プーチン大統領の出席が可能かどうか決定できない旨表明した。
9月5日付ウクライナ
『ザ・ニューボイス・オブ・ウクライナ』(2022年立ち上げの独立系英字ニュース)は、「プーチン大統領、セキュリティ上の問題でG-20サミット欠席か」と題して、一度は出席の意向を示していたプーチン大統領が、11月開催のG-20サミットへの参加を見合わせる可能性があると報じている。
ロシアのドミトリー・ペスコフ報道官(54歳、2012年就任)は9月4日、プーチン大統領がG-20サミットに出席するかどうかは、セキュリティ上の問題等総合的に判断した上で決定する必要がある、と表明した。
同報道官は、“議長国のトップより丁重な招待を受けたことは光栄なことではあるが、プーチン大統領が実際に出席するかどうかは、セキュリティ上の問題等含めて慎重に判断する必要がある”と語った。
ただ、議長国インドネシアのウィドド大統領は8月18日、プーチン大統領が出席するものと期待している、とした上で、“習近平国家(シー・チンピン、69歳、2012年就任)も出席の意向である”と表明していた。
ウィドド大統領は、分断を望まないとして、当初からプーチン大統領を招待する意向を述べていたが、米国を始めとした西側諸国は、ロシアがウクライナに軍事侵攻した挙句にウクライナ全土を支配下に置こうとしていることを理由として、ロシア大統領の参加に反対していた。
米『ブルームバーグ』オンラインニュース報道によると、ジョー・バイデン大統領(79歳、2021年就任)は、プーチン大統領と同席することを拒否すると表明したという。
この申し出をインドネシア側が拒んだところ、ウクライナ支持国から、ウクライナ代表を招待する話が持ち上がった。
そこでウィドド大統領は4月27日、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領との電話会談で、同大統領をG-20サミットに招待したい旨伝えた。
ただ、同大統領は同時に、4月29日にプーチン大統領との電話会談で、G-20サミットに招待する旨話した。
同大統領はその際、“G-20の団結を望む”ことから“分断を阻止したい”と表明していた。
ゼレンスキー大統領は5月27日、G-20サミットへ参加する旨連絡してきたが、“ウクライナの友好国のみ”の出席を希望するとし、また、ウクライナ全土を不条理な戦争に巻き込もうとしているロシアの対応についてきちんと評価することが求められる、と要請した。
なお、大統領府首席顧問のミハイロ・ポドリャク氏(50歳、2020年就任)は、ゼレンスキー大統領がインドネシアに赴くのか、オンライン参加となるのか、11月時点の状況次第であるとしながらも、同大統領は個人的にはプーチン大統領が参加することになっても出席意向に変更はないと考えている、と付言した。
米ホワイトハウスも、ゼレンスキー大統領は、たとえプーチン大統領が参加してもG-20サミットに出席するものと期待していると表明していた。
一方、7月に開催されたG-20外相会議には、ウクライナのドミトロ・クレーバ外相(41歳、2020年就任)がオンライン参加していたが、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相(72歳、2004年就任)が議場に現われたところ、多くの外相が会議をボイコットしている。
9月4日付ロシア『RT(旧称ロシア・トゥデイ)』(2005年開局のニュース専門メディア)は、「ロシア政府、G-20サミットについて言及」として、ロシア政府がプーチン大統領のG-20出席の有無について言及したと報じた。
ペスコフ報道官は9月4日、プーチン大統領が11月のG-20サミットに出席する場合、セキュリティ上の問題等いろいろな事態について検討する必要があると表明した。
議長国インドネシアのウィドド大統領は先月、プーチン大統領も習国家主席も出席すると約束してくれていると主張していた。
しかし、同報道官はロシア国営『ロシア1TV』(1956年開局)のインタビューに答えて、プーチン大統領がG-20サミットに出席するかどうかは未定だとした上で、西側諸国が挙ってウクライナを支持している状況下、プーチン大統領がインドネシアに赴くことは危険と考えられる場合があるので、“セキュリティ問題等を含めてあらゆる事態を想定し、検討した上で最終決定することになる”とコメントした。
ただ、もしプーチン大統領がインドネシアに赴くとなれば、ロシアによるウクライナ軍事作戦開始後初めて、同大統領・習国家主席及びバイデン大統領が一堂に会することになる。
一方、ウクライナはG-20メンバーではないが、議長国からゼレンスキー大統領が招待されている。
なお、バイデン大統領及び西側諸国リーダーは当初、プーチン大統領のG-20出席を拒否すると言っていたが、ウィドド大統領は、プーチン大統領の出席は必須だと強く反論していた。
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