中国国営メディアは、中国共産党政権の意に沿わない事態に対して徹底的に攻撃する。しかし、これと逆の場合には、たとえ倫理にもとる行為でも称賛する。直近の一例が、中国市民が安倍晋三元首相の急死についてSNS上で祝おうとする行為を“道理に適う”と擁護したことである。何故なら、安倍氏が憲法を改正して第二次大戦時代の軍国化を促進し、かつ、中国による台湾統一をあからさまに妨害しようとしていたことから、その報いを受けたからだとしている。
7月13日付米
『ブライトバート』オンラインニュース(2005年設立の保守系メディア)は、「中国国営メディア、中国市民が安倍晋三氏の暗殺を祝う行為を“道理に適う”と擁護」と題して、大日本帝国時代の軍事化を促進しようとし、また、台湾独立を支援するような反中国政策を標榜する政治家の暗殺を祝うのは筋の通ったことだと報じたとして、報道姿勢を非難している。
中国国営メディアの『環球時報』(1993年設立、『人民日報』傘下の英字紙)は7月13日、
安倍晋三元首相の暗殺報道に関し、中国市民が大喜びで祝う投稿をSNSに上げたことに対して、筋の通ったことだと擁護する記事を掲載した。
7月8日に安倍氏が銃で襲われた事件の一報が出た途端、蘇生しないよう望むとの投稿がミニブログサイト『新浪微博』(ウェイボー、2009年設立)に上げられ、続いて死亡したとの報道に対しては、シャンパンで乾杯だと祝う人や、飲料割引サービスを打ち出す店が現れた。
中には、犯人の山上容疑者に支援の募金を訴える投稿もあった程である。
中国政府は、『ウェイボー』等のSNS上での反政府的表現を厳しく監視しており、怪しい投稿は瞬く間に削除してきている。
しかし、安倍氏急死に関わる不道徳な投稿に関しては、未だ削除されていないことから、習近平国家主席(シー・チンピン、69歳)指導部も暗黙の了解をしているものとみられる。
何故なら、安倍氏は生前、第二次大戦敗戦後に制定された平和憲法を変更し、軍事化を促進しようとしてきたばかりか、直近でも中国の一部である台湾の統一を表だって妨害する発言を繰り返しており、言わば中国共産党政府方針に真っ向から挑戦してきた人物だとみられているからである。
ただ、暗殺という非業の死を祝う等、中国の野蛮さや恐ろしさを非難する声が世界で上がり始めた。
そこで『環球時報』は7月13日の報道で、かかる非難の声に反発する形で、“安倍氏を批判してきた人たちは、彼の暗殺という事態を理由に言論制限されるべきではない”とした上で、“世界の人々は、安倍氏を非難するに至っている中国人民の事情をもっと良く理解すべきである”と強硬に主張した。
中国政府はこれまで、第二次大戦で犯した日本の罪を厳しく指摘し、日本が再び軍隊を擁することは世界にとって脅威となると主張してきている。
しかし、安倍氏の急死が追い風となったためか、7月10日に行われた参議院議員選挙で、与党・自民党を中心とする改憲派が安定多数を獲得したばかりか、岸田文雄首相(64歳)が改憲に向けて準備を進めていくと公言したことから、中国政府として大いに警戒すべき事態となったことは明らかである。
かかる背景もあって、『環球時報』報道では、“安倍氏が中国に対して行ってきた様々な所業-米国と組んで中国を押さえつけようとしたり、首相退任後に早速忌むべき靖国神社参拝を行ったり、更には、台湾分離独立派を焚き付ける発言を繰り返したりする等より考えて、安倍氏について否定的なことや非難するコメントをするべきではないと大勢の中国市民に要望することは不可能である”と言及した。
その上で、“安倍氏の急死を祝う投稿があふれたのは、正に中国の世論の為せる業である”とも付言している。
同日付中国『環球時報』は、「安倍氏、日中関係に“やっかいな遺産”」とのタイトルで、安倍氏急死に関わる中国市民の声や専門家の見解を掲載している。
安倍元首相の暗殺事件に関し、中国のネット市民がSNSに上げた投稿について、西側諸国からは非難の声が上がっている。
しかし、中国の専門家らは、これらの非難はネット市民の上げた一方の投稿だけを捉えてなされたものだと批判した。
遼寧大(リャオニン、1948年設立の国立大学)日本問題研究所の陳陽氏(チェン・ヤン)は7月12日、『環球時報』のインタビューに答えて、“安倍氏の死去に関し、ネット上では哀悼を示すものと、同氏の右翼的で軍国的な思想を理由とした感情的なコメントと、主に二つが表明されている”とした上で、“いくつかの西側メディアは、この感情的なコメントのみを捉えて報じている”と言及した。
同氏は、“中国市民は親切心も同情心も持っているが、全てのネット市民に対して、外交的かつプロのジャーナリストの視点で以てコメントするように求めることは不可能だ”と強調した。
中国の世論は、安倍氏が中国に対してどういう対応をしてきたかに基づいている。
すなわち、安倍氏が中国に対して行ってきた様々な所業-米国と組んで中国を押さえつけようとしたり、首相退任後に早速忌むべき靖国神社参拝を行ったり、更には、台湾分離独立派を焚き付ける発言を繰り返したりする等より、非難めいた意見が出てくるのは当然のことである。
その上で、ネット市民に対して、安倍氏について否定的なことや非難するコメントをするべきではないと要望することは不可能なことである、と専門家は指摘している。
一方、習国家主席が追悼文の中で、安倍氏が日中関係改善に努めてきた姿勢を称賛していることに加えて、後継者である岸田首相とともに、今後の日中関係発展に寄与していく旨言及している。
このことより中国専門家らは、岸田首相は中国政府が発信している真意をもっと良く理解すべきであると強調した。
すなわち、中国政府は、安倍氏の逝去もさることながら、より重要なことは、今後の日中関係をどう発展させていくのか、ということを問いかけているからである、と解説している。
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6月27日付
『ラジオ・フリー・アジア』(RFA、1996年に米議会出資によって設立された短波ラジオ放送局)は、「中国、NATO首脳会議開催前に非難声明」と題して、今週スペイン(マドリッド)でNATO首脳会議が開かれる直前、中国政府が“NATOは新たな冷戦構造を生み出す”との非難声明を出したと報じている。
中国外交部(省に相当)の汪文斌報道官(ワン・ウェンビン、51歳、2020年就任)は6月23日の定例記者会見で、“NATOは新たな冷戦構造を生み出そうとしている”とした上で、“米国主導の軍事同盟に他ならない”と非難した。
また、中国国営メディア『人民日報』に掲載された同報道官の声明文によると、“NATOは米国が覇権主義を維持するためのツールであり、欧州における軍事同盟が我が国への対抗手段として用いられようとしている”としている。
更に、同声明では、“NATOは既に欧州における安全保障を棄損している”とし、“拡大NATOとしてアジア太平洋地域まで及び、混乱に陥れることは慎むべきだ”と言及している。
この声明に先立つ6月20日、在パキスタン中国大使館の張清和参事官(チャン・へーチン、大使の次位)が、“ブリュッセル(NATO本部がある都市)では、数万人の抗議者が、NATOによるウクライナ戦争への加担で物価急上昇を招いているとして、NATOを非難するデモ行進を行っている”とツイートしていた。
しかし、ブリュッセル在のロシア・欧州・アジア研究センターのテレサ・ファロン代表は先週末、『RFA』のインタビューに答えて、“ブリュッセルの抗議デモはNATOとは一切関係がない”とし、“中国政府は、来週開催されるNATO首脳会議の前に、このような偽情報を流して政治的攻撃を仕掛けている”と非難している。
ただ、このような中国政府の主張に対して、NATO首脳会議の直前、呉紅波氏(ウー・ホンボ、70歳、2017年まで国連経済社会省事務次官)を特使として欧州諸国首脳との面談に派遣したことは矛盾する。
これに関し、外交政策シンクタンクの大西洋評議会(1961年設立、本部ワシントンDC)のフレデリック・ケンプ社長(67歳、2007年就任)は『CNBC』の寄稿文の中で、“特使を欧州諸国代表との面談のために3週間も派遣したということは、今秋予定されている中国共産党第20回大会(5年に一度の最高決定機関)までに欧州関係を修復するという大きな目的のためだ”と分析している。
同社長は、“習近平国家主席(シー・チンピン、69歳)指導の経済活性化は遅れ、主導する一帯一路経済圏構想(BRI)の資金繰りは悪化し、ゼロコロナ政策はうまく機能せず、更には、ウクライナ軍事侵攻を続けるウラジーミル・プーチン大統領(69歳)を支持していることで、欧米諸国から非難の的となってしまっている”と記した。
その上で同社長は、“このままでは党大会での3期目の国家主席就任が危うくなるとみて、呉特使を派遣して、欧州諸国との関係改善を図ろうと考えたと思われる”と言及している。
ファロン代表も、同社長の分析に同意している。
一方、米国の非営利シンクタンクの民主主義防衛財団(2001年設立、本部ワシントンDC)のクレイグ・シングルトン上級研究員は『RFA』のインタビューに答えて、“国際社会の中国支持は過去最低となっている上、習国家主席は他国首脳と会談するために外遊することを拒んでいる”とし、“しかし、中国の経済は長期低迷期に入っており、習国家主席の経済政策は失敗とする声が高まる一方である”とコメントした。
その上で同上級研究員は、“中国にとって、欧州は現下の景気低迷を脱するのに必要不可欠な市場であるから、これまでの戦狼外交(注後記)によって棄損された欧州との関係修復を最優先に捉える必要があると考えた”と言及している。
ところが、“欧州諸国は、中国が一向に、無謀なウクライナ軍事侵攻を続けるロシアへの支持を再考しようとしないことに不満を募らせ、ここ数ヵ月間では、(中国の意に反して)台湾との貿易や投資の話を積極的に進めようとしている”。
そこで、“この欧州側の姿勢に焦りを覚えた中国政府が、これまでの欧州外交政策を見直す必要に迫られているはずだ”と分析している。
(注)戦狼外交:21世紀に中国の外交官が採用したとされる攻撃的な外交スタイルのこと。この用語は、中国のランボー風のアクション映画『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』からの造語。論争を避け、協力的なレトリックを重視していた以前の外交慣行とは対照的に、戦狼外交はより好戦的である。
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