日本は、環境問題に直結する石炭火力発電所の新規増設を容認しているとして、毎度の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)の開催時に環境活動団体から「化石賞」という不名誉な称号を与えられている。一方、英国政府は、気候変動対策で世界のリーダーと自認し、他国へ対策目標達成を促している。ところがこの程、その英国で30年振りに新規石炭鉱山開発が許可されるに至り、英国のみならず世界の環境保護団体から猛烈な非難を浴びせられている。
12月7日付米
『AP通信』は、「英国、数十年振りに新規石炭鉱山開発を許可し環境保護グループから猛批判」と題して、気候変動対策で世界のリーダーと自認する英国政府が、30年振りに新規石炭鉱山開発を許可することとなり、環境保護対策に逆行と猛烈な非難を浴びていると報じた。
英国保守政府は12月7日、30年振りに新規石炭鉱山開発を許可したが、気候変動対策に逆行する行為だとして、環境保護活動家らから猛烈に非難されている。
上記決定に先立って、庶民院(下院に相当)は、陸上の集合型風力発電所建設を禁止する措置を覆す決定をしている。
英国における集合型風力発電所は洋上が大半であり、保守党政権は2015年に、地元の反対を理由として、陸上の建設計画を禁止する決定をしていたが、リシ・スナク新首相(42歳、2022年就任)は12月6日、当該措置を覆した。
そこで、野党・労働党らは、鉱山開発許可に対する非難をかわそうとするものだと批判した。
しかし、マイケル・ゴーブ内閣府担当大臣(55歳)は、英国北西部カンブリア・カウンティ(州・郡に相当)の当該新規炭鉱は“気候変動に影響を及ぼすことはない”とし、“従って(今回の措置が)政府の気候変動対策と矛盾することはない”と強調している。
すなわち、今回の新規炭鉱は製鉄生産に使用するコークス用原料炭であり、かつ、現行の輸入炭の代替ソースとなるものであるとし、環境問題に直結する火力発電用燃料炭ではないとしている。
同新規炭鉱では、アイリッシュ海海底から原炭を算出し、ロンドンの340マイル(550キロメートル)北西のホワイトヘブンに建設される閉鎖様式のプロセスプラントで不純物が除去されて原料炭に精製される。
支持グループは、数十年間に多くの炭鉱や工場が閉鎖されて経済逼迫している同カウンティに新たな雇用を創出すると主張する。
これに対して反対派は、英国が率先して化石燃料からクリーン再生可能エネルギーに転換する等、気候変動対策で世界をリードするとの態勢を蔑ろにするものだ、とした上で、英国が内外に示している、2035年までに発電源を全てクリーン再生可能エネルギーとすることや、2050年までにカーボンニュートラルを達成するとの目標を大きく毀損することになる、と反論している。
貴族院(上院に相当)気候変動対策委員会のジョン・ガマー委員長(83歳、1970年初当選の保守党議員)は、この決定によって他国に対して、“英国の気候変動対策が変更された等の誤ったメッセージ”となると批判した。
グリーンピース(注後記)英国支部のダグ・パー政策本部長も、“英国政府は、気候変動対策の世界のリーダーではなく、気候変動問題懐疑派の総元締めになろうとしていると評価される”と懸念を表明した。
英国は、ロシアによるウクライナ軍事侵攻以来続騰する原油・天然ガス価格に対抗するため、エネルギー源を国内主流とすべく対応してきているものの、結果として電力料金等が以前より2倍や3倍となり、各世帯を苦しめることになっている。
同日付英国『ザ・ガーディアン』紙は、「カンブリア・カウンティの新規鉱山開発は明らかに人道に対する犯罪」と批判している。
12月7日に英国政府が決定した、カンブリア・カウンティの新規鉱山開発許可は、明らかに気候変動対策に逆行するものである。
更に、他国に石炭利用を減少させるよう訴えてきていることからも、彼らを欺く行為だとも非難されよう。
確かに、かつて隆盛を誇った石炭産業が再興されれば、地元民に新規雇用や経済活性をもたらすかも知れない。
しかし、当該新規炭鉱が稼働するに当たって、毎年900万トンもの二酸化炭素を発生すると目され、これはエディンバラ(スコットランド首都)・カーディフ(ウェールズ首都)・ベルファスト(北アイルランド首都)を合わせた大量レベルのものである。
与党・保守党の重鎮であり、2021年グラスゴー(スコットランド)開催のCOP26の議長を務めたアロク・シャーマ庶民院議員(55歳、2010年初当選)が、当該新規炭鉱開発は許可すべきではないと強く抗議したにも拘らず、スナク政権はこれを無視して強行した。
すなわち、現政権は、かつて気候変動対策について世界をリードしていくとした決意を全く反故にしてしまったと言わざるを得ない。
更に強調すべきことは、原料炭を多く使用するブリティッシュ・スティール(1951年前身設立)の技術者が、カンブリア・カウンティの新規開発原料炭は硫黄分が高すぎるため、“目下使用しているロシア産原料炭の代替ソースになり得ない”、とコメントしていることである。
なお、鉄鋼業界は目下、“グリーン・スティール産業”を目指して、再生可能エネルギーを電源とした電炉を使って、ほとんど二酸化炭素を発生させない直接還元製法で鉄鋼生産を行う計画に取り組んでいる。
(注)グリーンピース:39ヵ国以上に拠点を置く非政府の自然保護・環境保護団体。1971年設立。オランダ・アムステルダムに国際統制機関を置く。
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カタールは、中東で初めてサッカーワールドカップ(WC、1930年開始)を開催する栄誉に慕っている。しかし、2200億ドル(約30兆円)かけて造った競技場や関連インフラ建設に投入されたアジアからの移民労働者に対する人権侵害問題で、国際人権団体のみならず欧州諸国のサッカー協会からも厳しい非難の声が上がっている。
11月30日付
『ロイター通信』は、「カタールWC2022開催の裏で、どれ程の移民労働者が死亡しているか?」と題して、中東初のWC開催に沸くカタールで、諸インフラ設備建設に関わったアジアからの移民労働者に対する人権侵害問題について詳報している。
中東のカタールは、人口約290万人を抱えるが、その8割以上が移民労働者で占められる。
そのカタールは、中東初のWC開催の栄誉に慕っているが、それと同時に、深刻な人権侵害問題で国際人権団体から厳しい目を向けられている。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(AI、1961年設立、本拠ロンドン)がリリースした「実情調査2021」によると、カタールでは2014年に一部労働慣習が見直されたものの、雇用主が移民労働者の賃金を保留したり、転職する際に当該労働者に罰金を科す等の悪行が依然横行しているとする。
カタール政府は、労働環境改善の途上にあるとしながらも、数千人の移民労働者が騙されて搾取されているとの報告を否定した。
英国の『ガーディアン』紙は昨年、カタールがWC開催地として選ばれた2010年以降現在までに、WC関連施設等の建設に携わった移民労働者のうち少なくとも6500人が死亡していることが公式記録より判明したと報じている。
これに対して同政府は、死者数が多いのは人口比移民労働者数が非常に高いことがあるとした上で、当該数には肉体労働者ではない人(すなわち建設作業に携わっていない人)も含まれていると反論している。
国際労働機関(ILO、注後記)カタール支部のマックス・タノン代表は、カタールにおける移民労働者の死亡報告書はしばしば必要不可欠な情報が欠落したままであると警鐘を鳴らしている。
しかし、カタールWC運営委員会は、競技施設建設現場での作業員の死者数は3人だけで、建設作業に無関係な死亡者(例えば病死や交通事故死)は34人だったと主張している。
ただ、ハッサン・アル=サワディ委員長は11月30日、英国人ジャーナリストのピアーズ・モーガン氏(57歳)のインタビューに答えて、WC施設等の建設作業に関わった移民労働者の死者数は“400~500人”だと認める発言をしている。
カタールは、「カファラ」と呼ばれた、雇用主が保証人となり仕事やビザ発給を管理し、転職や本国への帰国等にも雇用主の許可が必要とする悪慣習を撤廃し、労働環境の改善に努めているとするが、国際人権団体によれば、改善は不十分で、移民労働者は依然不当な扱いを受けていると非難している。
一方、WC開催前に、英国やドイツ等欧州10ヵ国のサッカー協会がWC主催者の国際サッカー連盟(FIFA、1904年設立、本部スイス・チューリッヒ)に公開質問状を出し、カタール在住の移民労働者の人権問題改善のためにILOが積極的に動けるよう支援すべきだと訴えている。
また、AI他人権団体もFIFAに対して、WC賞金相当の4億4千万ドル(約616億円)を、人権侵害を被っているカタールの移民労働者への補償に投じるべきだと要求している。
なお、FIFAは、AIの調査報告等について、“労働者保護の一環で前例のない適正評価の作業”を進めているとしながらも、“関連委員会を立ち上げて、多くの労働者への補償を行っている”とコメントしている。
(注)ILO:国際労働基準の制定を通して世界の労働者の労働条件と生活水準の改善を目的とする、国際連合の専門機関。1919年に国際連盟に創設され、国際連合において最初で最古の専門機関である。本部はスイスのジュネーヴ。ILOはこれまで、結社の自由、団体交渉権の効果的承認、強制労働の撤廃、児童労働の廃止、差別の撤廃を擁護してきた。1969年には、国家間の友愛と平和に貢献し、労働者の働く意義と正義を追求し、途上国に技術支援を行ってきたことが称えられ、ノーベル平和賞を受賞している。
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